02 国家物の怪執行局

**


~N.M.E.B~


 翌日。


「君が昨日ここ9番街に配属された新米の局員か?」

「はい。ルルカ・ジャックヴァンと言います。宜しくお願い致します」


 執行局の上司となる人物に挨拶をするルルカ。

 

 魔操技士達が集うここは“National (国家)Mononoke(物の怪) Enforcement(執行) Bureau (局)”


 通称「N.M.E.B」と呼ばれる国家の特殊局であり、ここの局員となる魔操技士の目的は物の怪と呼ばれる人外を駆除する事である――。


「私の名前はギルゼン。君の事は局長から聞いている。いきなりの事で大変だとは思うが、遅かれ早かれ皆がやる事だから頑張ってくれたまえ。

最年少で魔操技士となった君の力に期待しているよ」


 ギルゼンと名乗ったスーツ姿の男。

 髭を蓄え、髪をオールバックに流した彼からはそれなりの雰囲気を感じられる。


「ありがとうございます。それで早速ですが、昨夜連絡をいただいたマルコの最新情報というのは?」

「ああ。これだよ」


 落ち着いたトーンで口を開いたギルゼンはルルカに書類を渡す。

 そこにはルルカが狙う物の怪、終焉のマルコに関する最新の目撃情報が記されていた。


「これで7人目ですか……。一連の事件は全て犯行が同じですね」


 昨日ルルカが局長から渡されたマルコの情報と、たった今受け取った新たな情報の内容はほぼ一致している。


 何十年も潜伏していた物の怪マルコがこの9番街で初めて目撃されたのは半年前。それからは特に目立った動きがなかったが、1ヶ月前の最初の殺人事件を皮切りにも既に7人の一般人がマルコの犠牲になっているとギルゼンが説明した。


「ここにきて何故急にマルコは人殺しを?」

「それは私にも分からん。……いや、物の怪の考えなど誰にも分かり得ないだろうな」


 一通り目を通したルルカは書類をギルゼンに返す。

 兎にも角にも現場に向かおうと思っていたルルカは「これで失礼します」とギルゼンとの話を切り上げ執行局を後にした。


**


~都市・オリビア~


 優美な建物が並ぶ都市オリビアは、全部で9つの街に分かれているアルダリア国の中心部。都市も然ることながら、ルルカも暮らすこのアルダリア王国は大陸でも1,2を争う大きな国である。


「一連の事件の被害者達は全員、なにか鋭利なもので引き裂かれたような傷による出血死だ。専門家の調べでは余程大きな刃物――それこそ剣や刀といった類の刃物での傷跡らしい」


 バーンズ局長とは違って淡々と話し続けるギルゼン。

 直近に起きた事件現場へと向かうルルカとギルゼンは車に乗っている。

 

 1人で現場に向かうと思っていたルルカであったが、ギルゼンも同行したようだ。


 尋ねればギルゼンの年齢は38歳。

 現場に向かう車中では、一回り以上年が離れたルルカに対しても丁寧に事件の事を説明してくれている。


「この1ヵ月で我々も多くの魔操技士を執行に向かわせてはいるが、結果はこの様だ」


 ベテランの魔操技士がこれだけ執行に手を焼いている物の怪を、新米魔操技士に担わせるのだから局長も人が悪い。


 車窓から流れる景色を朧げに、ルルカは眉を顰めていた。


「犯人がマルコだという特定は?」

「確証はない。だが逆にマルコと思われる物の怪を見たという証言は他の魔操技士から2度上がっている」

「そうなんですか。という事は……」


 ルルカはそう口にしながらギルゼンへと視線を移す。


「ああ。“霊力係数”が基準値以下だ」


 霊力係数――それは人外である物の怪が使う霊力を数値化したもの。


 物の怪は霊力が高い、実力が強い、質が良い奴程その見た目が人間そのものである為、魔操技士はまず第一にこの霊力係数で物の怪かどうかの判断を下さなければならない。


 これはアルダリア国とN.M.E.Bによって厳粛に定められた最重要規定の法律であり、魔操技士にとっては最優先事項ともなる。


 ルルカはアカデミーで嫌という程この魔操法律を読まされた事を思い出していた。


「君はどう思う? 魔操法律について」


 ギルゼンは徐に投げ掛ける。

 確かにこの魔操法律に関しては昔から何かと魔操技士の間で議論の種となっていた。


 魔操は人間が物の怪の力に対抗する為の特別な力。

 それ故、特別な力を扱うからこそ魔操技士専門の厳正な法律が確立されており、当然この法律を破った者は即時追放となる。


「どうですかね。難しいですが、規則がある以上はその範囲で動かなければいけないと思います。その中で確実に物の怪を執行すればいいので」


 半分は本心。半分は建前。

 この手の質問に対して、ルルカはいつも同じように答えていた。


 魔操技士の最優先事項は物の怪の執行。

 しかしその執行を行うには、法律で定められている数値を超えていなければならない。満たしていない場合は例え目の前に物の怪がいたとしても執行は不可だ。 


「流石、大した自信だな。だが、私はこの法律のせいで物の怪に殺される仲間を何人も見てきた。国やN.M.E.Bのお偉いさん達は現場の危険性を知らな過ぎるんだ」


 ギルゼンの言葉からは僅かな憤りが伝わった。

 この魔操法律に関しては彼以外にも多くの魔操技士がかねてより不満の声を上げている。


 実際、物の怪は狡猾である者が極めて多い。

 ただでさえ人ならざる力を持つ物の怪を相手にしなければいけない状況で、魔操技士は霊力係数が基準値を超えていなければ反撃する事も出来ない。


 これは死活問題と言ってもいいだろう。


「私はいざ物の怪と対峙したら、法律など二の次だと思っている。上の者達の名目上の形式で私達の命が奪われるなんて本末転倒だ。霊力係数など関係ない。もしその時になったら私は迷わずこれを使うだろう」


 そう言ったギルゼンは胸ポケットから銃を取り出した。


 その黒い鉄の塊は無機質ながら、間近で見ると想像以上に物々しさを醸し出している。


 魔操技士の、いわゆる武器となる者は人それぞれ違う。

 大半はギルゼンのように己の魔操の力と銃を合わせた武器を扱う者が多い。次いで小型のナイフや短剣、特殊素材の警棒などが主となっている。


 ルルカとギルゼンがそんな会話をしていると、車が目的の現場へと止まった。


「ここが7人目の被害現場ですか……」


 9番街でも比較的静かな噴水広場。

 本来なら平和で人々の活気を感じられる場所であったが、悲惨な事件の影響で辺りは静かで歩く人影も疎らである。


「全く。毎度億劫になる石碑だな」


 小さな溜息を混じらせ呟くギルゼンの前には、噴水の前に建てられた縦長の白い石碑。


 石碑の正面には“アーティバッハ”という名前が刻まれている。


 100年近く前、魔操技士と物の怪の争いが最も激しかったとされる戦争時代。当時アーティバッハは物の怪を数百体執行したと言われる魔操技士の英雄となり、後に現在の厳粛な魔操法律を定めるきっかけとなった大罪人でもある。


 右から見れば真っ直ぐ。

 左から見れば歪み。

 アーティバッハはそんな人間であった。


 彼は間違いなく戦争時代に最も多くの物の怪を執行した英雄。

 だがその実態は必ずしも正義であったと言い切れるものではない。


 アーティバッハは物の怪を執行する為ならばどんな手段も問わない冷酷な魔操技士であり、脅迫、誘拐、拷問、虚偽、殺し。彼は思いつく限りの手段で物の怪を執行していた。


 そして。


 執行――殺された物の怪の中にはごく普通の“人間”も多く存在していたと、アーティバッハのその行動が後に国中を揺るがせたのだ。


 自らの正義を全うする事に微塵の躊躇いも持たなかった彼は最後に始祖の物の怪と対峙し命を落としたと現在まで語り継がれており、そんなアーティバッハの死から数年後、確立されたのが今の魔操法律である。


「ギルゼンさん、最後の事件が起きたのは確か2日前でしたよね?」

「ああ、そうだ」


 地面に視線を落とすルルカ。

 その先には乾いて赤黒く変色した生々しい血の跡。


 暫し辺りを見渡し、妙な違和感を感じ取ったルルカは再び口を開いた。


「あの、もう1ヵ所連れて行っていただきたい場所があるんですが――」

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