第51話 メンヘラちゃんは襲い掛かった
【メンヘラゴスロリ娘
懸命に亜美は説得しようとするけど、お母様とお父様は渋い顔をするばかりで取り付く島もない状態だった。
「そんな……急すぎます! お父様! お母様!」
「急ではないわ。それに、あなたの為でもあるのよ」
「そうだ。瑪瑙君は仕事熱心だし、いい子だ。それに長い付き合いだから亜美も気兼ねしないだろう」
お父様とお母様はそういって、最初から亜美の話を聞いてくれない。
ユウ様に言われて、きちんと話をしないといけないと思って亜美は家に帰ってきた。
でも最初から断りを入れる隙なんて、本当はどこにもなかった。
――それが、亜美のためだって、どうしてお父様もお母様は思うのですか?
亜美は言葉が足りない状態でもなんとか説得しようとするが、どんな言葉で説得したらいいのか解らない。亜美はお父様やお母様よりも賢くないし、難しい説明はできなかった。
「亜美は……今好きな人がいるんです。結婚は待ってください!」
「亜美、お父様とお母様を困らせるな。随分前から決まっていたことだろう」
壁に寄りかかって話を聞いていたお兄様がそう言ってくる。
「お兄様! どうしてですか!? 亜美の気持ちは解っているでしょう。どうしてこんな……」
「亜美、こっちへいらっしゃい」
お母様が亜美に座るように言ってくる。亜美はお母様の指定する椅子に座った。
「亜美、お母さんは亜美のことが心配なの。それは解ってくれる?」
亜美は無言でうなずく。
「亜美がね……悪い人にいいように利用されてしまうのがとても心配なのよ。私たちがいない間に事件に巻き込まれたって聞いたわ。しかも……亜美のお友達の女の人のせいで」
――亜美の……お友達の女の人? それって、ユウ様のこと……?
そう気づいた亜美は、必死に弁解しようとする。
「あれは亜美が悪かったんです! 違います! …………それは……誰に聞いたのですか……お母様?」
心臓の鼓動が早くなる。こんな酷いこと……言えるのは1人しかいない。
「律華よ」
名前を聞いただけで亜美の心臓がギュッと掴まれるような、そんな感じがした。冷や汗すら出てくる。
――なんてことを……亜美のことそんなに憎いと思っているんですか? お姉様……
「違います! お母様はお姉様に騙されて……!」
亜美が強く否定する度に、お母様とお父様の表情が曇るのが分かった。
――どうして、亜美の言葉を信じてくれないのですか……?
「亜美……真面目な話なのよ。私も、お父様もあなたのことを愛しているの。どうか前向きに瑪瑙君との結婚を考えてね」
「亜美、ウェディングドレスを今度見に行こう。オーダーメイドで作ってもらおうな」
お母様とお父様は腕時計を確認すると「そろそろ病院に戻らないと」と言って引き留める間もなく出ていってしまった。
お母様もお父様も亜美の話を全然聞いてくれない。
ユウ様が言っていたようにはいかなかった。
「お姉様とお兄様もグルですか……? こんな……こんな強引な手で……!」
「いい加減にしろ」
お兄様がいつもよりも、さらに冷たい口調で亜美にそう言ってくる。
「……なぜですか。ユウ様のことを……あんな風に言われて悔しくないんですか!?」
――亜美のせいでユウ様をあんな目に遭わせてしまったのに、亜美のせいなのに……
ただ、亜美はユウ様のことをあんなふうに悪く言わないでほしかった。
お母様もお父様もユウ様を誤解している。ユウ様は悪いところなんて何もないのに。
「亜美、悠のことが好きか?」
「当たり前です!」
ユウ様がこの世で一番大事です。この世で一番愛しています。
そう思うと涙が出てきた。目に溜まった涙で、お兄様の姿歪んで見える。
「悠のことを想うなら、お前が諦めることも考えたらどうだ?」
お兄様の言葉が刺さった。
――ユウ様のことを想うなら……? 亜美が諦める……――――?
警察署でも、お兄様に言われた言葉だ。
それは考えないようにしていた事だった。
「悠はお前のことを好きになったりしない。お前は自分のエゴだけであいつに執着してあいつを困らせているんだ。悠はどう見ても同性愛者じゃない。お前にまとわりつかれても迷惑なだけだ」
「そんなっ……」
そんなことはない。
そう言いたいのに、そう言おうとするたびにユウ様の困った顔と、ユウ様の遠い目を思い出して言葉が出てこない。
「お前は瑪瑙と一緒になればそれで落ち着く。悠とは友達でいろ。私と悠が一緒になればどのみち家族になる。それで良しとしておけばいいだろう」
ユウ様がお兄様と結婚すれば、毎日亜美の側にいてくれる。
でも……それは亜美の恋人じゃなくて、お兄様のお嫁さんとして。
――…………嫌……そんなの嫌……!
「そんなの……耐えられない…………」
ついに亜美の目から涙がこぼれおちた。視界が歪んで何も見えなくなってしまう。
「悠のことを本当に想うなら、もう少し自分の行動を考えろ。雨柳家の血筋なら、賢い選択をしたらどうだ」
そう吐き捨てるように言って、お兄様も出ていった。
亜美は1人、静かな部屋に残された。
静かに窓からの風がカーテンを揺らして、暖かい風を身体に受ける。柔らかな光が、部屋の豪華な調度品が光っているいつもの風景が、涙で歪んだ視界でゆらめく。
とめどなく涙が溢れてくる。
――なんで亜美は、この家に生まれちゃったんだろ……?
どんなに涙を流しても、誰も答えてはくれない。
――ユウ様のこと……もう諦めるしかないのかな…………
胸がいっぱいだった。
ユウ様のことを考える度に、それが叶わない現実に打ちのめされる。
――会いたい……優しい笑顔見せてほしい。亜美の為に笑ってほしい
いくら涙を流してもそれが叶うことは絶対にないんだ。
どれだけ泣いていたか分からないけれど、泣いて目が酷く腫れているのは鏡を見なくても分かった。
――……こんな顔、ユウ様に見せられないですね…………もう、亜美の顔を見ることもないのでしょうか
だったらもうどんなに酷い顔になっても構わない。
いっそのこと、顔に大きな傷を作って瑪瑙が亜美のこと嫌いになってくれたら……と、亜美は持ち歩いているカミソリを握ったけれど、ユウ様の家で自殺未遂をしたときに病院で必死に呼びかけてくれたユウ様の顔を思い出してできなかった。
亜美が部屋で膝を抱えて泣いているところに、大きな音が聞こえて扉が開いた。
でも亜美はそっちの方向を見なかった。
どうせ誰なのかなんて解っているから。
「あんた、瑪瑙と結婚するって本当なの!?」
甲高いヒステリックな声が聞こえてきた。でも声が震えている。亜美が顔を上げると、亜美と同じくらいにお化粧がぐしゃぐしゃに崩れているお姉様が立っていた。
――なんで泣いているんですか。まるで被害者みたいな顔して。お姉様がお父様とお母様をたきつけたくせに………………
「黙ってないで答えなさいよ!!」
「…………そうですよ」
声にならない声で亜美は答えた。
出て行ってほしい。今は何も考えたくないの。
「なんで…………あんなに嫌がっていたのにどうして……!!」
――どうして……?
その言葉を聞いて亜美の頭の中が真っ白になった。
「……ふざけないでください!! お姉様がお父様とお母様に言ったのでしょう! …………だから……だから亜美は………………ユウ様を…………っ…………」
――諦めようとしているのに――――――
口に出そうとする度に涙が溢れてきて言葉にできない。
「お姉様のせいです! まるで被害者みたいな顔しないでください!!」
気づいたら亜美は怒りの余りにお姉様に掴みかかっていた。お姉様の首元を両手で掴んで絞める。
――お姉様なんて死んでしまえばいいのに!
――許せない……!
お姉様が何か言いながら暴れて、亜美を振り払おうともがく。でも、亜美は力いっぱいお姉様を抑えつけていたからお姉様は亜美から逃れられなかった。
そして口から少し泡が出てきたのが見えたところで、バタバタと音が聞こえて栗原が走ってきた。
「お嬢様!! 何をされているのですか!?」
栗原が亜美をお姉様から引きはがそうと後ろから亜美の体を抱え上げる。栗原の力には敵わずに亜美はいとも簡単に引きはがされた。
「ゴホッ……ゴホゴホッ…………!」
お姉様がせき込みながら喉を抑える。
「栗原、離して!」
「いけませんお嬢様! 落ち着いてください!!」
律華お姉様は亜美に初めて見せる顔をしていた。
まるで幽霊でも見るかのように、恐ろしいものを見るような顔をしていた。
なんなのこれは。
こんなの嫌。
――助けてユウ様。助けてください………………
それでも亜美は、ユウ様のこと諦めないといけないのですか?
なら、最後に……最後にもう一度だけ……会いたいですユウ様……。
***
【中性的な女
――はぁ…………相変わらず何も思い出さない
事件現場に行ってみたが、廃ビルって感じなだけで、確かに血痕らしきものは残ってたけど、それが誰のものなのかとか、血の飛散り方とか見ても私は名探偵ではないのでピンとくるものが何もなかった。
正直、ここまできても何も思い出さないとなると、もう思い出せる気がしない。
私はまた時間を確認するために携帯を見た。隼人とたかやさんからメッセージがそれぞれ来ていた。両者のメッセージは読まずに飛ばしてしまった。多分ろくでもない事だろうから。
それからアミからもメッセージが来ていた。アミの方はどうなったのか気になったので私はそれを開く。アミは結構長文でメッセージを送ってくる方だけど、ただ「今から会いたいです」の一言だけだった。
結婚の話は上手くまとまったのだろうか。私はそれを聞くためにもアミと会うことにした。
***
待ち合わせ場所はアミの家からそんなに離れてない場所にある公園を指定した。
ベンチに座ってアミを待っていると、何人もその公園で遊んでいたり、目の前を通り過ぎて行った。
――この道行く人々は誰も私をホームレスだとは思わないだろうな……
ブランコに乗ってぼーっとしているスーツのおじさんがいたが、多分あれは家に居場所のないお父さん的な何かだと思う。
結婚して子供を作って必死に働いてるのに、何故か邪見にされて家に居場所のないお父さん。よくある話だ。だが、それが我が身に起きたらと思うとぞっとする。
――結婚って本当に幸せなのかなぁ……
なんて、考えてしまう。
日本では結婚した人たちの実に3割は離婚しているらしい。3分の1の確率で失敗してる人たちを見て、自分が3分の1の方じゃないってどうして思えるんだろう。
33%の確率で失敗するって分かってたら最初からしないよ。私なら。
そんなことを考えていたら後ろから抱きしめられた。
反射的に手を変な方向に捻りあげてビンタをしようってところだけど、触感情報よりも嗅覚情報の方が早かったので私はそうしなかった。
アミの匂いがした。女の子らしいいい匂いだ。それに、手もアミの手だった。
「………………」
私の後ろから抱き着いたまま、アミは何も言わなかった。
「アミ?」
私が名前を呼ぶと、アミは途端に泣き出してしまった。
「ユウ様…………ぁ…………うっ……うぅ…………」
――この子、いつも泣いているな
そんなことをぼんやりと考える。
向き直ってアミの顔を見ようとしたけど、アミは私の顔をガシッと掴んだ。
「顔……見ないでください……」
「お、おう。分かった」
そのまま変な方向に首を捩じ切らないでくれよ。と、思いながら私は後ろで泣いてるアミの手の震えを感じていた。
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