第29話
「零万、凄いわ!私、空を飛んでるのよ!!」
「大丈夫。俺も飛んでる」
「凄い凄い!!」
「凄いのは飛行魔法使ってる俺!!」
それから国やらスミスの家族やらの全てに報告を終えた俺とスミスは、玖韻も含めて三人でのんびり暮らしている。
と言っても住んでいる場所は俺の実家の隣にあった物置を改築した家だ。
「男共が依頼でいなくてもクインさんが淋しくないようにここに住みな」と母が一切を取り仕切ってくれたのだが、任せて正解だった。
お陰で俺達は何の不自由もなくこの世界での親子水入らず生活(って言うとスミスが凄く嫌そうな顔をするので敢えてそう言い続けている)を楽しんでいる。
今日は俺もスミスも依頼がなかったので、三人で湖に来ていた。
そう、ドライガとスミスが戦ったあの湖だ。
スミスの飛行魔法を使えば家からはなんと十分足らずでついてしまう。
「綺麗なところね」
伸びをしながらそう言って辺りを見回す玖韻は、連れて来られたこの場所がどういう場所なのかは知らない。
ただ俺とスミスにとって忘れられない場所だとだけ言ってある。
「レィヴァン、ちょっとクインのこと頼むな」
「ああ」
はしゃぐ玖韻を邪魔しないように俺にそっと耳打ちをしたスミスは一人湖の淵を歩き、ある場所で足を止めた。
その手にはピンクやオレンジや黄色い花で作られた小さな花束がある。
今日は彼の妹の命日だった。
「……久しぶりだな、ルイズアンナ」
報告が遅くなったけど、兄ちゃんお前の敵を取ったよ。
そう妹に報告する少しくぐもったスミスの声が風に乗って聞こえ、しかし玖韻には届かないまま消えていった。
しばらくの間走り回ったり湖の水をばっしゃばっしゃまき散らしたり、畔に咲いていた小さな花で花冠を作ったりしている玖韻を眺めていると、「あいつじっとしてると死ぬ呪いでもかけられてんのか…?」とぼやくスミスが戻ってきた。
「おかえり」と振り向いた俺に「ああ」と返すその顔は、すっきりと晴れていた。
「あ、そういえば俺ってどっち似なの?」
「え?」
「はぁ?」
湖畔で食べようと持ってきたサンドイッチをつまんでいる時、俺はずっと気になっていたことを二人に訊ねた。
「ほら、よく父親似とか母親似って言うだろ?でも俺はどっちも知らないから、今まで誰に似てるのかなって思ってたんだ」
もちろんこの『どっち』というのは玖韻と怜央のことであり、スミスのことではない。
前世の人生で、いつか俺のここは父親似、ここは母親似と言ってみたかったのだ。
……憧れ、みたいなものだろうか。
「つったって今の顔は今の両親に…そういや似てねぇな」
「うん。髪や目の色は一緒なんだけどね」
そしてスミスの言う通り、幸いと言えばいいのか、俺の顔は前世と同じだった。
黒目黒髪がオレンジ目茶髪に変わってはいるが、作りそのものは変わっていない。
「そうねぇ」
玖韻は俺の顔をじっと見つめると、顎に手を当てて首を捻る。
「顔は怜央さんだと思うんだけど、目、眉かしら?は私、というより私の父親に似ているわ」
「へぇ」
俺はその言葉に顔を輝かせる。
ついに父親の顔を見ることは叶わなかったが、自分に似ていると聞かされればこんな顔かなと想像できる。
「あと、性格は多分私」
「多分じゃない。絶対だ」
そして性格についてはスミスのお墨付きで母親似らしい。
自分ではそう思わないが、俺以外の二人がそう言うのだからそうなのだろう。
「俺がこいつらに会った時どう思ったと思う?『うわ、レィヴァンみたいな顔の男とレィヴァンみたいな性格の女だ』だぞ?」
言いながらスミスは玖韻を指差す。
気のせいかその顔は若干嫌気が差しているようにも見える。
「知らない土地で2年も彷徨ったせいでとうとう幻を見たのかと思ったけど、だとしてもそれで出てくるのがお前って、俺の人生枯れてんなーって思ってた」
「おい」
スミスの顔の理由を知り、俺は半眼でそちらを睨む。
確かに俺の顔では潤いが足りないだろうが、それでも親友に向かって何て言い草だ。
「そうそう!スミスったら怜央さんを見るなり『レィヴァンー!!』って抱きついて。怜央さんは目を白黒させるし、私は『浮気!?』って疑うしで、とんだ日だったわ」
だがその玖韻の言葉で一気に溜飲が下がる。
なんだ、やっぱそうなんじゃないか、このツンデレめ。
俺は面白がって玖韻に「泣いてた?」と聞くと、彼女は悪ノリして「ボロッボロにね!」と笑ったが、多分それは本当のことだろう。
それがわかるくらいには俺はスミスを理解している。
「でね、その後スミスを落ち着かせようと思って私たちの家に連れて帰ったんだけど、じっくり話してみたら怜央さんとも気が合ったんだけど、それよりも私との相性が抜群過ぎることがわかって、今度は怜央さんが『浮気しないでね?』って焦ってたの」
玖韻は楽しそうにその様子を語る。
なるほど、俺がやたらスミスと気が合うのは真相を知るまで親子だからかと思っていたが、単に母親からの遺伝だったのだ。
ああ、だから俺の性格は母親似だ、と。
納得。
「それでスミスと仲良くなって三人で遊ぶようになってからも度々そういうことがあって、ある日とうとう『怜央さんは私を信用してくれないの!?』って言ったらちょっとした喧嘩になっちゃって、居づらくなって私は家を飛び出したの」
そう言ってからだろうか、不意に玖韻の顔に陰が差したのは。
「もちろん本気で思ってたわけじゃなくて、ただ冗談だったのに喧嘩になっちゃったから気まずくて、コンビニで仲直り用のお菓子を買おうと思ってた。だけど私が家に帰ったらスミスしかいなくて、怜央さんの行方を聞いたら『詫び菓子買いに行ったぞ』って。二人して同じことしてどうするのって笑ってたんだけど、その日、怜央さんが帰ってくることはなかった」
「……え?」
「事故、なのかしら。よく原因はわかっていないの。ただ病気ではないし、事件でもないからそう処理されたって。でもどうでもよかった。理由が何であれあの人はもう帰ってこない。それだけはわかったから」
そう言った玖韻はこの世界に来てから初めて顔に悲しみを乗せた。
俺に「育てられなくてごめん」と言った時ですら泣きながらも顔は笑顔だったのに。
「それからちょっとして、私は妊娠を知ったわ。これは怜央さんの忘れ形見だ。絶対に何よりも大切にしようって思った。それが零万」
玖韻はそっと俺の手を取って自分の額に当てる。
祈るように、希うように。
「事故の瞬間はもう駄目だと思った。だから咄嗟に貴方を庇ったの。背中に痛みは感じたけれどお腹には感じなかったから、貫通して貴方に当たっていないことに安堵して私は力尽きた。まさかその果てが異世界で、そこに息子の生まれ変わりがいるなんて思わなかったけど、でも最近はこれでよかったとも思うのよ」
玖韻は額に当てていた俺の手を今度は頬に当てる。
「貴方と生きるためにはこうなるしかなかったんだと、そう思えば辛くないわ」
そして吹っ切れたように上げた顔は、とても輝いて見えた。
にこっと笑った彼女の周りにはキラキラと光が舞う。
「だからこれからは目一杯幸せに生きるの!」
自分の母親ながら、この人は美しい人だったのだと今更気がついた。
「怜央さんの分まで幸せに生きようね!零万!!」
そう言って輝く玖韻の顔はとても幻想的で、誰よりも綺麗で魅力的だったから、
「うん。俺ね、前世の不幸の埋め合わせのためにって閻魔大王に今世は超幸運にしてもらえたんだよ。だからきっと玖韻さんを、母さんを幸せにするよ」
これからもずっとその顔のまま笑っていてほしくて、俺は今世の幸運を彼女と幸せに生きるために使えればいいと願った。
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