1-2-α
SIDE:ロッサリー
不思議な少年であった。
不穏な空気が漂い始めたアーガスト王国を急いで出発し、デミウルゴス公国へ帰還しようとしてしばらくしたころ、分かれ道の分岐となっている場所で茫然とした状態でただ立っている少年に出会った。
名前は『レンジ・ニシカド』というのだそうだ。
最初はニシカド・レンジと名乗ったが、それは彼の故郷の風習で家名を先に名乗るのだそうだ。
私は商人としてあらゆる情報を仕入れる。
何が商売につながるのか分からないからだ。
したがってその国の歴史などにも一応気を張っているつもりだ。
いろんな文献などを見てきた私だが、家名を先に名乗る国など聞いたことがなかった。
そして彼の身なりだ。
見たところ冒険者に見えない。
一般庶民と変わらないような体つきだ。
それらの情報から考えたのが迷い人の可能性だ。
迷い人とは女神さまが時折転移させる人間のことだ。
この世界の人間を転移させることもあれば、別の世界の人間を転移させることもある。
できることならば彼が故郷に戻れるように手を尽くしてあげたいと思った。
そう思ったのは私が商人の駆け出しだったころ、同業者にはめられてどうしようもない状態に陥ってしまったのだ。
だがその時に師事していた先輩商人が私を絶望のどん底から救い上げてくれたのだ。
もちろん私はその先輩商人に恩返しがしたいことを伝えた。
しかしその人は自分も過去に全く関係のない人に助けられたことがあり、今の私と同じこと言ったら、
「お前の前に困っている人がいて、お前が助けられるなら助けてあげなさい」
と言われたのだそうだ。
だから私にもそうしているのだと。
私はその言葉を胸に深く刻んだ。
いつか私の前に困っている人が現れて、私の力で助けられるものならば助けようと思った。
そんな過去があり私は偶然出会い、まるで何かに絶望しているように見えた彼を救いたいと思ったのだ。
彼が故郷に戻れる可能性を高めるには、やはり彼の情報が必要になる。
だが残念なことには彼は記憶の一部を失ってしまっているようだ。
となると彼が身に着けている物に情報があるだろうと踏んだ私は所持品を見せてもらった。
彼は、自分が持っているのは銀貨20枚だけだと言って見せてきた。
しかし私は商人の勘からか、彼がそれ以外にも何かの情報になりうるものを持っているのを感じ取っていた。
しかし私は詮索しようとは考えなかった。
私が出会ったときに彼は絶望しているように見えた。
おそらくその何かを見せることで危険な状態になることを危惧したのだろう。
幸いにも銀貨20枚だけでも情報にはなった。
なぜなら銀貨はこの世界の貨幣だったからだ。
過去の文献の中に女神さまが転移させた迷い人にはいくらかのお金を持たせるパターンがあるというものがあった。
それに加えて彼の着ている服はこの世界のどんなに高い技術を詰め込んだとしても作れないほどに繊細な作られ方をしていた。
彼がこの世界の人間ではなく、別の世界の人間から女神様が転移させたパターンであることは、これで予想できた。
それを伝えると少し呆けたような表情を見せながらも、彼は納得している様子であった。
彼の納得が得られたのは良いが、ここは道のど真ん中だ。
ある程度道として整備はされているが、常時安全が保障されているわけではない。
私は彼に、一緒にデミウルゴス公国に行かないか打診し、一緒に行くことにした。
道中この世界の常識的なことについて彼には教えた。
なかなかに、彼は理解が早いのか状況に適応しやすいのか、話の中身に関してはすんなりと受け入れてくれた。
そうして途中、宿に泊まりながらデミウルゴス公国に到着した。
とりあえずは彼を送り届けたわけだが、せっかくの縁だ。
ここで完全にさようならというのも味気がない。
私は彼に商業ギルドの場所と、自分が本拠地としている場所の住所を書いた紙を手渡し宿に泊まった。
彼はその後商業ギルドに行くのだそうだ。
翌朝、私は王都へと旅立った。
しかし私は、またいつか彼とは会える気がしていて、わずかに微笑んでしまった。
-----楽しみだな、と-----
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます