「緋色の魔法」と「物の怪」
きょろ
第1章 緋色の魔操技士
01 沈黙の400秒
チク。タク。チク。タク。
(364……365……366……)
淡い光のランプが灯る薄暗い執務室。
綺麗に整頓された本棚には隙間がない程本が入れられている。
年季を感じる木製の椅子に腰を掛けた男は、静かに沈黙の時間を数えていた。
(367……368……369……)
男の対面では執務室の主が何やら机の上でペンを走らせているが、一向に喋り出す気配はない。
若干15歳という若い少年を自分の執務室へと呼び出したのは、他でもない“0級魔操技士”のバーンズ局長。
どこか幼さが残る15歳の少年を自らが呼び出したという事を忘れているのか、バーンズ局長は彼が執務室に入ってきてからずっと無言であった。
どうしていい分からない沈黙を数えること400秒――。
遂に耐え切れなくなった少年は口を開いた。
「あの――」
「君がアカデミーを飛び級で卒業した子か」
局長と少年が言葉を発したのはほぼ同時。
長い沈黙からやっと口を開いたバーンズ局長であったが、彼は相変わらず興味がないのか、その視線はまだ1度も少年を捉えていない。ひたすら伏し目でペンを走らせているばかりだ。
「12歳にして国家資格の魔操技士ライセンスを取得し、アカデミー卒業と同時に0級魔操技士……。優秀だな」
「ありがとうございます」
「褒めてはいない」
気難しい返しに一瞬面を食らう。
それでも、最初からこの程度の事を予想していた少年――ルルカは若さという勇ましさで言葉を返した。
「それでも有り難いお言葉です。それよりも、私は何故バーンズ局長に呼ばれたのでしょうか」
拙いながら、目上の人への言葉を気を付けて選ぶルルカ。
アカデミーを卒業した“新米”の魔操技士は、皆それぞれの部署へと配属される事が決まりとなっている。ルルカもその1人だ。
問われたバーンズ局長は変わらず下を向いてペンを走らせていたが、その重厚な口を開いたご老体は、ルルカが耳を疑う言葉を投げかけた。
「“緋色の魔操技士(まそうぎし)”よ。お主に早速任務を言い渡そう」
「え!? 配属初日に……ですか?」
配属された新米の魔操技士にとって、最初の任務は言わば登竜門的な存在。
国家資格である魔操技士ライセンスを取得したという事は、勿論それ相応の知識と実力を身につけている証だが、差し詰まる所この最初の任務は実力テストという意味合いになっている――。
新米魔操技士ならば誰もが通る道だ。
しかし。
「何か問題があるのかね?」
「いえ。そういう訳ではないですけど、本来なら何度か研修という形で任務に同行した後で受けるのが普通なのではないかと……」
「私の管轄に普通の魔操技士など必要ないのだよ」
淡々と言葉を並べているだけでも“圧”を感じるのは、ルルカの何倍も歳を積み重ねた時間の密度が成せる業か。
「分かりました。そこまで言われたのなら受けさせていただきます。その任務とやらを」
主導権を握るのはやはり局長が上手。
だが裏を返せば、強気で前に出られるのは若者の特権とも言えるだろう。
「良かろう。お主に与える任務は“終焉のマルコ”の執行である――」
「ッ……!?」
局長から出だまさかの名に、流石のルルカにも動揺が見られた。
「奴はブラックリストの中でもNo.4の国際指名手配の“物の怪”です! 今まで他の魔操技士が何十年も追って執行出来ていない奴をどうやってッ……「無理なら結構。辞めてくれて構わん」
魔操技士の役目は物の怪を倒す事。
その術を学びに来たばかりの新米に任せるとは随分な待遇だ。当然皮肉の意味で。
(そう来たか……)
足元を見られた事に不満は感じたが、彼にはもう選択肢がなくなってしまった。
「無理とは言っていません。私が物の怪マルコを執行してきます」
「結構。ならばそこにある封筒を持って行くがよい。マルコの直近の情報が記されている」
言われたルルカは棚に置かれた封筒を手にした。
どうやら最低限の力は貸してくれるらしい。
「ありがとうございます」
「因みに、期限は10日以内だ」
最後にダメ押しと言わんばかりの一言が発せられると、ルルカが言葉を返す間もなくバーンズ局長は手をシッシッと払って見せた。
用は済んだから早く出て行けと――。
(流石は噂に聞くバーンズ局長。相当な曲者だな……。だけどまぁ会う事は出来た。初日にしては運が良い)
想定外の任務を告げられた事以外は上々。
執務室を出ようと扉のドアノブに手を掛けたルルカは、最後に最も聞きたかった質問を局長に投げ掛けた。
「バーンズ局長。お言葉ですが、最後に1つお聞きしたい事があります」
扉の前で振り返った彼は局長を見る。
「ブラックリストのNo.1……“始祖の物の怪”は存在しますか──?」
直後、局長が走らせていたペンをピタリと止める。
「……愚問であるな。それを確かめ執行するのがお主達の役目であろう」
影を落とした堀の深い瞳がギッと少年を睨んだ。
執務室での実に13分間という濃密な時間の中、ルルカ・ジャックヴァンがバーンズ局長のその漆黒の瞳と目が合ったのはこの1度だけであった――。
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