第2話

翌日、「教会から手紙が届いたから一緒に見よう」と父に呼ばれた。

差出人は老司祭で、あの時後で送ると言っていた洗礼の結果だとすぐにわかった。

なお、洗礼とは言っているが、前世のキリスト教で行われる洗礼とは意味が違う。

この世界に宗教は一つしかなく、生まれた時からすでに信徒であり、抜けることはもちろん改宗することもない。

なのでこの世界の洗礼とは入信することではなく、信徒が5歳という節目を迎えたことを神に報告する儀式のことを指している。

その際、神から祝福として適性診断のようなものが示されるらしく、司祭がそれを読み解いて教えてくれるのだ。

「どれ、レィヴァンの適性はっと…」

父がいそいそと包みを開けて畳まれていた手紙を広げる。

そしてそこに書かれていた言葉に目を大きく見開いた。

「し、ししし、神級の、勇者だってー!?」

父は手紙を取り落し、床に膝をつく。

頭を抱え「そんなことが…」と呟いたかと思うとすぐに顔を上げ、「ルーナ、るぅなぁあー!!」と母の名前を叫びながら部屋から出て行った。

その場に一人残された俺はどうすればいいというのか。

とりあえず戻って来るまでは大人しくしているのがいいだろうと、テーブルの上に置きっぱなしになっていたコップを持って立ち上がり、水を入れて席に戻る。

その水を半分ほど飲んだところで父と母が揃ってやってきた。

「ほほほほら、ここ、これぇ…」

「あらやだ!本当に神級って書いてある!」

「だろう!?しかも勇者だぞ!?」

「凄いわぁ。鳶が鷹を産むって言うけど、鷹じゃなくてドラゴンだったかねぇ」

「空を飛んでてもあれは爬虫類じゃないか?って、そんなことはどうでもいい!!」

戻って来るなり息子を放置して夫婦漫才を繰り広げていた父は徐に俺の手を握ると、

「レィヴァン!お前はやっぱり特別な子だったんだー!!」

と言ってぶんぶんと上下にそれを振り回した。

おいやめろ、肩が抜けたらどうすんだ。


ややして父の興奮が収まった頃、改めて自分の適性について聞いてみた。

「まず勇者っていうのは御伽噺に出てくる勇者と一緒だ。困っている人を助け、強い魔物から人々を守るべく戦ってくれる。これはわかるな?」

俺の向かい側に座り、司祭からの手紙の『勇者』の文字を指差しながら説明してくれる父に俺は頷く。

正に文字通りの勇者ということだろう。

「それで、神級っていうのは、強さのランクみたいなものだ」

次いで指したのは『神級』という文字。

今の説明でもなんとなく意味はわかったが、一応もう少し詳しく聞いてみようと俺は父に言う。

「ええと、ランクって、どんなものがあるの?」

神とついている時点でそれが最上級だろうと予測はつくが、他にはどのようなランクがあるのか聞いておきたかった。

俺の問いに父は「ちょっと待ってな」と席を立ち、紙とペンを持って戻って来る。

「ランクは下から順に『銅級』『銀級』『金級』『伝説級』となっていて、銅級なら町を、銀級なら領を、金級なら国を救えるレベルと言われている」

さらさらと紙に文字を書き、それをとんとんとペン先で示しながら話す父の言葉を頭で考えてみる。

前世に置き換えれば銅級なら千代田区を、銀級なら東京都を、金級なら日本を救える力があると、そう思っておけばいいのだろうか。

この世界の地理はまだよくわかっていないので、とりあえずはそう理解しておこう。

なお、俺は5歳だが宿屋の手伝いをする上で台帳を読めないと困るので、3歳くらいから文字を習い始めたため読み書きにはほとんど困らない。

「それで、『伝説級』っていうのは世界すらも救えるレベルなんだが、お前が示された神級っていうのは、さらにその上なんだ」

伝説級の文字の上に神級の文字を足し、くるりと円で囲む。

「神級は国どころか、世界すらも救える力を持っているとされる伝説級の勇者を千人集めた中に一人いるか否かというレベルの逸材。つまり当代で最強の勇者であるという称号だ」

言いながら円の上に三つ山の王冠を描き、その横に『最強!』と書いて満足気に胸を張った。

「まさかギリギリ銀級の戦士だった父親と宿屋の女将から神級の勇者が生まれるとはねぇ。世の中わからないもんだ」

父の隣に座っていた母は嬉しそうに父にしな垂れかかると「どうする?もう一人くらい神級の勇者様、作っちゃう?」と囁いた。

それに「ば、ばか!」とミジンコ並みの語彙力で応じた父は耳まで真っ赤になる。

とりあえず5歳児として表面上は「意味なんてわかりません」というあどけない顔を作るが、記憶を取り戻して内面が17歳相当になっている身としてはよそでやってくれとため息しか出ない。

「ごほん!つまり、お前は超すごいの!わかった!?」

「なんとなくは」

空咳をしながら誤魔化す父に頷けば、父は嬉しそうな顔で笑った。

何はともあれ、喜んでくれるならそれでいい。


その後、父は「司祭様に確認してくる!」と家を出て行き、母は「さて、客室片付けなきゃ」と仕事に戻って行った。

俺は部屋に戻り、お絵かきノートに今日知ったことを書いていく。

「それにしても、神級の勇者、か…」

ぱたりとノートを閉じて俺はベッドに転がる。

木目の天井を眺めながら考えるのは前世の閻魔大王との会話。

転生先が決まる前に彼はこう言っていた。

『今生の詫びとして、来世では両方が幸の壺となるよう取り図ろう』

どう考えてもこれが神級なんていうとんでもないランクの勇者になった原因だろう。

あれはあくまであちらの世界に転生する場合の条件だと思っていた。

そしてその効果は例えば『宝くじを買えば確実に3等が当たる』、『福引でハズレを引かない』、『ゲームのガチャではSSRが一発で出る』とか、そういう程度のものだと思っていた。

まさか別の世界でも適用されて、その結果が世界最強の勇者になるだなんて、思いもしなかった。

「くそ、わかってたら止めたのに…」

確かにこれは恵まれていると言える。

世界最強の勇者が職に困るわけがないし、問題を解決すれば英雄として華々しい一生を送れるだろう。

だがしかし、言い換えればそれは常に忙しく、危険と隣り合わせの中生きなければならないということに他ならない。

俺は「戦っている時に生きてるって実感するんだ」とか「生き物から流れるこの血だけが俺の乾いた心を潤してくれる…」みたいなタイプじゃないんだ!

両親に愛されすくすく育ち、可愛い奥さんをゲットしたら赤い屋根の白いお家を建てて大きな犬と可愛い子供に囲まれながら笑顔の絶えない家庭を築き、老後は孫を甘やかしながら穏やかに過ごしたい。

波瀾万丈な人生よりも順風満帆な人生を。

そんな小さな男なのに、何故に神級の勇者…?

……終わったな。

俺は今後の自分の人生に絶望し、ふて寝を決め込んだ。

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