第2話 社畜とアイドル配信者

「まったく、散らかしてくれちゃって」


 あの迷惑配信者が狩ったのだろう。

 ダンジョンの床にはそこかしこにモンスターの死骸が落ちている。


 定期的にヴァナランドからダンジョンに誘い込まれるモンスター。

 高価な”素材”になるモンスターもいるのだが、大半は素材価値が低いため、このように放置される。


「…………」


 ヴァナランドの【魔窟】から発生し、両方の世界の住人から忌み嫌われるモンスターではあるが、一応は1つの命である。


 次は無害な動物に生まれ変わるよう祈りを捧げた後、俺は”掃除”を開始する。


「”クリーナー・アインス”!」


 ぱあああっ


 愛用のマジックロッド(魔法は使えないけど)の先に、乳白色の光が点灯する。


「よっと」


 カツ……カツン


 光をモンスターの死骸に当てると、死骸はこぶし大のオーブに変わる。


 ”魔石”と呼ばれる素材で、モンスターの持つマナが変換されたものらしい。


「……まあ、ヴァナランドから大量に輸入されるから殆ど商品価値はないんだけどな」


 俺は死骸を魔石に変え、ザックに詰めていく。

 魔石はトランクルームに保管しているのだが、そろそろ一杯になるかもしれない。


「はぁ、やっぱりダンジョン攻略がしたいなぁ」


 ため息をつきながらステータスを展開する。


 ======

 ■基本情報

 紀嶺 巧(きれい たくみ)

 種族:人間 25歳

 LV:0

 HP:35/35

 MP:0/0

 EX:0

 ……


 ■スキルツリー

 ☆クリーナー・アインス 倒したモンスターを魔石に変換する。

 ↓

 ★クリーナー・ツヴァイ

 ↓

 ★クリーナー・ドライ

 ↓

 ★クリーナー・フィーア

 ↓

 ★クリーナー・フンフ

 ↓

 ★クリーナー・ゼクス

 ↓

 ★クリーナー・ズィーベン

 ======


「…………」


 俺の固有スキルは”レア”に区分されるスキルなのだが、スキルツリーが【それだけ】というのも前代未聞である。


 モンスターを倒せるスキルが無いので経験値を稼ぐことが出来ず、LVは0のまま……つまりダンジョン探索出来ないという悪循環である。


「普通は1つくらい戦闘系スキルがあるものなんだけどな。

 ていうかなんでスキル名の一部がドイツ語なんだよ……厨二か?」


 まあ文句を言っても仕方がない。

 探索は出来ずとも、ダンジョンの空気を感じられるダンジョンお掃除が俺は好きだった。


 ほどなくして、迷惑配信者たちが焼肉をしていた回復ポイントが見えてくる。


「うげ、マジでべたべたじゃねーか」


 辺りに連中の姿はない。もう帰ってしまったのだろう。

 俺はポーチから洗剤とタオルを取り出し、回復ポイントを磨くのだった。



 ***  ***


「う~いっ♪ みんな三日ぶりぃ!」


「元気してた☆?」


 ドローンカメラの前でダブルピースをしているのは人気JKアイドル配信者”ゆゆ”こと緩樹 悠奈(ゆるき ゆうな)だ。


 ”まってました!”

 ”今日も可愛いよゆゆ!”

 ”Bランクダンジョン攻略、気を付けてね!”


 たちまち大量のコメントが書き込まれる。


「もち!」


「ご安全に、でいくし。

 フォロピらには素敵なプレゼント用意してるから、最後まで楽しんでってね♪」


 ぱちん、と可愛くウィンク。

 明るく染めた金髪に編み込んだアクセサリと、頬に貼った星のタトゥーシールがきらりと光る。


 ”うおおおお、頑張れゆゆ!!”


 沢山のコメント、沢山の投げ銭。


(よ、よし! 掴みはオッケーだよね!)


 こっそりと深呼吸をし、こぶしを握る。

 同時に大量のフォロワー(彼女いわくフォロピ)を検索し、気になるあの名前を探す。


(あぅ、今日は来てくれてないかぁ……)


 ちゃんねる開設当初から応援してくれているフォロピ。

 たまに投げ銭をくれるだけだが、コメントの端々から漂う気づかいと優しさ。

 それが自分を助けてくれた憧れの人に似ていて……ずっと彼女は気になっているのだ。


『おいユウナ、はやく攻略を開始するんだ』


(わわっ!?)


 ゆゆのプロデューサーを務める兄からチャットが入る。


「じゃあ、いっくよ~!!」


 内心の落胆を押し殺し、ゆゆはダンジョン攻略を開始した。



 ***  ***


「せいっ!!」


 超高分子強化ガラスで出来た刀身がゴブリンを両断する。


 グオ―ガッ!


 そこに背後からオークが襲い掛かる。


「甘いよっ♪」


 ゆゆは剣を床に突き刺すと、それを軸にして両脚蹴りを放つ。


 ぶんっ


 すらりとした脚が伸び、魔法で強化されたローファーの靴底がオークの鼻面にめり込む。


 ドガッ!


「ファイアLV2!!」


 ゴオオオッ!


 間髪入れずに放たれた爆炎魔法がチリ一つ残さずオークを焼き尽くした。


「そんな攻撃じゃ、ゆゆを捕まえるのはむりよん!」


 ショートソードを構え、ポーズを取るゆゆ。


 右手首には可愛いピンクのシュシュ。

 背中には回復アイテムの入ったスクールバックを背負い、胸元を少し開けた水色のシャツにベージュのカーディガンを腰に巻く。

 丈の短い青チェックスカートに足元はルーズソックスと黒ローファー。


 ゆゆのトレードマークである平成ギャルJKスタイルだ。


 ”ひゅう、さすがゆゆ!”

 ”かわよ”

 ”みえ……みえ”


「にひ、スパッツだし!

 ほれほれぇ?」


 少し下品なコメントもニカッと笑って受け流す。


「目標スコアまでもう少しだから、みんな応援よろしくぅ!」


 ゆゆの戦闘技術は他の配信者に比べて特に優れているわけではない。

 だが、カメラワークの巧みさと彼女自身の愛嬌が視聴者の目を引き付けるのだ。


 モンスターを無駄に苦しませないよう、一撃必殺のスキルを多用することも彼女の好感度の高さに一役買っていた。


「これで……おしまいっ♪」


 その後も順調にダンジョン攻略を勧めたゆゆは、30分ほどで目標スコアを達成したのだった。



 ***  ***


「応援ありがと~!

 これでウチもLV20になったんで、もっといろんな配信をするかもだぞ?」


 攻略を終えたゆゆは、フォロワー限定のアフタートークを配信していた。


 ”うおお、今日も最高だったぞゆゆ!”


「それにぃ……あした重大発表があるかも!!」


 ”え、なにそれ!?”

 ”まさか映画デビューとか?”


「まだ秘密♪

 ゲリるかもしんないから、フォロピはみんな通知オンね」


 ”もちろんだよ!”

 ”期待してるよゆゆ!”


「それじゃ、今日はここまで!

 フォロピもダンピ(ダンジョン)も付き合ってくれてありがと~!」


 視聴者とダンジョンに一礼するゆゆ。

 こう言う礼儀正しさもゆゆの魅力だ。


(よ、よし……おしまい!)


『兄貴、終わったよ。早く帰りたいなぁ』


 ふぅ、と息を吐いたユウナは兄にチャットを入れる。


『…………』


(あ、あれ?)


 返事が返ってこない。

 企業案件の打ち合わせが入るかもと言っていたので少し席を外しているのかもしれない。


(か、帰って大丈夫だよね?)


 フォロワーが殆ど退室したことを確認したユウナはダンジョンアプリを操作し出口まで転移する。


 ”ん、まだ続いてる?”

 ”あそこに映ってるの、さっきの迷惑配信者が汚した回復ポイントだよね?”

 ”あれ、綺麗になってね?”


 だが彼女は知らなかった。

 兄の打ち合わせが思ったより長引き、5分ほど配信が続いていたことを。



 ***  ***


「ふふふ~ん♪」


 回復ポイントを掃除し終えた俺は、ダンジョン内の巡回を続けていた。

 スマホで確認したが、ゆゆの配信は終わってしまったらしい。


 あわよくば配信現場を見れるかも……期待していたのだがそうは問屋が卸してくれないようだ。


「ま、厄介オタになるのはごめんだしな」


 YESアイドル、NOタッチである。


「おっ」


 視界に数体のモンスターの死骸が目に入る。

 鮮やかな剣筋で両断されており、ゆゆが倒したものかもしれない。


 次の探索者の邪魔にならないよう、通路の端に寄せられているのが彼女の性格を表わしている。


「みんなこうだと良いんだけどな」


 俺は死骸を一カ所に集め、”クリーナー・アインス”を発動させる。


「ゆゆに付き合ってくれてありがとう」

「次は無害な動物に生まれ変われよ?」


 いつものように祈りを捧げ、モンスターを魔石に昇華させる。


 ……その様子がドローンカメラでゆゆの公式ちゃんねるに配信されていたことなど、その時の俺は知る由もなかった。

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