緊急事態

 花舞う建国祭に、全員参加の夜会。

 それが終われば、暑い季節がやってきます。


 我が家は宮中伯ですので、その名の通り王都でのお仕事が主なのですが、基本的に他の貴族の皆様は領地へと一度お戻りになる季節。

 とはいえ夏は避暑の意味合いも込められているものの、そこまで長く領地へと籠られる方は少ないそうです。むしろ寒い冬こそ、領地にあるカントリーハウスに長期滞在されるのだとか。


 ですが我がフラッザ家には基本的に関係のないお話ですから、あまり詳しくは存じ上げないのですけれど。

 ただ今年は、数多くの馬車が王都の外へと向かうはずの時期になっても、すぐに許可が下りることはありませんでした。



 なぜならば……。



「キャリー! キャリルはいるか!?」

わたくしはここにおりますわ」

「キャリー!」


 お仕事に向かわれたはずのお父様が、いつもより早い時間に帰宅してお母様のことを大声で呼ぶなど、どう考えても緊急事態としか思えません。事実、わたくしだけでなくお兄様もスムークゥも、何事かと玄関ホールへ顔を出してしまったのですから。


「陛下より緊急命令が出て、しばらく外出は控えるようにとのことだ。もし避暑の予定があれば、すぐにキャンセルしておいて欲しい」

「まぁ! 一体どうなさったのですか?」


 我が家もこの時期、領地にお戻りになる皆様が落ち着いた頃に数日避暑に出かけているのですが。どうやらお父様の口ぶりからして、そんな場合ではないということのようです。

 その理由が我が家が出動すべき事態なのかどうかで、危険度もかなり変わってくるところなのですが……。

 一体、何があったのでしょうね。


「まだ正確な情報はこれからだが、どうやら魔物の大群が我が国の領地へと向かっているという知らせが届いたらしい。今騎士団と魔術師団が連携を取って調査中だが……」

「あなたにまで伝えられたということは、まず間違いなく正しい情報でしょうね」

「そういうことだ」


 魔物の襲来。それは滅多に起こることではないけれど、それでも何十年かに一度はどこの国でも必ず起きる、いわば災害のようなもの。

 フゥバ王国は幸いなことに、王家の皆様をはじめ魔力の強い方が多いので、そこまで被害が拡大することは歴史上なかったようですけれど。

 それでも気を抜いていい状況でないことは確かです。


(何より、普段使い物にならないと思われている宮中伯家に対しても、即刻出された緊急命令。これは……おそらくかなりの規模なのは間違いありませんね)


 両親の会話からそれを読み取ったのは、なにも私だけではありません。お兄様とスムークゥも、お互いに視線を交わして小さく頷き合っていましたから。

 そして同時に、我が家には今回出動命令が出ていないことを考えると、自然発生したものだと今のところは考えられているということなのでしょう。

 人為的に起こされたものではなさそうで、一安心ではありますが。


「他の皆様は?」

「今回は領地の外で発生した以上、騎士団や魔術師団を現場に向かわせるのが最優先になっていて、基本的にどの家も王都から出る許可はまだ下りていない状況のようだ」

「そうですか……」


 我が家とは違い特殊体質ではない下位貴族は、王都にいたほうが何かと安全でしょうけれど。それでも領民にとっては、心細いことでしょう。

 上位貴族の領民にとっては、むしろ今こそ戻ってきて欲しい場面でしょうが……王命である以上、こればかりはどうしようもありません。


「心配せずとも、すでに王家の皆様が動かれている。二重結界の文様が浮かび上がるのも、時間の問題だ」

「そう、ですね。私たちは、安心して普段通りの生活を送るべきですわね」


 二重結界。

 その言葉を聞いた瞬間、私は無意識に祈るように両手を合わせておりました。


(王家の皆様は、建国の祖である英雄ベスキュードゥルゼ様の子孫ですもの)


 だからきっと、大丈夫。

 そう思いながらも、私の脳裏に浮かぶのはただお一人。


(ホーエスト様……)


 あのお方も、王家の一員ですから。きっと今頃、要石かなめいしに魔力を注いでいらっしゃることでしょう。

 けれど、どうか……。


(どうかご無理だけは、なさらないでください……)


 第三王子殿下というお立場から、最も早くそして誰よりも長く要石の側にいることになるのは、容易に想像がつきますもの。

 だからこそ、この魔物の襲来が落ち着いた後に倒れられてしまわれませんようにと、私は祈るのです。

 傷んだバターブロンドの髪のカーテンの向こうで、透き通るようなブルーグレーの瞳を柔らかく緩めながら、はにかんだように笑うそのお表情かおをそっと思い出しながら。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る