メンヘラちゃんがいくょ。
毒の徒華
第1章 メンヘラちゃん現る
第1話 メンヘラちゃんと遭遇
【中性的な女
――あぁ……なんでこんなことになってしまったんだろう
私に必死にしがみついている女の子がいる。
髪は長く、色を黒と金のツートーンカラーにし、つけまつげにアイライン。しっかりと化粧をした背の低い可愛い女の子。服はロリータというのか、ゴスロリというのか正確には分からないが、フリルの沢山ついた服を着ている。その子は半泣きになって私にしがみついていた。
私が会社の帰り道、駅構内を歩いていたところに、急に後ろからしがみつかれた。正直、突然のことで何が起きたのか分からない状態で、混乱している。
「コラァ! てめぇ何見てんだコラ! あぁん!?」
そして、その女の子に付随してついてきた、いかにも頭の悪そうなチャラチャラとした見た目の若い男が三人、私に向かってすごんでいる。正確には「私に」というよりは、私にしがみついているこの子に用事があることは分かった。
――どうしよう。警察を呼ぶ隙はあるだろうか
私は別段怖がる様子もなく、そんなことを考える。
「んぁ? お前女か? 男かぁ? どっちでもいいけどよ、そいつに用事あんだよね。どっか消えてくれませんかねぇええ!?」
男が私の顔を覗き込む。その男は臭いし、汚いし、極めて不愉快だった。具体的に言うと、口からタバコのヤニの匂いがするし、ねちゃー……と口内で糸をひいているし、何より歯が喫煙のせいで黄ばんでいる。それに、唾を飛ばしてきているので、私は顔にかからないように手を前に出してガードした。
「……そうしたいのは山々なんだけど……離れてくれないから」
私はこの如何にも面倒な状況から解放されたかったが、小柄な女の子は私の胴体にがっしりとくっついていて、到底離れそうにない。例えるなら、返しのついた
銛で突かれた魚の気持ちが解った。
「おい、てめぇ離れろ!」
男の一人が女の子の肩をつかみ乱暴に引きはがそうとする。が、私にしっかりと食い込み気味にくっついているので取れるはずがない。私も揺さぶられる衝撃で体がぐわんぐわんと前後に揺れる。
このままでは埒が明かないので、私は話を女の子から聞いてみることにした。
「君、なんかこのお兄さんたちにしたの? なんか(凄く)怒っているみたいだけど……」
私は女の子に話しかけた。
正直、こんなことをしていないで早く電車に乗って帰りたい。次の急行の電車が来るのはもうあと5分程度しかなかった。その次は20分後だ。私は仕事が終わって疲れているのだ。
「アミは何にもしてないもん! 急に絡まれたんだもん!」
外見通りの、かわいらしい声をした女の子だと思った。しかし、急に絡まれた割には、男たちは明らかに怒っているように見えた。
「ふざけんなてめぇ!! 俺のバイクにジュースこぼしやがっただろうがぁあああ!!!」
「違うもん、ジュースじゃないもん! カフェモカだもん!」
そういう問題じゃねぇだろ。と私は思ったが、そこを追及するとさらに話が面倒くさいことになると一瞬で理解した。
「そういうことを言ってんじゃねぇんだよぉおおおボケがぁあああああ‼」
男が声を張り上げてすごむ。よくいった。私もそう思っていたところだ。
曲がりなりにもここは駅のビルの中だ。こんなところで大声を出していれば嫌でも目立つし、人も集まってくる。
――まいったな…………
私は再度女の子を見た。アイラインが涙で流れ、頬に黒い線を作っていた。
――仕方ない。助けてやるか
その気まぐれが、今後の悲劇を生むことになるとは私はまだ知らなかった。
しかし、どうしたものか。
相手は今のところ暴力に訴えては来ていない。こちらから手を出すのはまずいし、警察のご厄介にはとにかくなりたくない。大きな声で誰かに警察を呼ぶように伝えるのはどうだろうか。いや、でも悪いことをしたのはこの子だし、このお兄さんたちが怒るのも無理はない。この子に真摯に謝罪をさせるのはどうだろう?
「めんどくせぇな、お前もこい!!」
男が私の腕を引っ張った。イラッとした私はその腕を振りほどいて、顔に思いっきりビンタした。
やってしまったすぐ後に、形容しがたい後悔が私に挨拶した。
「こんにちは。後悔です」いやいや、お前はお呼びではないから。
「てめぇええええ……てめぇもこいやオラァ!!」
さっきより強い力で、男は私の腕をつかもうとした。
事は一瞬だ。
私は女の子を振りほどき、男の手をはねのけた。そして油断した男の手を取り、そのまま手を外側に捻って男の動きを封じる。男は抵抗しようとするが、抵抗するたびに手を捻られていくので痛みでうめき声をあげていた。
「ま、まぁ……落ち着いて。私はこの件に口を出す気はないんだよ。警察沙汰もごめんだし。この子も反省している…………と、思うから、怒りの矛を収めてほしい」
反省しているのかどうかは解らなかったため、ちょっと言葉が濁る。
「ちょっと、そこ! 何しているの!」
振り返ると駅員だか警備員だか警察だか解らない人たちが何人かこちらに走ってきていた。男たちはそれをみて、「ヤッベ!」などと言いながら、なんとか私の手を振り切って逃げていった。まるで、脱兎のごとし逃げ足だ。
「何をもめていたの」
「あぁ、いや、何でもないですよ。お騒がせしました」
私は駆けつけた人たちを適当に流して、いつも通り帰路についた。
それ以上何か聞かれたら、帰るのがもっと遅くなってしまう。こんなことがあって一度は諦めたが、帰ってゲームがしたいのだ。
私は振りほどいた後の女の子の方を見なかった。
どうでも良かった。
本当にどうでも良かった。
「素敵……」
なので、女の子のそのつぶやきは私には聞こえなかった。
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