要石① sideホーエスト

「急げ! 緊急招集だ!」

「城内の守りも固めろ! 必要な物資が足りているかも確認させろ!」


 慌ただしく通り過ぎていく騎士たちは、基本的に近衛兵たちばかりだけれど。この時ばかりは、時折甲冑を着込んだ者も通り過ぎていく。

 ただ僕が向かうのは、彼らとはまったくの別方向。

 供もつけずに流れに逆らうように歩く僕の姿を横目で確認して、素早く通り過ぎるだけの彼らは普段からあまりこちらに関心を示さないから、別に問題じゃない。


(……そんなことはないか。普通は護衛の一人でも連れていないといけない状況なわけだし)


 つまり彼らにも僕は見下されている。もっと悪い言い方をすれば、王族として見放されているということだろう。

 それも仕方がないことだとは思う。彼らにとって王家とは、自分よりも強く美しくとうといもの。

 それなのに僕の見た目は、その期待を根こそぎ奪うようなものだから。


 ただ、あからさまに嫌な顔をして忌避きひしてこないだけ、まだマシというものだけどね。


(正確には、そういう者たちはすでに全員近衛兵から外されてるだけなんだけど)


 僕がまだ小さい頃は、あからさまな態度を取る近衛兵もいたものだけど。いつの間にか、彼らの姿は見なくなってた。

 おそらく父上や母上が対処させたんだろう。

 そういうところは愛されてると思うけど、真実を知らない彼らには多少同情もする。知っていればそうはならなかっただろうに、と。

 とはいえ、どんな理由があろうとも守るべき王族に対してその態度では困る。そういう意味では、適性がなかったと諦めてもらうしかないのかも。


(ま、今となってはどうでもいいことだけどね)


 むしろ誰にも邪魔されずこうして目的地にまで向かえることは、正直ありがたいとすら思うし。

 玉座や執務室がある上の階から下へ下へと向かう僕は、ある意味異端にすら映るんだろう。何も知らない彼らからすれば、不思議には思えども今僕に構っている暇はないだろうから。

 実際騎士たちはまだいいとしても、侍女や侍従たちが僕を見て驚きに固まった姿を確認したのは、一度や二度だけではないし。


(そうだよね、不思議だよね)


 どうしてこんな時に、醜い第三王子がこんなところにいるんだ、ってね。

 けど驚くだけで部屋に戻るように言ってこないその臆病さが、今は本当に助かるよ。


(それとも単に、声をかけたくないだけ、かな?)


 理由はどうあれ一切声をかけられないのをいいことに、僕は一切歩みを止めることなく進み続ける。


 今から僕が向かう場所は、供を連れていくことができない場所。

 というか僕につけられている者たちは慣れているから、こういう時も無理やりついてこようとはしない。

 勝手を知っててくれる存在っていうのは、本当にありがたいと思うよ。


 赤い絨毯を敷かれた豪華絢爛な場所から、人通りのほとんどない場所を抜けて。

 王家の人間にしか入ることの許されない庭園に足を踏み入れ、その奥にある白い建物の扉に両手を置いて押し開いた。


 カツン、と。一歩踏み出した瞬間鳴る足音は、いつ聞いてもよく響くなと思わず苦笑する。

 一日に最低三回は訪れている場所だけど、毎回他とは違う空気が漂っているんだということを実感しながら、地下へと歩みを進めて。

 階段を降り切った先にあるのは、行き止まり。のように見せかけた、この国の最重要箇所へと続く場所。

 仮に賊が入り込んだとしても、誰にも開けることが叶わない扉。

 薄暗い中でもよく見れば、行き止まりになっている白い石一面に様々なレリーフが彫られているのが分かる。


「さて。次にこの扉をくぐって外に出られるのは、いつになるのかな」


 それを見上げながら一人呟いた言葉は、しっかりと壁を反響して響いていたけど。誰もいないここでは、それを僕以外の人間が聞くこともなく消えていく。

 もはや慣れ親しみすぎた見事なレリーフの彫られた真白の石扉せきひに両手をかざせば、まばゆい光と共にまるで幻のようにその姿が揺らぎ。

 やがて向こう側が見えるほどに透けて、その存在感を極限まで減らしてしまった。





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