第9話 メンヘラちゃんが料理をしている
【中性的な女
私には兄弟がいない。一人っ子だ。
私は先ほどアミの言ったことに対して「はぁ?」と思ったが、まぁ家庭の事情は色々あると思うからそこは深く言及しなかったし、否定もしなかった。
「……その……お姉様はいつ家を出ていくの?」
というか、お姉様が帰ってきていてこの状態になるなら、今までお姉様が家に来ていた時にどこで何してたんだろうか。
「多分…………次の仕事までだから……そんなに長くはいないと思う……」
そんなこと言って、ずっと転がり込まれていると困る。
アミは不安そうに私の顔を見てくる。
――うぅ、そんな目で見るな……
なんと返事をしていいか分からず、かといってこんなに泣いている女の子を放り出すほど冷たくなることもできず、私は渋々と返事をした。
「………………解ったよ。ただ、下に布団引いて寝てくれるかな。ベッドシングルだから狭いし」
私はアミから視線を逸らしながらそう言った。完全にアミのペースに呑まれている自分に苦い顔をする。
「ありがとうございます!」
アミは泣きながらも深々と私に頭を下げた。
後悔が後ろに列をなして待機しているのが解った。これから毎日毎日後悔と共に生活しなければならないのか。
「ユウ様……ありがとうございますっ…………うっ……うぅっ…………」
そんなに泣くほど家に帰りたくない理由があるのだろうか。
「泣くなよ……どうしていいか解らないだろ…………とりあえず、お風呂入りなよ……」
アミはひとしきり泣いたあと、お風呂に入っていった。
「はぁ…………どうしていいか、解らないよ…………ほんと」
私の独り言は、静寂を切り裂いていくシャワ―の音と共に消えていった。
***
仕事の帰り。私は自分の今の状態について考えていた。
――あぁ、もう私の生活がめちゃくちゃだ!
家と仕事と休みの日はゲームをして1日を終えて、何の変哲もない普通の暮らしだったのに。それが退屈だとか、それが苦痛だなんて思ったことはない。
私はこの国に生まれて、飢餓に苦しんでいるわけでもないし、五体満足で持病があるわけでもない。戦争も経験していない。視力も人並み以上あるし、見た目が醜悪なわけでもない。望めば、働いてお金を貯めて、ある程度のものは何でも手に入れることができる。
けして裕福なわけではないが、両親に愛されて育ち、友達も少なからずいる。恋愛経験も全くないわけではないし、人並みの生活をしていられている。
これ以上、いったい何を求めろというのだろう。
私はこれでいい。
いや、これがいい。
この自分と生活を手放したくない。不幸の種をまかないでほしい。
そしてその醜悪な華を私の周りに咲かせないでほしい。
私はそう願うばかりだ。
別にアミが悪いとは…………思わなくもないけれど、その悪の種まき職人のいる自分の家に帰るのは億劫だった。
「はー、だるい」
そういえばまた食べる物を買ってくるのを忘れてしまった。私は家の玄関の鍵を開けた。電気がついており、いい匂いがしてくる。
「ユウ様! おかえりなさい」
アミが料理をしている。
ハンバーグ的なものを作っている匂いがした。
「え……食材どうしたの」
うちには肉なんてなかったし、というか冷蔵庫ほぼ何も入ってなかったし。
「アミが買ってきました。ダメですよ、ユウ様。もっと栄養のあるもの食べないと……ただでさえ痩せていらっしゃるのに」
――うっ……なんかこの子にまともなこと言われるとなんだか凹むな
「お金出すよ……」
アミはキョトンとしている。
「?」
「……え? いや、私の分の食事でしょ? 食材代出すよ」
私はカバンから財布を取り出そうとした。
「えっ……えっ? 何でですか? ユウ様……?」
「なんでって、自分の分を払うのは当たり前でしょ?」
勝手に押し付けられた善意に、こちらがお礼を言ったりお金を払ったりするのは嫌いだが、私はお腹が空いていたし、作ってくれているのはありがたい。
それに幸いにして不味そうではないし。
これだけメンヘラしてて、メシまで不味いなんて地雷オブ地雷の王道を滑走しているわけでもないらしい。
「そんなこと……初めて言われました…………」
「は?」
対価にお金払うのは当たり前の事だ。まして、手間をかけてハンバーグを作ってくれている訳だし、それにお金を払うのは当然だと私は思う。
それに対して、アミはまるでそうされるのが意外なようで本当に驚いた表情をしていた。
「今までアミ……そうやってお金もらったことないです。そうしてくれようとする人もいませんでした」
アミの、まるで宇宙人でも見たかのような顔が私の脳裏に焼き付く。
「アミが出すのが当たり前だと思っていましたし、いつもそうするように言われていましたから……」
それって……――――
――財布として使われていたってこと……?
アミは可愛い。それにお金持ちだ。悪い男に掴まればそういうふうに扱われてしまうのも想像に
何とも言えない気持ちが私の心に巣食う。
別に、それが「可哀想だ」って一瞬でも思った事に対して、自分のその感情に苛立ったのは嘘じゃないけど。
「…………とにかく、払うから」
私が2000円ばかり渡そうとしたら、アミは焦って拒否した。
「そんな! 泊めてもらっている身ですからこのくらいは!」
「いいよ、料理してくれているだけで十分だから。もらっといて」
私は強引にアミの服の、ポケットが見当たらなかったので、引っかかりそうなところに2000円括りつけた。
「ユウ様…………」
アミが何とも言えない神妙な表情をしている。
そういえば、メイクをしていないな。メイクをしていなくても可愛らしい顔をしているなと私はふと思った。
「……別に、優しさでそう言っているわけじゃないよ。変な負い目を感じたくないだけだから。気にしないで」
照れ隠しではなく、本当に負い目を感じたくなかった。
貸し借りはしたくない主義だ。
「ユウ様……ありがとうございます…………っ……うっ……」
「えっ、何で泣くの!?」
突然泣き出すアミに、私は戸惑う。
「だって……ユウ様が…………うっ……うぅ…………」
なぜそんなに涙で頬の濡らすのか、私には解らない。
「そんなにお金受け取りたくないの?」
「違いますよぉ…………ユウ様が……優しくて………………」
「だ、だから優しくしているわけじゃ……――」
言い終わる前に、なんだか焦げ臭いにおいがしてきたことに気づく。
「ちょっと、アミ焦がしているよ! 多分!」
「えっ、あっ!」
アミがハンバーグをひっくり返すと、ハンバーグは真っ黒になっていた。
「あぁ……やっちゃったね」
「ごめんなさいユウ様……」
涙を拭いながら、残念そうにアミはそう言った。
「いいよ。そこだけ切っちゃえばいいから」
「うぅ……」
そのあとアミの作ったちょっと焦げ目の残るハンバーグを食べた。
普通に美味しかった。
バランスを考えて野菜もつけてくれたのだが、正直野菜は嫌いで素直に喜ぶことは出来ない。それでも作ってもらったし……と思って食べた。
野菜の味なのは間違いないし、野菜自体は美味しくないけれど、調理の仕方なのだろうか、吐き戻すほどではなかった。
なんだか、変なところ気が利くことが気にかかる。世間知らずのお嬢様っぽいのに。
私はベッドに入って明日は普通に仕事に行こうと、決意を秘めて眠りについた。
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