ええー!?監視されているだけで豪遊生活が手に入るのかい!?

ちびまるフォイ

小説を開けばデータ回収がスタートします

「うう、もうダメだ……。

 家も財産もなくなって公園で寝泊まり。

 いったいどうすれば……」


まだ初夏で寒い夜の公園。

ダンボール布団は風を防いではくれなかった。


「……お困りですか」


顔をあげるといかにも良いトコロのスーツを着ている男が立っていた。


「実は私、人間のデータを収集しているものでして。

 見たところあなたはお金に困っているご様子」


「な……なんだよ。臓器は売らないぞ!?」


「そんなもの結構ですよ。

 ただ、あなたは私どもにデータを提供すればいいのです」


「データ?」


「我々のような大企業は人間の消費行動を分析しています。

 そこで、あなたのこれからの行動すべてを監視・集計させてください」


「嫌だと言ったら?」


「構いませんよ。ただしお受けくださるのでしたらこちらをお渡しします」


男は両面真っ黒のカードを差し出した。


「弊社の特別なカードです。

 あなたが使うお金のすべては我々がお支払いします」


「そ、それじゃあ、監視を受けるかわりに

 好きなだけお金を使っていいってことか……!?」


「そうですね」


「こんな美味しい話、受けるに決まってる!!」


カードを受け取り、企業の専属監視人間となった。


契約後、自分の思考や感情をモニターするために

頭には極小のマイクロチップが埋められた。


「大丈夫だよね……? 脳内を操作したりしない?」


「あくまであなたの脳内情報を送信するだけなので、

 こちらからの送信は不可能です。一方通行です」


「でも監視されてるのってなんか怖いなぁ」


「企業なんてどこも監視してますよ。

 検索履歴、フォロワー傾向、視聴履歴などなど……。

 それらを黙って集計し、売買しているのと、

 我々のように直に交渉して集計いただくのとどちらが良心的でしょうか?」


「ダークウェブの都合なんて知りませんよ」


「そういう話ではないんですけどね……。

 ただ、くれぐれもこのカードの存在は話さないでくださいね」


「なんで?」


「データ集計したことが他の人にバレたら、

 本来の自然なデータ集計ができなくなります」


「……そういうもんですかね? わかりましたよ」


カードを受け取ってからはホームレス生活から一転し、

高級住宅街のタワーマンション最上階の勝ち組ライフを獲得した。


「すっげえ! これが勝ち組の景色かぁ!!」


窓から見渡せる町並みに惚れ惚れしてしまう。

この支払いもカードで行ったが、費用は企業持ちなので痛くもかゆくもない。


この家を買うために考えたことや気持ち、

ひいてはどこをどう内見し、どういうルートを使っているか。


それらのデータもすでに集計されているが、

慣れてしまった今となっては気にならない。


「こんな生活が手に入るなら、いくらでも個人情報渡しちゃうな!」


臓器を売るよりもメリットがある生活を、

個人情報を売ることで手に入ってしまった。


今の世界で価値があるのは臓器ではなく情報なのかもしれない。



それから数日が過ぎた。


こんなにいい生活をしている自分に他の人がほうっておくはずがない。


ホームレス時代には誰もが避けていたはずの自分に、

どんどん人が寄ってきて追いつかない。


叶うはずがないと思っていた結婚までできてしまった。


「私、あなたと結婚できて本当によかった」


「俺も君のような人と結婚できてうれしいよ」


きれいで若い妻を隣にはべらせた自分は近所でも憧れのマトだった。


「それじゃ、今日も仕事へ行ってくるよ」


「ええ。いってらっしゃい」


妻に見送られて家を出たが行き先は会社ではなかった。

というか会社なんかにつとめていない。


「さて、今日はどうやって時間をつぶそうかな……」


自分にはカードがあるので仕事をする必要はないが、

仕事もしていないのにカード決済ができたら怪しまれてしまう。


一応、仕事をしているふりをしては毎日時間をつぶしていた。


「はあ、何不自由無い生活かと思ったけど、

 これはこれで不自由なんだなぁ……」


まるで"家を出る"という仕事をしている気分だった。


いつものように足がつかない公園で時間をつぶしていると、

目の前にキラキラした女性がやってきた。


「あなたのようなイケメンお金もちな人が、こんなところで何をしてるんですか?」


「時間をつぶしているだけですよ」


「でしたら、私の話を聞いてください。

 あなたのように人が寄ってくる人にいい話があるんです」


「はあ?」


「私は広告会社のものでして、一部の選ばれた人に契約の相談をしています」


「……」


「秘密契約を結んだあと、仕事をしてくだされば報酬をお支払いします。いい話でしょう?」


女がパンフレットを手渡してきた。


「仕事って、ここに書いているやつですか?」


「ええ、そうです。弊社が手掛けているさまざまなものを

 ご購入するように誘導してくれればそれでいいんです」


「はあ」


「誘導して買ってもらえれば、あなたは商品と報酬をゲット。

 我々も商品が売れて嬉しい。WinWinの関係なんです」


「でもなぜ俺に?」


パンフレットには様々なブランドや、旅行先、はては物件情報まで載っていた。


「配信者のような危なっかしい存在ではなく、

 あなたのようにお金持ちで周りからの信頼値高い人が

 お友達にこの商品をすすめてもらえるだけでいいのです」


「……いりません」


「え?」


「結構です! ようはステマしろって話でしょう!?

 バカにしないでください! 俺は友達を売ったりしません!

 いつも本音をぶつけられる人が友達でしょう!?」


「す、すみませんでした……っ」


断られた女はそそくさと公園を去っていった。

公園が静かになると自分の言った言葉に自分で傷ついた。


「本音をぶつけられる……か」


はたして自分は本当に本音でぶつかっていたのだろうか。

友達どころか妻にまで、データ収集のことを黙っている。


自分のデータを収集すれば、おのずと周辺の情報も断片的に回収される。

妻や友達の情報も自分経由で回収されてしまっているのだろう。


それを黙っているのはどうなのか。



「……よし、決めた」


決意を固めると、妻にはSNSで連絡を取った。


家に戻るとテレビの音量を上げてスマホ上だけで会話をする。

自分の声や聞いた情報は脳にたどり着く前にデータ回収されるための措置。


『で、話ってなに?』


『実は君に黙っていたことがある。

 これを知って、俺を嫌いになれば別れてほしい』


『え……』


思わぬ切り出しに妻は固まった。


『今まで黙っていたけれど、俺は仕事なんて行ってない』


『え! それじゃでも今まで普通に暮らしていたじゃない!』


『あれは俺が企業と契約して自分の行動データすべてを提供して、

 その見返りにお金を肩代わりしていたに過ぎないんだ』


『そんな……』


『俺はなんにも能力のない人間なんだ。

 企業に買われているネズミにすぎない。


 俺の行動データが収集されれば、

 多少なりとも君のデータも回収されている。

 いままで黙っていたこと……本当にすまない』


『……』


『これからも俺はデータを回収され続けるだろう。

 だから、このまま一緒にいることが嫌ならーー』


まだ文字を打っている最中だった。

妻がスマホを投げて自分を抱きしめた。


「嫌いになるわけないじゃない……!

 私があなたを選んだのが、お金だけだと思ってたの!?」


「こんな俺でいいのか……」

「あなたじゃなきゃダメなのよ……!」


自分は何を誤解していたのだろうか。


カードを手に入れ、カードで生活が変わったかもしれない。

でも自分の本質はなんら変わっちゃいない。


その自分の本質を好きになってくれた相手が、

自分の真実を明かしても嫌うわけ無いじゃないか。


「ありがとう……すごく嬉しいよ……!」


「私も。話してくれてありがとう」


「これからも一緒にいましょう」


「もちろん!」


「ねえ、それじゃあなたが話してくれたお祝いに

 どこか旅行へいきましょうよ」


「それはいい! すべてを話して夫婦になれた記念旅行だ。

 どこへ行こうか。世界一周旅行もいいなあ」


すると妻は自分の提案のすべてを打ち切り、迷いなく一点だけに絞った。



「私、この場所のこの地域がいい!

 ここの旅行先以外は認めないわ!」



妻が指さした旅行先は、

公園でもらったパンフレットの旅行先と

どういうわけか完全に一致していた。

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