第52話 メンヘラちゃんは食事が進まない
【メンヘラゴスロリ娘
泣いたらダメだって、何度も何度も涙を流したのにそれでもユウ様を見たらもう二度と触れられなくなると思って、涙が溢れてきてしまった。
――もう、これっきりなんですか? ユウ様の為を想うなら、こうするしかないんですか?
感情がまるで洪水のようにあふれて言葉も出てこなければ、考えもまとまらない。
ひとしきり泣き終わって、気持ちは落ち着かないけど、ユウ様はアミが話し出すまで待っていてくれた。
そういうところがズルいんです。
その優しさが、痛いんです。
「ユウ様…………亜美は………………」
「……うん」
「……結婚することにしました。だから……ユウ様のこと…………これっきりに…………――――」
そう言っている声が震えてしまう。
あぁ、それ以上言ったらまた泣き始めてしまう。また困らせてしまう。
「これっきりに…………っ…………」
ユウ様が涙で見えない。でも涙で歪んだ視界の中でかろうじて見えるユウ様は後ろ姿だけでどんな顔をしているか分からない。
顔を見たいけど、でも怖かった。どんな表情をしているのか分からないから。
また困っている表情をしていたらどうしようと考えてしまう。
「ごめんなさい……! 色々巻き込んでしまったのに……こんな…………形で…………っ」
亜美のせいで記憶までなくしてしまったのに、亜美がこれ以上つきまとったらユウ様にもっと迷惑をかけてしまうから。
必死にそう自分に言い聞かせる。
だって、実際思い出せばそうだったと思うから。
「いいよ、それは。気にしなくていい。自分の道を選んでほしい」
ユウ様のあまりにもあっさりしたその返事が、鋭く亜美に突き刺さった。
――自分の道って……何ですか? ユウ様がいない道が亜美の道だとおっしゃるのですか?
なんて残酷な人。
でも亜美の大好きな人。
亜美の愛している人。
「アミ……あのさ――――」
やめて。
これ以上何も言わないで。
亜美が傷つくだけの言葉を言わないで。
これ以上残酷なことを言われたら、本当に立ち直れなくなってしまいそうだから。
「ユウ様、今まで本当にありがとうございました」
ユウ様の言葉を遮って、精一杯笑って言って、そして最後の抱擁をした。
「ユウ様…………愛しています……」
ユウ様が次の言葉を言い始める前に、亜美はその場から逃げた。
「アミ……」
その言葉も、その戸惑っている声もまた『あの時』と同じ。
あの時、ユウ様が追いかけてきてくれる事を祈りながら、走って逃げなかったらと何度後悔したことでしょう。
でも、また亜美は同じことをしてしまう。またあなたは亜美を助けてくれるのでしょうか。
亜美は心の中で、いつまでもあなたを想い続け生きていくのでしょう。
それが罰なら、亜美は受けられるしかないのでしょうから。
***
【中性的な女
アミが逃げるように走り去ったが、私は追いかけなかった。
でも、なんだか煮え切らない気持ちが残る。
アミの事はこれで良かったと思う気持ちも確かにあった。私には責任が取れないのに無責任なことは言えない。
あんなに泣いて辛そうにしているアミに「本当にそれで良かったの?」なんて、偽善的にもほどがある。
――望まない結婚をして、君は幸せになれるのか?
そう問いたい気持ちもあったけど、それは私が立ち入るべきところではない。
家柄の問題であって私が軽々しく言って良いことではない。
それは解っている。
――解っているんだけど……
あんなに泣くほどなのにそれで良かったんだろうか。
などと堂々巡りが私の頭の中に巣食う。
「考えていても仕方ないか……今できることをするしかないよね……」
少しの間にいろいろあった。病院で目が覚めてからのことを想起すると、本当に色々あった。目まぐるしい日々。昔の私と今の私はどちらが幸せなんだろう。
私は公園のベンチに身を投げ出して目を閉じた。
***
【メンヘラゴスロリ娘
「あ……亜美ちゃん。結婚のこと承諾してくれてありがとう」
瑪瑙と一緒に亜美は高級レストランに来ていた。まったく食事が進まない。コースも終盤なのに殆ど食べ物が喉を通らない状態だった。
「一生大事にするよ」
亜美の目の腫れは引いたし、化粧で誤魔化しているけど、それでも酷い顔をしているのは分かってるはず。
でも、瑪瑙はとても嬉しそうだった。
亜美の気持ちなんて気づかなかいのね。ユウ様なら気づいてくれるのに。
「まだ少し早いかな……その……子供は3人ほしいな。男の子かな、女の子かな。でも男の子は1人はほしくて……――――」
楽しそうに話す瑪瑙がとても遠く感じた。
――なんで? 自分は亜美に愛されてないって解ってないんだろうか。それでも亜美と結婚できるってことがそんなに嬉しいの?
亜美は全然嬉しくない。実感もわかないし、たった1人取り残されてしまっている気がする。
目の前で話す瑪瑙の言葉ももう入ってこない。亜美は自分の左手首をギュッと握った。縫合の痕がある手首。
――ユウ様……苦しいの…………助けて…………――
亜美の願いは自らの中の深淵へと静かに落ちていった。
これで良かったのかもしれない。これで丸く収まってくれるなら。
お姉様と和解することはないだろうけど…………ユウ様を諦めれば、幸せになれるんだ。
きっとそうだ。
もう泣かない。亜美がしっかりしないと、ユウ様に顔向けできない。
亜美は瑪瑙のことをしっかりと見た。少し太り気味の身体に、優しそうな顔立ち。彼は優しい笑顔を亜美に向けてきてくれた。
瑪瑙がとても嬉しそうにしている姿を見ても、まだ自分のことのように思えなくて。諦めなきゃって思うたびに、強く強くユウ様のことを思い出してしまう。
タキシード姿のユウ様と純白のドレスを着ている亜美の姿を何度も想像した。
こんな調子の瑪瑙とこれから一生一緒にいないといけないの? 好きでもないのに子供を作って愛していない人との子供を亜美は愛せるのかな。子供なんて亜美に育てられるのかな。
――ユウ様との子供だったらどんな子供が生まれてくるんだろう
男の子だったらユウ様に似てかっこいい子になってモテモテになっちゃうかもしれない。
女の子だったら……でもやっぱりユウ様みたいに男勝りな女の子になって喧嘩とかしちゃうかもしれない。
亜美に似たらいじめられっこになっちゃうかな。でもユウ様似の男勝りなお姉ちゃんが、亜美に似ている少し内気な弟をいつも守ってあげるの。
望んでない結婚をして、こんなにたくさんのことを願えるのかな。
瑪瑙との結婚に、何も願えない。
瑪瑙は亜美と結婚しても幸せになれないと思う。
――だって何もないんだよ?
食事中の会話も弾まないし、亜美が料理を作ってあげたいとも思わないし、いってらっしゃいのキスだってないだろうし、帰ってきてもおかえりなさいもない。
――……それでも、それでも瑪瑙は亜美さえいたらそれでいいの?
亜美は、ユウ様がそんな状態でもいてほしいと思う。
ただ沢山愛情を注ぎたい。振り向いてくれなくてもいいから、側にいてくれたらそれでいい。冷たくされたって構わない。
――瑪瑙もきっと亜美に対してそう思っているんだ…………
自分の気持ちと瑪瑙の気持ちが重なって見えて、初めてユウ様の気持ちが分かったような気がした。
ユウ様もこんな気持ちで亜美と一緒にいたなんて、考えるだけで手が震えた。
そこには何もなかったから。
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