第6話 メンヘラちゃんのお家
【中性的な女 悠】
まいったな、携帯が見つからない。
私の頭の中は育てているドラゴンのことでいっぱいだ。もうすぐレアドラゴンになるという大一番の勝負所なのに、寸でで死なせてしまったらまた卵ガチャを引かなければならない。
無課金で手に入れたSSRドラゴンの卵が大人になる前に死んでしまう。
図鑑コンプリートを目指している私としてはどうしてもそれは避けたいことだった。
もたもたと探しているうちにインターフォンが鳴った。
「なんだこの忙しいときに…………」
荷物の配達か? いや、私はネット通販サイトの『マアソゾ』や『薬末』などで何も購入していない。到着予定の荷物はないのだ。
MHKの契約だったら居留守を使うが、ピンポンピンポン何度もインターフォンを連打されて、あまりにも鬱陶しかったので文句の1つでも言ってやろうと玄関へと向かって扉を乱暴に開けた。
「今取り込みちゅ……――――」
そこには、泥だらけになって、髪の毛もボサボサで乱れていて、服もおかしな具合にはだけているアミが私の携帯を持って立っていた。
――やっぱりこいつが持って行ったのか
いくら私のストーカー予備軍と言っても、携帯を持っていくのは明らかな本ストーカー行為だ。
「ユウ様ッ!!」
私がアミに叱責の言葉を口に出す前に、アミに抱き着かれた。
「な、なに」
「ユウ様の携帯、取り返してきました……」
――取り返してきた……?
「ユウ様怖かったです…………怖かったです……うぅっ……うわぁああっ……」
アミが急に泣き始めた。急にというか、元々泣きそうな表情はしていたが、ついに泣き始めたという感じだ。
「なにがあったのよ、アミ」
泣いているアミをどうしていいのか解らず、沸いた怒りも行き場をなくし、ひたすらに泣いているアミを私はおずおずと抱きとめた。
***
事件の状況を知った時は、乱暴をしようとした男を、私が暴行してやろうかと思う程に怒りに震えた。
こんな非力な少女に手をかけて、自分の欲望を満たそうとした男を私は蔑視した。
警察が来る前に何発か殴りたい。そう考えていた。しかし、それをしなかったのはアミが私を止めたからだ。
別に、アミの為に怒っているわけじゃない。
こんなろくでもない人間がいるってこと自体が私にとって腹立たしいことだからだ。
警察署で話を聞くという話だったが、アミが酷く怯えていた為に後日の取り調べにしてもらった。私の携帯を取り調べで調査する必要があるとのことだったが、携帯を取り上げられたら私自身が困るし、何より飼っているドラゴンが死んでしまうので、私も後日警察に行くことになった。
アミの身体を見ても怪我をしている様子はない。ただ、こんな状態のアミを放っておくわけにもいかず、
曲がりなりにも携帯を見つけてきてくれた恩があるし。曲がりなりにも携帯を落とした私にも責任がある。
アミを助けた青年は、ちゃっかりアミに連絡先を渡していた。
「アミ、お礼言った?」
「……ありがとうございました」
消えそうな声で、アミは青年にお礼を言った。私の後ろに隠れていて、とても感謝をしているようには見えない。
「…………行こうか、家どこ?」
ため息が思わず漏れた。
***
私は驚愕した。
目の瞳孔が大きく開いているのを感じ取ることはできないが、きっと瞳孔もめいっぱい開いていたのではないだろうか。口も半開きになった。人間、本当に驚くと、こういう状態になるのかと感心すらする。
アミの家に着いたのだが、まるで絵に描いたような大豪邸だった。
見間違い、というか 嘘か、何かの冗談か、にわかには信じがたい感覚に襲われた。
――一体どこのお嬢様なんだよ。この子は……。
「え、アミの家、ほんとにここなの?」
あまりの驚愕に声がうわずる。そんな私を他所にアミはまだ元気がないようで、無言で頷いていた。
アミの家は大きな庭に囲まれており、立派な外門に隔てられている。インターフォンがあるが、こんな大豪邸のインターフォンを押すのには抵抗があったので、本人が鍵を持っていれば問題ないだろうと考えた。
「アミ、鍵ある? 門の鍵」
アミは首を横に振った。どうやら持っていないらしい。
――え、なんでもってないの? 自分の家でしょ?
そんな疑問を持つが、そんなことを言っても仕方がない。
「……じゃあインターフォン押すよ」
ピンポーン………………。
数秒待つが、反応がない。
「いないのかな」
もう一度。
ピ……――――
「はい、雨柳です」
インターフォンを押し終わる前に中の人の応答があった。
「あの、アミちゃんを……送りに来た者ですが、外門を開けていただけませんでしょうか」
「亜美お嬢様ですか!? はい! 今お開け致します!!」
ずいぶん驚いていた様子だった。随分家に帰っていないのだろうか。アミは相変わらず私の背中にギュッとしがみつき、離れない。
外門が自動で開く。随分ハイテクだなと私は感心していたが、感心している間も長くは続かず、庭に何匹も犬がいるのが見えた。品種はドーベルマンだ。
――襲われるんじゃないだろうな…………
と、思ったが犬たちは襲ってくるそぶりはない。むしろ少し怯えているように頭を垂れて後ずさりしているようにも見えた。よく調教されているのだろう。
外門から歩くこと数十秒。立派なお屋敷の玄関にたどり着いた。手入れされている庭木に小鳥がとまり、さえずっている。
アミは鍵を持っている様子ではないし、ノックしてみよう。
と、手をかざした瞬間に
ガチャ! バンッ!!
と、ドアが勢いよく開いた。かざした私の手がドアで弾かれる。
痛い。
「っ………………てぇ……」
「亜美お嬢様!」
中世ヨーロッパを連想させる、きちんとしたメイド服を着た初老の女性が勢いよく出迎えてきた。
私が手を打って痛がっているのも気にせず、アミのことを心配そうに見ている。私のことはまるで見えていないかのようだった。
アミは私の服をギュッと掴んで、初老の女性から身を隠そうとする。
「お嬢様、ご心配いたしました! どちらに行かれていたのですか!?」
アミは私の後ろに隠れようとしているのに、そのメイドの人は私の事など全く見えていない。私のことは空気か何かかと思っているのだろうかこの人は。
いや、空気を空気だと知覚して生きている人はあまりいないだろうから、きっとこの人には私はその辺の鉄柱かなにかに見えているのかもしれないとすら思った。
「栗原……お姉様たちは……?」
「今はお出かけになられております。ご安心ください。…………!?」
初老の女性はアミの服の乱れや汚れを見るや否や、すごい形相になってやっと私の方を見た。
まるで般若のような顔をしている。
いや、違う。これは私のせいではない。と、言おうと思ったがそんなことを言っても信じてくれそうにない表情をしている。
「お嬢様に何があったのかご存知ですか?」
先ほどまでの口調とは打って変わって、ドスの効いた恐ろしい声色になっていた。
正直、ものすごく怖い。
「……この方は亜美の恩人なの……手厚く歓迎して……」
アミが栗原と呼ばれたそのメイドに言うと、相変わらず般若のような顔をしているが、私への敵意のようなものは消えて、落ち着いた声で話し始めた。
「かしこまりました。どうぞ、おあがりくださいませ。お嬢様はお着替えをお持ちいたしますので少々お待ちください」
私はアミの家に足を踏み入れるのを拒みたかったが、あの般若のような顔のメイドさんに「どうぞ」なんて言われたら断れるわけもなく、私はアミの家に入るしかなかった。
まるで、ダンジョンに踏み入れるがごとく、私は覚悟してこの家の敷居をまたぐのであった。
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