1-3-α

SIDE:エコラック


私はエコラック・バーザス


ファスペル辺境伯領、商人ギルドのギルドマスターを務めている。

若いころは国王様に謁見を許されたことがあるほどに活動していた。

まぁ今となっては一人のギルドマスターでありそろそろ高齢ともいえる年齢に差し掛かるしがない男性だが。


いつも通りギルドの問題の片づけや採算のチェックを行っていると、若い担当官が慌ててノックしながら入り込んできた。

話を聞くと、商人ギルドに登録したいと言って登録した少年がその場で買い取りを希望したようだ。

それ自体は別に珍しいことでない。


売れると思って意気揚々と買い取りを希望してきて現実を知らされるパターンはよくある話だ。

しかし今回は簡単な話ではなかった。

胡椒とサラサラの塩。この辺境伯領では珍しい品を納品したいと言ってきたそうだ。

私は思わず驚いてしまった。


それはそうだろう。

このデミウルゴス公国は基本的に陸に覆われている。

海に面している場所が無いわけではないが、それでもこの辺境伯領からは王都を挟んだ正反対の位置にあるのだ。

塩は基本的に海からしか取れない。

そして海から離れれば離れるほどに輸送コストはかかりそれだけ高くなる。


まして品質のいい塩の状態を維持するのは大変だ。

少しでも水気が強くなると変に固まってしまったりするなどの弊害がある。

なのにその少年はサラサラの塩を持ってきたのだという。

しかも見たところ1kgもだ。


貴族のお抱え商人だというならわかるが、どうにも一般市民にか見えない少年だそうだ。

私の頭は余計に混乱した。

とにかく会ってみないことには何も始まらない。


私は担当官と共にカウンターに行き少年と対面する。

確かに少年は一般市民にしか見えない。

しかし少年が持ってきたとされる塩と胡椒は明らかに一般市民が気軽に手を出せる代物ではなかった。

とはいえ見た目だけなら何とかごまかすことができるかもしれない。

私は微量の味見がしたいとお願いをしたかった。


しかし、物が物だ。公衆の面前で話せる内容でもないだろう。

そう思った私は別室で話したいとお願いをした。

少年は同意してくれたようだ。


個室に入ってすぐに私は簡単な自己紹介をした。

改めて少年を見るが、本当に一般市民にしか見えない。

なのにこの少年が持ってきたのはそんな気軽な物では無い。

下手をすればこの少年は一生誰かの小間使いとされてしまうだろう。

この少年には商才があると私は判断していた。

そんな少年が使いつぶされるのは世の中にとっても損失だ。

そう思った私は入手経路を聞くというカマをかけてみることにした。


少年は「情報は命だから」と断った。

私は安心したから年柄もなく大笑いしてしまった。

なるほどこの少年には確かに商才がある。

今の段階では私の心配は杞憂のようだ。


しかしこちらも元商人だ。

この塩と胡椒が本物であるかどうかを確かめる必要がある。

残念ながら匂いだけで判別できるものではない。

ならば実際に味見してみるしかないだろう。

そのことを伝えると、すんなりと頷いてくれた。


味見してみてすぐにわかった。

どちらもキメが細かく雑味がない。塩の方に関してはそれに加えてサラサラしていてすぐに溶けるのが分かる。

間違いなく高級品だ。


量からして適正価格はそれぞれ銀貨10枚といったところか。

その提案をしてみると、またしてもすんなりと頷いてくれる。


普通の商人ならば引き上げ交渉をするものだ。

再度心配になってそのことを尋ねてみたが、やはり杞憂だったようだ。

少年は一時の儲けよりも、今後の儲けを優先し、信用を勝ち取ることを選んだのだ。

今の自分が信用のない状態であることを把握し、信用を勝ち取ろうとする。

それも立派な戦略だ。


これも杞憂に終わりそうだが一応警告する。

そのままの状態でいるなと。状況が変わったらやることも変えろと。

だがやはり杞憂だったようだ。

単なる物の情報だけを重視しているわけではないようだ。

この少年は人の情報にも目を向けている。

良い心掛けだ。


この少年を手助けすればこの領も潤うかもしれない。

そう考えた私は何かあれば相談するように伝え取引を終えた。


ついでに気になったことがあった。

この塩と胡椒を定期的に入手することができるのかだ。

一つには貴重な品であること。

もう一つは少年とのつながり維持し続ける取引がしたかったからだ。

少年は増量しないのであれば週に1度くらいなら可能だといった。


話はそれで終わると思った。

しかし少年は庶民が手にする塩にも入手手段があるようだった。

最終的に、それについても努力してみるという話だった。


正直に言えば助かる。

何故なら開戦の噂話が流れ始めて物価が高騰し始めていたからだ。

高騰した物価を落ち着かせるには、その品を安く大量に流通させる必要がある。

少年がそれだけの経路を持っているのであれば領内の物価を落ち着かせ、経済を活性化させることもできるかもしれない。




そして気が早いとも思いはしたが私は領都に早馬を出すことにした。

そうファスペル辺境伯にこの情報を伝える必要がる。

万一の時に少年との繋がりは維持しておくべきだと考えたのだ。


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