第54話 メンヘラちゃんは誓いを迫られている




【中性的な女 ゆう


「…………午前9時13分、死亡確認」


 隼人は時計を見ながら雪憲さんの死亡確認をとった。


「残念だったな…………覚悟はしていただろう」


 覚悟なんて、いつもできていない。私はいつも迷ってしまっていた。

 数えきれない後悔たちが私の後ろに立っていた。

 こんにちは、お久しぶりですね。私の事まで忘れてしまうとは。ずっと後ろで待機しておりました。きっと後悔されると予期して。

 うるさい。黙っていろ。お前らを完全に消してやる。

 私は乱暴に涙を拭った。


「隼人……亜美の結婚式場って、なんて言っていたっけ?」

「×××結婚式場だ。それがどうした」

「私、行かなくちゃ……」

「急にどうしたんだ悠」

「思い出したんだ」

「え……思い出したって……昔の事か?」

「うん。隼人が情けない状態でお腹蹴られてるところも全部思い出した」

「うっ……そんなこと思い出さなくていい……」


 ――ごめんなさい……! 色々巻き込んでしまったのに……こんな…………形で…………っ――


 無理して言っているのは解った。あんなに泣いていたんだから。

 私が怪我したこと、記憶をなくしたことも全部責めないでくれって言いたかった。

 せめて亜美の晴れ姿で、幸せそうな姿を私に見せてほしい。

 亜美に直接会わなくていい、ただ幸せそうなその姿だけ一目見られたらそれでいい。


 それに、雪憲さんが最期に言っていた言葉。

 自分のことを大事にしてくれる人を選ばないといけないと。

 私は……――――――


「隼人、一緒に結婚式場に行こう」

「何を言っているんだ……私はまだこれから仕事が……」

「お願い隼人、亜美が幸せそうにしている顔確認させて。一生のお願い」


 亜美がもし幸せそうだったなら私はそれでいい。でももしそうじゃなかったら……――――


 隼人は心底困ったような表情をしたが、私の顔をまっすぐに見た。


「………………はぁ……お前がわがままを言うのは珍しいな。いいだろう。冠婚葬祭くらい仕事を休ませてもらってもバチはあたらないだろうからな。寺田さんの件の処理が済んだら向かう。それでいいな?」

「解った」


 ――雪憲さんありがとう。あなたのおかげで思い出せましたよ


 病室から出て、孝也さんの病室へと私は戻った。


 ――……なんでだろう。過去を思い出してから見る貴方は、なんだか貴方じゃないみたい


 記憶を無くしてからの貴方と、過去の貴方が違いすぎて。でも、私の事真剣にやっとなってくれたんですね。

 やっと……――――


「孝也さん、思い出しました。過去の事」

「本当か!? どうだ、俺の事大好きなことも思い出しただろ?」

「…………はい」

「遅ぇんだよバカ」


 孝也さんは横に立った私を小突いてきた。やはりいつもの孝也さんだ。


「私を元気づけてくれたお爺さん……亡くなりました」

「……そうか」


 いくら孝也さんでも、人の死に関わることに関しては何と言って良いのか解らないようだ。長い髪を鬱陶しそうに触る。もう、入院も長く、肩よりも下に伸びてきている。


「……私これから、亜美の結婚式場に行きます」

「は?」

「隼人が連れてってくれるから一緒に行きます」


 孝也さんはなんでだよとか、せっかく思い出したのになんであの女のところに行くんだとか、そんなことを言っている。その中、隼人が着替えてやってきた。


「悠、待たせたな。行くぞ。のぞむが出席していて内情を聞いたら、誓いを立てるところが今から向かえば見られそうだ」


 私は亜美の泣いている顔を思い出した。それでも、幸せになってくれているなら。それを確かめずにはいられない。


「解った。本当にごめんなさい孝也さん。また連絡しますから」

「おい、待てよ! 悠!」


 そう言って私は急いで隼人と亜美の結婚式場へ向かった。


 孝也さんの為に一生懸命だったことを思い出した。

 隼人とレストランで喧嘩したこと思い出した。

 料理を作ってくれた亜美の姿を思い出した。

 亜美が攫われたときのことを思い出した。

 泣いている亜美の姿を思い出した。

 亜美と出会ったときのことを思い出した。

 亜美が病院が大嫌いで走って逃げたことを思い出した。

 亜美のお姉さんのことを思い出した。

 何度も何度も亜美を守ってあげたことを思い出した。

 懸命に謝っていた亜美の姿を思い出した。


 私の記憶、もう二度となくしたりしない。


 隼人の運転で式場に向かっているとき、孝也さんと初めて逢ったライブ会場の前を通った。

 丁度そのライブ会場は信号のある交差点の角にある為、信号で止まったその時に、メンタルディスオーダーのライブが今日だということを知らせるポスターが目に留まる。


 ――緋月さん…………迷っている私に声をかけてくれてありがとうございました


 記憶が戻ったことをあとで報告しに行こう。


 色々やること思い出した私は焦っていたが、そんな中、隼人と私は式場についた。車を隼人が乱暴に停める。


「ついたぞ、こっちだ」


 私は隼人の後をついていった。中はまるで日本じゃないような内装で、壁紙もシャンデリアも絨毯もその辺の結婚式場の比ではないほど豪華だった。

 花ももちろん生花を使用しているようで、むせ返るような花の香りがした。


「ここだ」


 隼人はゆっくりと扉を開けた。すると数えきれないほどの大人数がそこにいた。そして白いドレスの花嫁姿と、すこしぽっちゃり気味の新郎の後ろ姿が見えた。

 神父が新郎新婦に神の前で誓わせる言葉を言っている。

 顔が見えないので、亜美がどんな顔をしているのか解らなかった。

 でも式は無事に進んでいるようで私は安心して、私は隼人と一緒に一番後ろの扉の開閉に邪魔でないところに立っていた。


「汝、高宮瑪瑙は、この雨柳亜美を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、 妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


 神父がそう問うと、高宮さんは少しためてから返事をする。


「はい」


 クライマックスだな。次は亜美の番だ。


「汝雨柳亜美は、高宮瑪瑙を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、 神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


 誓いの言葉。神の御前で立てる誓いの言葉。

 それにどれほどの効力があるのだろう。自分の気持ちを神に誓えるか?

 私は無神論者だが、本当に神の前に誓いを立てるとしたら心の底から「はい」と言えるだろうか。


「…………です」


 亜美の口から、消え入りそうな声で何か聞こえた。マイクがセットされているけれど、声が小さすぎてよく聞こえなかった。


「え?」


 神父が明らかに動揺し始めた。会場がざわめく。


「亜美ちゃん……?」

「無理ですよ……こんなの…………誓えません」


 亜美の口から「無理です」という言葉が会場に響き渡った瞬間、会場内のざわめきは一層大きいものになった。



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