第20話 魅惑の新居とクニオの転落

「うわここ、やばっ!!」


「凄いな……」


 数日後、全ての引っ越し準備を終えた俺たちは新しく買った俺の車で新居を訪れていた。


 広大な庭には2台のトラックが止まり、俺とユウナ、そしてマサトさんの引っ越し荷物を降ろしている。


「ふふ、気に入ってくれたかな?」


 引っ越し業者に指示を出していたマサトさんが俺たちの方へやってくる。


「兄貴、ホントに凄いよ~。

 いったいどれだけ部屋があるの?」


「10LDKかな」


「じゅーえるでぃけー!?」


 驚きの余り眼鏡がずれるユウナ。

 俺たち3人が住むには十分すぎるほどの広さだ。


「地下には配信スタジオもあるし、探索者対応のトレーニングルームも整備した」


「うおおおぉ!?」


 マサトさんがリモコンのスイッチを入れると庭の一部がスライドし、地下へのスロープが現れる。


 ガラス張りの配信スタジオには最新の撮影機材に何機ものドローンカメラがおかれている。

 キッチンやゲームシアター、マサトさんのオフィスも併設されており、ダンジョン探索以外の大抵の配信はここで行えそうだ。


「ララフィット社の耐魔法コーティング済みのトレーニングルームですか」


 円形プールを挟んだ反対側にあるのは広々としたトレーニングルーム。

 各種トレーニング機器が置かれているのも勿論だが、魔法や剣技スキルにも耐えられる壁で覆われた一角が目を引く。


「探索者の増加で、ダンジョンポータルの施設を予約できない事も増えたからね。

 せっかくだから、というヤツさ」


「いやいや、自宅に探索者訓練施設を持ってる人なんて、ほとんどいないでしょぉ!」


「ふ、それこそお隣さんくらいだな」


「やべぇ」


 この屋敷の隣に住んでいるのは、日本でも有数の上位探索者だ。

 つまり、ある意味セキュリティは万全という訳だ。


「”ゆゆ”のファンだって言ってたぞ?

 あとで引っ越しの挨拶に行こう」


「まままま、マジなの兄貴!」


 広い庭からは、輝く瀬戸内海が一望できる。

 この街区に入るには警備詰所が設置されたセキュリティゲートを通る必要がある。

 考えうる限り最強のセキュリティを備えた自宅と言えた。


「タクミ君は2階の奥の部屋を使ってくれ。

 それと……」


「申し訳ないが、当面ユウナを学園に送り迎えしてくれないか?

 警察の捜査が進んでいるとはいってもね」


「了解です」


 ユウナを襲った男がただの暴漢とは思えない。

 悪霊の鷹(エビルズ・イーグル)の件もあるし、背後に何らかの勢力がいる可能性もある。


「ほほほ、ほんと!?

 毎日タクミおにいちゃんとデートできるって事!?」


「……ちゃんとトレーニングと勉強もするんだぞ?」


「分かってますよ~♪」


 ご機嫌なユウナだが、魔法を”消去”できるスキルを持つ俺が、ユウナのボディガードに最適だとマサトさんは判断してくれたようだ。


 ちなみに、SUVのトランクには不審者制圧機能を大幅に強化しただんきちDXが積んである。


「……ところで兄貴」


「どうした?」


「このおうち、おいくら?」


 そう、いくら”ゆゆ”が稼いでいるとはいっても、この一等地にこの豪邸……しかも最新の機材が山ほど設置されているのだ。

 総額いくらになるか、想像もつかない。


「…………ユウナが擦り切れるまで配信すれば、利子くらいは払えるんじゃないか?」


「逃げられないスパルタ宣言!?」


 マサトさんの言葉は半分くらいは冗談だろうが、今まで以上に頑張る必要がありそうだ。


「さて、自室でも整理しますか」


「あっあっ! あたしも手伝う!!

 タクミおにいちゃんがどんなエ○本でヌいてるかみた~い!!」


「マジでやめて?」


 俺はVR動画派なのだ。

 ……それはともかく、俺たちの新生活がここから始まる。



 ***  ***


 その頃、とある警察署。


「そ、そんな!

 オレは何もやってない!!」


「匿名通話の記録は既に上がってるんだが?」


「うっ……」


 数日前の深夜に起きた女子高校生への暴行未遂事件。

 直接の実行犯は逮捕されたものの、男が持っていた匿名通話アプリの履歴からクニオが指示役として浮上。


 任意同行を求められたクニオは、警察署で取り調べを受けていた。


「それに、これはさるスジからの情報だが……。

 ヴァナランド素材の不正輸入に、加工した素材の過少申告……なかなか稼いでたみたいだな?」


「警部、コイツ税金もちょろまかしてますね。

 ほかにも残業代の未払いに不当解雇、従業員へのパワハラなど。

 いやはや、数え役満だ」


「そ、それは!」


 本日早朝に行われた家宅捜索。

 大量の押収物の中に不正取引の証拠も含まれていた。


「ま、明和興業のダンジョン事業許可取り消しは当然として。

 当面クサいメシを食ってもらう事になりそうだな」


「なあっ!?」


 絶望のあまり、顔面蒼白になるクニオ。

 オレはただ、アイツからの指示でやっただけだ。

 そう抗弁しようとするが、罪状のほとんどに”発注元”は関係ないことにクニオは気付かない。


 ピリリリ


 その時、警部の携帯電話がけたたましい呼び出し音を立てる。


「ん? 署長か?

 いったいなんだ?」


 いぶかしげな表情を浮かべ、電話に出る警部。


「はい……え!? 何故ですか!?」


 次の瞬間、顔色を変える警部。


「??」


 何が起こっているのか、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしているクニオの目の前で警部は大きく舌打ちし……。


「出ろ、保釈だ」


「……は?」


 何が何だかわからないまま、クニオは警察署を追い出された。



「これから、どうする?」


 警察署を出たクニオは当てもなく歩く。

 自分に対する逮捕容疑が消滅しても会社に対する行政処分は別である。

 ある程度の貯蓄はあるものの、無職になってしまった。


 キキッ


 その時、クニオの隣にタクシーが止まり、扉を開く。


 ピリリリ


 次の瞬間、クニオの携帯電話にメッセージが届いた。


『そのタクシーに乗れ』

『さもないと保釈は取り消しだ。分かっているな』


「ぐっ……!」


 メッセージの差出人は【デルゴ・ミウス】

 クニオが取引していたヴァナランド企業のCEOだ。


「くそっ」


 全てを失ったクニオには、その命令を断る術はないのだった。

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