第4話 社畜と休日出勤
「うぅ、飲み過ぎた……」
翌日、夜も明けきらぬうちから俺は弊社の倉庫にいた。
ダンジョンを掃除を終え、ゲットした魔石をトランクルームに預けた俺は、ゆゆのアーカイブ配信を堪能した。
相変わらずゆゆは最高の可愛さで、ついさっきまで同じフロアにいた事実にテンションが上がった俺は深酒してしまう。
そんなわけで二日酔いのまま休日出勤する事になった。
程なくヴァナランドから送られたお急ぎ便を積んだトラックが到着し、大量の素材が倉庫に降ろされる。
「トラックの運ちゃん、なんで俺を見てニヤニヤしてたんだろ?」
変な寝ぐせでもついてたんだろうか?
俺は首をかしげながら素材の仕分けを開始した。
「純度99.5%のミスリル銀!? 凄いな……!」
不活性エーテルが充填されたコンテナの中にはミスリル銀のインゴットが。
魔力を帯びた魔法金属で、服の繊維に織り込むことで絶大な防御力を発揮する。
ゆゆが着ている制服にも使われているそうだ。
「いろんな物質と反応するからな、取り扱いは慎重に……」
俺はミスリル銀に反応しないチタン製のカッターでインゴットを切り分けると、専用の保管庫に収めていく。
「次はドラゴンの皮か……ってこれ、エルダードラゴンのじゃね!?」
ヴァナランドの奥地に生息するドラゴン種。
その皮は優れた柔軟性とバッドステータスを防ぐ追加効果を併せ持ち、ゆゆが履くローファーにも使われている。
その中でもエルダードラゴンの皮は最高級だ。
ここにあるだけでも億に届く価値があるかもしれない。
エルダードラゴンは希少種なのでヴァナランドと日本政府の間で厳密な輸入管理がされているはずだが……。
「クニオさん、安く仕入れたと言ってたけど大丈夫なのか?」
昔から脱法ギリギリの商売をしていると噂される人である。
「おっと、急がないと」
こちらの世界の空気に長く晒していると急激に劣化してしまう。
俺は真空状態にしたふとん収納袋にエルダードラゴンの皮を詰めていった。
*** ***
「はぁ、ようやく終わった……」
全ての作業を終え、倉庫の外に出ると夕日が街を染めていた。
倉庫街から望む瀬戸内海が眩しい。
「結局1日かかってしまった」
思ったより届いた素材の量が多く、下ごしらえに手間取ったのだ。
「今日はこのまま帰って寝るか……ん?」
明日こそ休みだし、趣味のダンジョン掃除は明日ゆっくり……そう考えていた俺は、違和感を感じて立ち止まる。
ひそひそ
え、あの人じゃない?
うそ、まさか?
ダンジョン関係者ならこの辺に住んでるよね。
通りを歩く人たちが、俺を見ながら何か話している。
「え、なんだ?」
変な格好をしてるだろうか?
思わず自分の服装を確認する。
ジーンズに黒のジャケット……地味だけどおかしくはないはずだ。
その時、人ごみの中から壮年の男性が歩み寄ってくる。
「昨日の動画見ました! いやあ、僕も迷惑配信者には心を痛めていたから、すっきりしたよ!」
いきなり握手を求められた。
「は、はぁ」
動画?
迷惑配信者?
何のことだろうか。
それがきっかけになったのか、たちまちたくさんの人に囲まれる。
「あの、サイン貰えますか?」
「さ、サイン!?」
大人しそうなOL風の女性にサインを求められ。
「おにーさん、一緒に写真撮ってもらっていい?
海沢カレンのポイッターで見たけど、リアルの方がカッコいいじゃん!」
「え、ええ!?」
女子高生の集団に囲まれ、自撮りをせがまれる。
海沢カレンってゴシップ系のインフルエンサーだよな?
なんで俺がそんなところに?
「ゆゆとはどんな関係なんですか?」
「スタッフさん? わたしもゆゆと仕事したいな~」
「失礼、私ダンジョン攻略集団に所属する田中と言うものですが、ぜひあなたをスカウトしたいと……」
「ちょ、ちょっと待って!」
ゆゆのスタッフ?
ダンジョン探索者のスカウト?
訳が分からない。
「モンスターを弔うシーン、私感動しました!!」
「え?」
別の女性のセリフで、ようやく理解した。
おそらく、昨日のお掃除シーンがゆゆの配信に映り込んでいたのだろう。
それが切り抜かれバズった……ポイッターではたびたび目にする出来事だけど、まさか自分がそうなるとは。
「い、急いでますんでまた」
だっ
「「「あっ!?」」」
チヤホヤされるのは悪い気分じゃないけれど、本来俺は”陰”寄りの世界を生きてきた人間である。
恥ずかしさが限界突破した俺は、ダッシュで路地に逃げ込む。
「はぁ……しばらく外を歩けないな」
SNSでバズるとはこういう事なのか。
変装でもしようかな。
アイドル配信者をしてるゆゆは普段どうしているんだろう。
少しだけゆゆの立場を理解した俺。
キキッ
「……ん?」
その時、一台の車が俺の横に止まる。
国内メーカーの高級セダンで、窓はスモークガラスで覆われており、中の様子をうかがうことはできない。
(まさか、特定自由業さん!?)
昨日の動画が回りまわって彼らのシノギを邪魔してしまったのか?
パニック寸前の俺が立ち尽くしていると、後部座席のドアが開き、白い手が俺の手首をつかむ。
ぐいっ!
「う、うわあっ!?」
その手の力は強く、俺はなすすべもなく黒塗りの高級車の中に引き込まれてしまう。
「ちょ、すいません! 心当たりがないんですけど!!」
このまま神戸港に沈められるのは嫌だ!
必死に抵抗を試みる俺だが……。
「わわ、大丈夫だって!」
陽気な少女の声が聞こえた。
「……え?」
明るい金髪に青いカラコン。
何より彼女のトレードマークであるギャルJKファッション。
「やっほ!
タクミっち」
「ウソだろ……?」
俺に向かってにっこりと笑ったのは、JKアイドル配信者ゆゆ本人だった。
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