親父の遺した小説の世界に、モブとして転生したっぽい。
水二七 市松
プロローグ
ハークライトがジーエルの街へ到着した時には、すでに全てが終わった後であった。
建物は燃え、人々の骸が転がり、それらを無惨な姿に変えた炎だけが大きく揺らめいている。
その中で、渦中の発端であろう白髪の少年が、どこか力無く立ち尽くしていた。
(厄災だ。この少年は………)
ハークライトは、剣を抜いた。
しかしもう、ここにはその剣で救える命も、守れるものも何もない。
自分の正義は、この瞬間に限ってはかの少年に勝利することはもうない。
それでも………抗わねば。
この少年はいずれこの街だけではなく、我々人間を滅ぼしかねない。
そんな予感がハークライトの胸をよぎった。
(俺が、彼と戦わなくては)
何の取り柄もなく、ただ無心にこの世界を生き残ることだけを考えて、気づけば英雄と呼ばれるほどまでに強くなっていた。
ハークライトは、まさに今対峙する者を倒すために、自分が力をつけたのだと、運命に導かれていたのだと確信していた。
「お前は何故、罪もない人間を……この街を平然と滅ぼすことができる」
剣を構えて、ハークライトは少年に向かって放った。
少年は少しだけ笑みを浮かべて答える。
「他者に憎しみを与えることを罪とするのなら、ここにいたすべての人間が罪人だよ。勿論、今この瞬間の俺も含めてな」
少年の笑みの奥に潜む殺意をハークライトは垣間見た。
悲しく燃える、揺れる大いなる敵意を。
それは、自分の中に燃える正義とどこか似ていた。
「俺は今平然としているように見えるか。悪の権化に見えるか、お前には。"英雄"ハークライト」
心を読まれているようだった。
ハークライトは、敵意を感じても彼の心に悪意を感じることはできない。
――それでも。
「お前が俺の正義の前に立ちはだかると言うのならば、お前は俺の敵だ。俺は、俺の正義を信じるのみだ」
ハークライトが迷いなく放つと、少年はニヤリと笑った。
「いいだろう、そう来なくてはな。俺は近い未来、お前たちの言う魔人の王になる」
少年の周りに大きな風が立ち込める。
(やはり、魔人……この魔力の前には今の俺では……)
「魔王となって、いずれこの世界を手中に収めにくるぞ。その時に貴様の正義の全てを否定してやろう」
少年は巻き起こした風に煽られ、大きくなった炎の中に消えながら、ハークライトに向けてはなった。
「いつか再び相見えよう。俺の名は―――セントレスカ・グランツ」
「セントレスカ………このハークライト・カーティスの剣が必ずお前を貫く!!」
魔人と人間の争いは、この二人によって幕を切って落とされた。
これは後に長きに渡り語られる、英雄ハークライトの物語の序章である。
親父の遺した小説の世界に、モブとして転生したっぽい。 水二七 市松 @mizunaichimatu
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