第9話 何だかんだ俺が絆されるのは間違っている
「いや、アイドル売りしてる事務所のライバーが男と軽々しくコラボしたらダメでしょ」
俺は迷惑にも公共の場所で騒ぎ立てる
すると、黒羽は俺のことをマジマジと見てポンッ、と手を売った。
「そういえばあなた男だったわね!」
「そこから!? アホにも程があるでしょうよ!」
「だって、Vtuberとしてしか見てなかったから……。性別とか比較的どうでもいいな、って」
「直情的すぎますよ……。よく今までそれでやってこられましたね……」
俺は呆れてため息を吐いた。
ライブエアー。
彼女の所属している事務所は、アイドル売りを全面に押し出している企業だ。
アイドル売りというのは……まあ、所謂ガチ恋勢を作り出してスパチャやメンシプ、グッズ等の収益を大幅に上げる一種の売り出し方なのだが、莫大な人気を誇る反面、男女関係に厳しい。
これは普通のアイドルと変わらんけど、男関係でリークされたもんなら、もう大炎上。
推しに処女性を求める『ユニコーン』という一派が、「きぇぇぇぇ!!」と狂乱すること間違いない。
別にそれを否定するつもりは俺にはない。
それも立派な戦略の一つだし、推しに恋してるオタクくんはひじょーに輝いて見えるわけだし、人生に希望を見出すということは素晴らしい。
……まあ、だから男関係で何かあった時にやべぇことが起きるんだけど。
ちなみに男関係とは、男とコラボすることも含まれる。
例えば何らかのイベントとか、企画で外部からゲームの講師を呼ぶ……等なら許される傾向にある。
しかし、同じVtuberで男女コラボをすることは、大抵荒れる。それはもう炎上の極みになる。
「大丈夫よ。私はネタ枠だから。ガチ恋勢もいないし、男性Vtuberとコラボしたところできっと何も言われないわ!」
「ネタ枠とか自分で言いますか。全く信用できないんですけど、今まで男性Vtuberとコラボしたことはあるんですか?」
「無いわ!!!」
「よく堂々と言い切れたなこの愉快犯」
元々ゼロに近い信用度がマイナスだよ。
それ絶対自分でガチ恋勢いない、って思い込んでるだけだろ。ネタ枠とか面白枠に限ってニッチ層のユニコーンが現れるんだぞ。
「愉快犯とは失礼ね。まあ、世間を騒ぎ立てるという意味では間違ってはいないけれど。……そう! 私とあなたがコラボすれば、きっと世間は沸く! 人気Vtuberへの道が拓けるのよ!! 一人では限界があるわ! かの有名なアトウェル・レイヴェルだって、コラボを重ねて話題を呼んだ! 何でも何でも一人だなんて、視野が広がらないに決まっているのよ。だから! だから私と! このVtuber界をひっくり返しましょう……ッ!!!」
「────ミッ」
その熱い演説には心惹かれるものがあった。
さすがは天才大人気Vtuber。人の心を掴むのが上手い。
自覚はある。理解もしている。
確かに一人で全てをこなすことは不可能に近いし、そこまでの才能がある、なんてお世辞にも言えない。
黒羽がそこで俺の推しの名前を出すことも、無自覚が自覚あってのことか分からないがグッと来た。
……悔しいな。
俺に見えないものが彼女には見えている。
ポンコツでアホ、という印象しかなかったが、こういうところが大人気たる所以で、資格なんだろう。
俺は黒羽さんの表情を見る。
彼女は、俺の瞳をジッと見つめていた。緊張と興奮、そして期待を携えた瞳が、俺にはたまらなく眩しく見えた。
……はぁ、だめだ絆された。
この人マジで良い人だわ。無理。浄化される。
でも。
──だからこそ、その申し出を受けるわけにはいかない。
ただでは。
これもアトウェルさんと同じ理由かな。
「……分かりました」
「え!! 本当に──」
「ただし!! ──俺は今月中にチャンネル登録者数を40万人まで増やします。もしもその目標を叶えることができたのならば、改めて俺の方からコラボさせてください、と頼みます。それで……どうですか?」
本当は偉そうに条件を付け加えられる立場にいない。
コラボ打診をかけたのは黒羽さんでも、Vtuberとしての覚悟や地位も圧倒的に俺が格下。
だからこそ、俺は本気で頑張る覚悟を彼女に見せる必要があると思ったのだ。
俺は彼女の顔を伺う。
俺が話し始めたタイミングで、黒羽さんは下を見て俯いてしまった。やはり何かダメだったか……?
「す……」
「す……?」
「す、す、す……」
す、という文字を連呼する黒羽さんを不思議がっていると、バッと顔を上げた彼女が、テーブルをバンッ! と叩いて言った。
「すっっっっっばらしいわ!!!!!!!!!!!」
「うぇ!?」
「そうよね……確かに完璧で究極で大天才な私とコラボするにあたって、あなたと私は色々な意味で釣り合いが取れていないわ。それは確かよ。けれど、私はコラボしながらそれを埋めれば良いと考えていた。でも……それは傲慢で、私の都合による自分勝手な思い込み。あなたのプライドを無視した行為だったわ」
「黒羽さん……」
シュンと肩を落とした黒羽さんは、その表情を一転させて、興奮した瞳で続ける。
「あなたも立派なVtuberね!! 好きよ、その心意気!! あなたを見込んだ私はやはり天才ね!! 勝った。勝ったわ!!!!! 退学してからお風呂入ってくるわ!!!!!! あはは!!!!!」
「こっわ」
テンション上がりすぎて狂気を超えた狂喜で怖い。
というか俺を上げて自分も上げる最強の思考サイクル持ってんな。絶対見習えないし、ここまで言ったら色んな歯車狂うから見習いたくはないな!
俺は若干戦慄しつつ釘を刺す。
「ただ、黒羽さんも事務所の許可と、方方の根回しは頼みますよ。でないと確実に炎上しますから」
「うーん、大丈夫だと思うけれどね。まあ、そこは任せてちょうだい。華麗な私の手腕で、見事に許可を掴み取ってみせるわ!!!」
「そ、そうですか」
「そうと決まったら早いわ。はい、これ私の連絡先。色々決まったら連絡してちょうだい。私は早速マネージャーに打診してみるわ!! それじゃあね!!!!」
それだけ言い残すと、慌ててカバンを引っ掴んで個室を出ていった。
「嵐のような人だな……」
ただやる気は出た。
ここまで色んな人に発破をかけられちゃあ、本気の本気を出すしかない。
「楽しみだ」
俺は熱意に満ちた心で、喫茶店を出ようとする。
「……あ、あの、お会計。飲み物の料金と部屋料いただきますけど……」
おい、おい。おいこら。
「黒羽ァァァァァァ!!!!!!!」
せめて何か言えよ!!!
☆☆☆
「マネージャー!! 私、田中・エリオット・毒沼とコラボしたいわ!! 私の運命の相棒となる人よ!! …………え、ダメ? どうして!? 炎上する……? 問題ないわ! 私にガチ恋勢はいないもの! ……え、いるって? う、嘘よ? え、ちょっと待って、何とかできない……!? いいえ、何とかするのよぉぉぉ!!!!」
田中の熱意が満ちる中、その裏側で新たな物語が幕を開ける。
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