第42話 メンヘラちゃんは閉じ込められた
【1年後】
「亜美、あんたはあっちで遊びなさいよ」
「律華ちゃん、いいじゃない」
「あたしは嫌」
瑪瑙と律華と亜美が、ボール遊びをしようと中庭にいる。3人で遊ぼうとしているところ、律華はそれが気に入らないようで、亜美の参加を反対していた。
「あんたみたいなどんくさいのとボール遊びなんてできないわ」
「ごめんなさいお姉様……」
亜美は泣きそうな表情で申し訳なさそうに律華に謝罪した。
「律華ちゃん、そんなこと言わないで。亜美ちゃんも一緒に遊ぼう?」
瑪瑙が亜美を庇う。
それを見て、律華はますます亜美に対して態度が冷たくなっていく。瑪瑙が亜美を庇う度、律華はあの時のことを思い出して嫉妬で狂いそうになっていた。
――僕は、亜美ちゃんと結婚したいですね――
律華は「あたしの方が瑪瑙のこと好きなのに」と亜美に冷たい態度を取る頻度が増える。一方、瑪瑙は亜美のことばっかりだった。
もう大人になって、大学に行っている瑪瑙と中学生の亜美。「あたしの方が大人なのに」と律華は思っていた。
律華は子供ながらに母に化粧を教わって、化粧をすると、より一層端整な顔立ちになった。亜美より自分の方がずっと綺麗だと、そう思っているのに瑪瑙は全然律華を見ない。
その感情が嫉妬だと、律華が自覚する頃にはもうそれは手遅れになっていた。
そしてある日決定的な事件が起きた。
***
【1年後】
「どうでしょう? 高宮家と正式に縁組しませんか?」
律華は両家の両親がそう話をしているのを聞いた。瑪瑙もその場にいて神妙な顔をしている。
「うちの瑪瑙が亜美お嬢様のことを痛く気に入っておりまして。まだすぐにということはないですが、いかがでしょう?」
「あら、ありがとうございます。私は賛成ですよ。瑪瑙お坊ちゃまは聡明で心の優しいお子さんですし。あなたはどうかしら?」
母が父にそう尋ねる。
「うーむ、可愛い娘をもう嫁に出すという話は少し気乗りしませんが、瑪瑙お坊ちゃまでしたら心配はないでしょう。しかし本人の意思もありますし」
次々に話が進んでいく会話に、律華は心臓がやたらとうるさくなった。その心音が母や父に聞こえてしまうかもしれないと思う程に。
「僕が必ず亜美ちゃんを幸せにして見せます」
瑪瑙が身を乗り出して、父と母に言う。その言葉を聞いて、律華の胸は締め付けられるようだった。心臓が握りつぶされてしまいそうな感覚に陥る。
「ははは、それは心強いな」
――なんで亜美なの。なんであたしじゃないの? あたしのほうが瑪瑙と歳も近いのに
――どうして……――――――――?
「では、亜美にも直接聞いてみましょうか」
「栗原、呼んできてくれないか」
「承知いたしました」
栗原が部屋から出てくるのを察して律華は慌てて扉から離れて走った。
――どうしよう、亜美に瑪瑙がとられちゃう
そんな焦りが律華の中にあった。
律華は廊下を走って、亜美の部屋まできた。そしてノックもせずに扉を開ける。亜美はクマとウサギのぬいぐるみを向かい合わせて遊んでいた。
「律華お姉さま?」
「亜美、ちょっと」
律華が乱暴に亜美の腕を引っ張って立たせた。その際に亜美の持っていたぬいぐるみがその辺に転がる。
「どうしたんですかお姉さま。痛いです」
――とにかく、どうにかしないと。あそこに亜美を連れていったら駄目
律華は焦るあまり、ほぼ正気を失っていた。
「亜美、そこのクローゼット入りなさい。栗原とかくれんぼをしているの。亜美もかくれんぼの一員よ。見つからないようにしなさい」
「あ……はい、解りました」
亜美を半ば無理やりクローゼットの中に押し込み、そしてクローゼットが開かないように手近な椅子や家具を動かして亜美をクローゼットに閉じ込める。
コンコンコン。
部屋をノックする音がした。絶対に栗原だと律華は確信する。
「亜美お嬢様、よろしいですか?」
「いいわよ」
律華が亜美の代わりに返事をする。
ガチャリ。
部屋のドアが開き、栗原が中に入ってくる。亜美が見当たらないので顔を左右に動かして亜美がいないかどうか確認した。
「あら? 律華お嬢様。亜美お嬢様はいらっしゃいますか?」
「ここにはいないわよ? あたしも亜美のことを探しているの」
「左様でございましたか。お見かけいたしましたら客間までいらっしゃるようにお伝えください」
「ええ、解ったわ」
この日、亜美がいないと大騒ぎになった。
律華は亜美が部屋にはいないと嘘をついたため、捜索は長引き、ついには警察を呼ぶほどの大騒ぎにまで発展した。
律華は、大騒ぎになっても本当のことを言い出せずにいた。後には引けないこの状況を作ってしまったけれど、それでも、どうしても律華は瑪瑙をとられたくなかった。
高宮瑪瑙一家は、騒ぎが大きくなってしまう前に亜美の両親が送り出した。少しばかりの不安が残る中、瑪瑙は雨柳家を後にする。そのとても不安そうな瑪瑙の表情が律華の脳内に焼きついた。
――どうして、亜美のことをそんなに心配するの? あたしがいなくなったら瑪瑙もそんな顔をしてくれるの?
そして亜美の泣き声を聞き取った栗原がようやく亜美を見つけた。
もう夜になってしまっていた。
「お嬢様、どうされたのですかこのようなところに……」
「お姉さまがかくれんぼだって……そしたら出られなくなっちゃって…………」
予想に容易いと思うが、この騒動での叱責は当然律華に向くことになった。
「律華! どしてこんなことをしたの!?」
いつも物腰穏やかな母が、声を荒げて律華に問い詰める。警察の人もその光景を聞いていた。警察無線から何を言っているのか解らない声が雑音と共に聞こえてくるが、律華にはその意味を焦燥で理解はできなかった。
「どうして嘘なんかついたんだ。言ってみなさい」
父も律華に対して残念そうな顔をする。父も母も亜美を庇うように抱きかかえていた。
――だって、だって瑪瑙が……
と、律華は心の中で言い訳する。
尚も泣き続ける亜美。
「黙っていたら解らないでしょう? なんでこんなことをしたの?」
叱責の声。咎める声。
律華は、ひび割れていた家族関係を完全に割ってしまったのかもしれない。
――あたしが悪いの?
と、律華は周りを見渡す。
母の悲しそうな声。父の目を背けるような顔。亜美の泣き顔。お兄様の無関心そうな態度。
全部律華の中に強く焼き付いてしまっている。
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