第8話 メンヘラちゃんが泣いている




【中性的な女 ゆう


 本当にこの2日、えらい目に遭った。

 こんなことなら、最初にわけが解らない奴らに絡まれたとき、アミを助けなければ良かった。

 そこまで考えたが、その考えは振り払った。助けなければよかったなんて思ってはいけない。

 アミはちょっと変な子だけど、悪い子じゃないのは分かる。

 お礼に連れて行ってくれたレストランでケーキやサプライズは本当に嬉しかったし。少し、世の中のこと解ってないところがいけないんだろう。


 ――容姿にも恵まれているようだし…………


 私は自分を鏡に写し、自分を見つめた。


「………………可愛くはないな」


 身長もそこそこ高い方だし、顔も別に可愛い顔立ちではない。髪の毛も別段手入れをしているわけではない。

 男か? と言われたら少し小柄だし、女か? と聞かれたら少し女らしさに欠けている。そんな自分が鏡の中から自分を見つめていた。


 私の部屋は服が散らかっている。静かな部屋だ。いつもの生活は何もない。ただ時間が過ぎていくだけだった。気が付けば自分も27歳になる。

 恋人も作らず、仕事と家の往復で休みの日はダラダラゲームしているような毎日。

 虚しさや孤独、寂しさというのはあまり感じたことがなかったが、この2日のあまりの非現実と比較して私の生活は本当に何もない。

 このまま、老いて孤独に死んでいくことも心のどこかで受け入れていたはずなのに、夕闇に呑まれていく自分の部屋と、いつも通りの鳴らない携帯電話を見つめ、このままでいいのだろうかと。

 疑問がまるで湖面におとした一滴の水が波紋を作るように、静かに私の心を波立たせていった。


「…………夕飯食べるの面倒くさいな」


 横になった私は、気が付くと眠りにいざなわれていた。




 ***




 あれから3日。アミから時々長文のメッセージがくるくらいで、私もいつも通りの生活を取り戻していた。会社に行き、そつなく仕事をこなし、たまにアミに返事をする。

 人から好意を寄せられることがあまりない私にしては、例え女の子であってもこうして好意を抱いてくれていることに多少なりとも嬉しさを感じるべきだろうか。


 否、そんなことはない。


 携帯でゲームをしていると、アミから電話がかかってきたり、メッセージが来たりして全然集中できない。ドラゴンを育てているのか、アミを育てているのか解らなくなるレベルだ。

 これは人工知能で、メルマガのようなもので、これを返事することによって成長していくそういうゲームかもしれないと思う。


 優しい人間は好きじゃない。

 優しい人間というのは、優しくしているという自分に酔っているだけだと思うから。

 優しくしている自分に酔っている人間というのは、善意を押し付けてくるから嫌いだ。

 さも、自分が「いいことをしています」って顔で、迷惑極まりないことをしてくる。善意でやっているからタチが悪い。と、仕事も片付き帰路についているときにぼんやりと考える。


 私は家の近くに来て、夕飯はどうしようかと考えた。食事を摂ることが面倒くさい。

 自炊するのも面倒だし、かといってもう家の近くだしスーパーに行くのも面倒くさい。

 かといってコンビニも近くにないし。


「まぁ、食べなくてもいいか」


 エレベーターで自分の部屋の階について、エレベーターを降りて自分の部屋の方向を見た瞬間、女の子がいるのが解った。

 黒髪と金のツートーンの髪。

 瞬時に、アミだと解った。

 アミが私の方を向いて、気づいた。アイラインのメイクがおちて顔がぐちゃぐちゃになっている。


 ――泣いていたのか? 


「ユウ様……」


 走ってくるかと身構えたが、アミは私の部屋の前から動かない。


 ――またなにか事件に巻き込まれたのか……?


 私は恐る恐るアミのところ……ひいては自分の部屋の前まで来た。なんと声をかけていいか解らない。

 しかし、外は寒いので、とりあえず私の部屋にあげることにした。


「アミ……とりあえず、寒いから入りなよ」


 本当は家に入れたくなかったが、私も寒かった。今日は薄着で仕事に行ったから。


「はい……」


 アミはいつもの元気がなく、私の部屋に入っていった。

 顔が酷いことになっていたので、私はまたアミにハンカチを渡した。無言で受け取り、何も言わない。

 聞いてほしいと思っているんだろうけど、それを私の口から言わせようとしているのは明白だ。

 その手には乗らない。


「何か、暖かい物でも飲む? ココアならあるけど……」


 結構前に買ったやつだけど、賞味期限大丈夫だったかな。


「…………」


 アミは無言で頭を横に振る。


「そう…………」


 沈黙だ。

 静寂だ。

 ちんもくと書いて、しじまと読む。美しい言葉だ。などとどうでもいいことを考える。


 おやおや、こんばんは。今日も後悔されておられるご様子で。

 また後悔だ。

 うるさい、黙っていろ。


「私、お風呂入るから、適当にしていて」

「…………」


 そんなに黙りこくられると、どうしていいのか本当に解らない。

 どうしたのか聞くべきか迷う。でも聞いたら負けな気がするし、聞かれたくないかもしれないし、聞いてもらえる優しさにアミが甘えるのもどうかと思う。

 明日も仕事だし、泊っていかれるのは困る。正直どう扱っていいのか解らない。でも泣いていたところを見ると、多分何かあったのだろう。

 お風呂を入れて、私は湯舟に浸かった。


 ――いつも10分くらいしか湯船につかっていないけど、今日は長風呂しようか……


 しかし、のぼせたら困るし、問題を先延ばしにしても仕方ない。

 私はさっさと風呂を済ませてアミの前に座った。


「で、どうしたいの?」


 どうしたのかはどうでもいい。どうしたいのかを聞いた。


「ユウ様……今日、泊めていただけませんか…………?」

「………………帰れない事情があるの?」

「………………」


 アミはまた目を潤ませる。

 もう、泣くなよ。女ってのはこれだから。

 ……私も女だけど。


「今日だけだよ。私明日も仕事だから朝早く出ていくし、それまでね」


 私がタオルで髪の毛を拭きながら答えると、アミは言いづらそうに視線を泳がせる。


「ユウ様……しばらくおいてもらえませんでしょうか……」


 なんでそうなるんだよ。あんな立派な家があるのに。


「さすがに……。あの(般若みたいな顔した)メイドさんが心配しているんじゃない?」

「…………………………」


 私はまだ濡れている髪を爪を立ててガリガリと掻き毟った。


「あんまり聞きたくないんだけど、どうしたのさ。わざわざアミの家から結構離れているうちまで来るほどのことなんでしょ? メイクぐちゃぐちゃになるほど泣いているしさ」


 少し、強い口調で。でも責めている口調ではなく、それでも少しの咎を含めながら。

 すると、アミは言いづらそうに口ごもりながら、目を涙で濡らしながら、やっとのことで理由を言った。


「…………お姉様が帰ってきているから……」


 その訳の分からない理由に、私は唖然としていたが、アミは真剣な様子で必死に涙を手で拭っていた。

 その度にアイラインが落ちて手や目の周りが黒く染まっていく。



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