第14話
「よく来たな。今茶を出そう」
「いえ、お構いなく…」
「ははは、そう言うな」
「ねぇ、それより早く降ろしてくんない!?」
「あらぁ、すみません私ったら~」
ギルド長はキアラに抱えられたまま入室した俺達に動じることもなく(ドアは抱えられたままで俺が開けた)、もてなしのお茶を入れ始めた。
そして今も元気に騒ぐスミスは先に俺を降ろして片手が自由になったキアラにくるりと向きを変えられ、彼の膝に乗せられた。
肩の後ろから回された両手でがっちりホールドされている姿は、ジェットコースターの安全バーが降りた状態にも見えてアトラクション感がすごい。
快速特急キアラ号とか…、あ、ちょっとなんで俺の方を見て微笑んでるんですかね、キアラさん。
目が笑ってないですよ!!?
「って、なんでだよ!?」
いい歳こいて大人の膝の上という小さい子供のようなその状況に、それなりにプライドも高く、割と恰好つけでもあるスミスはふざけんなと額に青筋を浮かべるが、
「また君が自分を傷つけないように見張ってるんですよぉ」
というキアラの言葉に何も言えなくなってしまい、気まずげに彼の膝の上で大人しくなった。
その言葉は前回この場所で深く自分を傷つけたスミスを心配する響きを含んでいて、且つそれを言ったのが治してくれたキアラ当人であったから、スミスはぐうの音もでなくなってしまったのだ。
でも騙されるなスミス。
その人多分気に入ったお前をいじり倒したいだけだぞ。
だって今度は目だけがめっちゃ笑ってるから。
お茶を渡してくれたギルド長も「ほどほどにしとけよー」って言って笑ってるし。
「ふふふ、スミス君はお肌が綺麗ですねぇ。もちもちなのにすべすべで、ぷにっと柔らかくて…」
「お、おい?」
「ああ、連れて帰りたい…」
「ぎゃー!変態ー!!?」
キアラは反応のいいスミスをからかって遊んでいるだけだと思っていたけど、スミスの頬を撫でるその目になんだか怪しい光が灯った気がした。
え?この人お兄さんだよね?
オネエさんじゃないよね?
「うふふふ、楽しいわぁ」って、どっちかわからない反応すんのやめて?
「さて、緊張がほぐれたところで、本題に入ろうか」
その光景を眺めつつ、ずずっとお茶を啜ったギルド長は先ほどまではにこやかだった顔を一転させ、幾分厳しいものにしながら俺とスミスを見る。
その顔はギルドの長を張るだけあって威厳やオーラが見えるようだ。
だが正直、そんな顔をするような話題なら先にスミスをどうにかしてくれと言いたいが、生憎ともうそんなことを言い出せる雰囲気ではない。
くそ、空気の重さと光景が合っていなさ過ぎて、話に集中なんてできないぞ!?
「今日ジェイクが例の山に行ったところ、件のドライガと出会ったそうだ」
「「!!」」
けれどそんな中ギルド長が言ったのは否が応にも集中せざるを得ない話題で。
スミスは今の自分の状態も忘れて身を乗り出してギルド長の次の言葉を待った。
「奴は君が遭遇した時のように遠くから話し掛けてきたそうだ。『人が倒れているから手を貸してほしい』と」
顎の下で手を組んだギルド長はスミスを見る。
スミスも険しい顔でそれを見返す。
俺は固唾を飲んで、キアラは気遣わし気な表情でそれを見守った。
「ジェイクはその様子に『これなら交渉ができる』と直感的に感じたらしく、奴との会話を試みたそうだ」
そう言った先生にギルド長が「よくそんなことができたな」と言ったら、「あの時はどうかしていた」と返ってきたらしいが、さておき、聞いたところによると先生とドライガはこんな会話をしたのだという。
『なあ、その倒れてる人って、お前が倒したんじゃないか?』
『……なんだって?』
『いや、勘違いだったら悪いな。けど、お前の特徴がさ、一致してるんだよ』
『ふうん、誰と?』
『昔妹を喰われたっつう、俺の可愛い生徒が言っていた、ドライガって名前の上級悪魔にさ』
先生がそう言うと、その男は途端に顔を歪めて『へぇ?』と言って嗤ったそうだ。
『我の名を知る者か。そういえばいつだったか名を教えた小僧がいたな。あれは今どうしている?』
『お前を倒すために毎日血眼になって魔物と戦っているよ。お陰で15歳なのに今やB級の冒険者だぞ』
ドライガの問い掛けに先生が答えると、奴は『く、ふふ、ふはははは』と身を捩らんばかりに笑い、
『なるほど、それならば期待しても良いかもしれん』
と言って先生に告げたそうだ。
『なれば我は約束通りこの地で奴を待ってやろう。暇すぎて小物を喰っていたが、上物が来るのならばそれも止めてやる。だから貴様らは死ぬ気でそいつを鍛えるが良い』
『…いいのかよ。あいつなら約束の2年後にはお前を倒すくらいまで強くなってるかもしんねぇぞ?』
『構わん。というより、そうなってくれねば困るのだ』
『あ?そりゃ、どういう』
『おっと、これ以上貴様に教えることは条理に反するな。では、我は行く。くれぐれも忘れるなよ。必ず奴を強くするのだ』
『おい!?』
『それができなければ貴様諸共喰ろうてやる故、ゆめ忘れるなよ』
『え?マジで行くの?ちょっとお!?』
ドライガは一方的にそう言うと、そのまま背中から羽を出してどこかへ飛び去ったそうだ。
先生は追うこともできず、報告のためにギルドに戻ってきて、今はものすごく凹んで落ち込んで、ついさっきふて寝をしたらしい。
それでいいのか、Sランクの金級の勇者が。
「まあそんなわけで。幸いと言っていいのか、確実に2年の猶予ができた」
ギルド長はそう言って組んでいた手を解くと、
「君とレィヴァン君には悪いが、明日からキアラと俺とジェイクを含めた五人でチームを組み、君達をS級冒険者にまで鍛えることになった」
そう言ってぴらりと書類を見せた。
「はあ!?」
「え?俺も!?」
スミスどころか俺も含まれると知り、二人で素っ頓狂な声を上げるが、ギルド長の様子を見るにきっとこの決定は覆らない。
何故ならその書類にはこの国の国王の御璽がしっかりと押印されていたからだ。
俺は腰の愛剣が届けられた時にも同じものを見ているから間違いない。
ただ、何故そこで突然国王の御璽なんて大層なものが出てくるのか不思議に思った。
ギルド長が報告を上げたのだとは思うが、決定が出るまでには相当な時間がかかるはず。
と思ったところで、俺は思い出した。
そういえば前にスミスの話を聞いた時におじいさんとおじさんがいたな、と。
その二人の年齢が、この国の国王と宰相と同い年くらいな気が…しなくもない。
いや、自分の思考を誤魔化してもしょうがないな。
あれはきっと国王と宰相だ。
偶々ギルド長に用があってあの場にいただけかもしれないが、それなら名乗らなかったのも頷けるし。
あの時にドライガの話を聞いていたお陰で今回とんとん拍子に話が進んだのであれば、色々と納得ができる。
俺の幸運は何に作用するのかホントに謎だな。
事の絡繰りがある程度見えた俺は思わず苦笑と共にため息を吐いた。
「薄々わかっているかもしれないがキアラはこう見えても伝説級の弓術士だし、私は金級の考古学者だから、心配しなくていいよ」
そしてギルド長はそう言って話を続けようとしたのだが、ちょっと待ってもらえます?
「キアラさんって、癒し手じゃなかったの!?てか考古学者って、金級でも戦闘職じゃないじゃないですか!!」
俺はどうしても気になってしまったことをツッコまずにはいられなかった。
だがスミスも「よく言ってくれた」という顔をしていたので、このツッコミ兼質問は無駄ではない。
「私は『弓術士』ですから、弓と術の両方が使えるんですよぉ。と言っても術の方は中級までですが~」
俺の質問に最初に答えたのはキアラで、相変わらず「ふふふ」と笑っているが言っていることは結構ヤバい。
彼は『使える術は中級までで大したことはない』と言っているが、中級の魔法が使えれば銀級の魔術師になれる。
しかも術がそうだということは、弓士としての伝説級ということだ。
つまり彼は一人で銀級の魔術師級の魔法を使える上に回復もできる伝説級の弓士だということで。
それ、最強では?
俺は前々から得体のしれない恐怖を感じていた隣の美人なお兄さんにさらなる恐怖を覚えた。
てか今更だけど、やっぱりキアラが伝説級の一人だったな。
「私は考古学者だが、考古学者だからと言って戦えないわけではないよ?」
そう言ってキアラに続いてギルド長が自分のことについて教えてくれる。
「考古学者というのは主に遺跡で活動するよね?遺跡というのは多くの場合ダンジョンとも言う。つまり中には魔物いたり罠があったりして、それらを潜り抜けられないと調査ができないのさ」
「ギルド長は今まで二十を超えるくらいの遺跡を調査していますぅ。それは国内最大の功績ですし、中には上級ダンジョンも幾つか含まれていますから、恐らく君達の仲間の銀級の皆さんよりも、というより資質はともかく今だったらレィヴァン君よりは遙かに強いと思いますよ~?」
さらにキアラが補足してくれたことにより、俺達が思っている以上に考古学者が強いことがわかった。
もしかしたらこの人だけかもしれないけど。
「そしてジェイクはご存知の通りだ。なにか不服が?」
「「いえ、ありません」」
考古学者だからって舐めるなよと言いたげな目で笑うギルド長に俺とスミスは揃ってひれ伏した。
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