第1話 邂逅
大魔法都市・アルテニア。
風魔法によって空を走る魔道具———
魔道具文明によりこの世界で最も発展している都市となり、多くの人が行きかうこの街で、一人の男が地面を這いまわっていた。
「にゃ~……! にゃ~……!」
真上に日が昇っている
男は道の隅で地面に体をこすりつけるようにして這いまわっている。多くの通行人は男を見て眉を
男は奇妙だった。
上下真っ黒の服装。上は動物の毛皮を加工したレザーの上着に下はぴっちりとした綿でできたズボン。魔道具技術が発達し、大量生産も可能になったこのアルテニアでは安値で買える庶民の服だ。
その服を身にまとっているのは男なのに女のような長髪を持ち、男なのに女にも見える顔立ちの整っている青年。
「にゃーご……にゃーご……!」
それに、アルト歌手のような低く腹に響くボイスで猫なで声を発しながらゴキブリの様に地面に這いまわっている。
パーツの一つ一つは良い。庶民の最新鋭の男らしいファッションに女性のような美しい顔立ち、それに女の人が聴いたら胸をときめかせるような低い音色の声。
だが、彼の行動が全てを台無しにして彼を不審者たらしめていた。
なぜ……往来の場で猫の真似をして這いまわっているんだ?
そのたった一つの行動で、全てのプラス要素は打ち消され、マイナス要素が彼の全身を塗りつぶし、ただ一人の不審者として人々の目に映り続けた。
早く、どこかに行ってくれないかな……。
そんな気持ちを往来の人の胸に抱かせながら、男は猫の鳴きまねを続け、
「にゃ~……! 見つけた……」
ギラッと、男の目が鋭く光り手を暗闇へと突っ込ませた。
大通りに面した建物と建物との間の、子供でも入らないような狭~い隙間。日の光も入り込まないようなそんな狭い隙間に腕を突っ込ませた男は何かを掴みガッと一気に引き寄せた。
「いてててて! コラ、引っ搔くんじゃない! みーちゃん!」
騒ぎ出す。
男は格闘をしていた、その手に持っているものを必死に押さえつけようと……だが、やがて、
「あ、コラ!」
男の手をすり抜けて、茶色い影が地面を走りゆく。
猫だ。
一匹の茶色の毛に縞模様が描かれた猫が男の手から逃れるように逃げていく。
男は追う。
「ちょ、待てってみーちゃん! 君のご主人様が待ってんだから!」
人ごみを縫うように走る猫。それを男は追うが人が邪魔で追いつくことができない。
このままでは見失う。
そう思ったその時———、
ヒョイ。
黒い長手袋に包まれた細い手が、猫の身体を背中を掴み上げた。
「……こら、逃げたら、ダメでしょ」
漆黒のドレスに身を包んだ綺麗な顔立ちをした少女がそこにいた。無気力そうに男が追っていた猫を捕まえ、小さな声で叱る。
「あ……」
そのドレスを着た少女と対面した瞬間、男は息を飲んだ。
何故なら少女がこの空間に置いて特別な存在だったからだ。
それを証明するように周りの通行人たちがざわざわと騒ぎ始める。
「魔法少女だ……」「初めて見た……」「どこかに所属してるのかな?」「いや、学生だろ?」「あれで一国を傾かせるだけの魔力を持ってるんだからな……」「凄い、カッコイイ」……声が男の耳に入って来る。
「この子、あなたの家の子なの?」
少女のドレスはただのドレスではない。
漆黒のぴっちりとしたボディラインが浮き出るトップスに比べ、大きく広がるスカートは何重にも層が重なっている動きづらそうなヒラヒラしたもの。そして黒い太ももまで到達しているロングブーツの上を———彼女の外見で一番異様なものが絡みついている。
鎖が両足それぞれにまとわりつくように絡みついている……そしてその先端は何処にと思えば、彼女の背後の中空を浮遊している。矢じりのような
どう見ても———魔法が使われた衣服だ。
「あ、どうも……」
そうは思った男だったが「下手に騒ぐと少女に失礼かな~」と思った男は「何にも珍しいものはないですよ?」と言った風な平然を装って猫を受け取る。
「俺は、その猫を連れて来るように飼い主から頼まれたもので……その、主人じゃないんですけど……ご協力、感謝します!」
自分よりも一回り幼そうな少女に敬礼をする男。片手をおざなりにしたせいで、猫が男の手から逃げ出しそうになり、慌ててその体を掴む。
そんなあわただしい様子に少女は眉一つ動かすことなく、
「そう———じゃあ飼い主さんに言っておいて、その子。ここらへんでよく見るから気をつけておいて。昨日の夜は野良犬に襲われていて危なそうだったから……」
「あ、どうも……言っておき、」
男の言葉の途中だった。
少女が消えた。
いや、正確に言うと男の視界から消えた。その場にいる通行人の視界から消えた。
少女は跳んでいた。
その場から全く予備動作なしで天高く飛びあがっていた。
何十メートルも遥か上空に飛びあがった少女の姿を遅れて男や周りの通行人が見上げて、目の焦点を合わせる。
———
少女の足から
その場にいた通行人たちはみな、そのような感想を抱いた。
ただ———一人、違う感想を持つ男がいる。
「……最近はあんな堕天使みたいなファッションが流行ってんだな」
呑気に猫を抱えて言葉を漏らすのは、先ほどから大騒ぎしていた上下真っ黒のカジュアルな格好をした男。
彼がぽつりと漏らした感想に、感情のずれを感じた通行人たちは、みな何となくだが男に視線を向けた。
「……ん? あ、どうもお騒がせしてすいません。まいど『ロード探偵事務所』といいますぅ~」
遅れて自分に注目が集まっていることに気が付いた男が、男は通行人に向かって愛想笑いを浮かべる。そして、腕の中で逃げようともがく茶色毛の猫の身体をさらにがっちりと掴む。
「
男の言葉をそこまで聞くと、通行人たちは急に男に興味を失くし歩み始める。
なぁんだ。どこにでもいる仕事にあぶれたクズか……。
猫探しをしている探偵。そして口にする宣伝文句が「何でもやります」……何でもやるということは逆に言うと何にもできないということだ。普通の仕事を持つ社会人であれば、「何でもする」のではなく、「できることをします」と言えば、勝手に仕事はやって来る。その「できること」というのは大抵、「その〝人〟にしかできなくて、他の人にはできないこと」だからだ。「何でもする」と見聞すると言うことは特筆するべきことがないということ。そう言わねば、仕事を与えてもらえないと言うこと。
つまり、他人より能力の劣る社会不適合者。
こうやって誰もやろうとしないような仕事をしないと生きていけない。
先ほどの———〝魔法少女〟とは違う。
そういう男なのだと、その光景を見ていた通行人は思った。
「お~、よちよち……もうすぐご主人様のところに連れて行ってあげまちゅからねぇ~みーちゃん」
誰も思うまい。
このルキ・ロングロードという男。
猫に顔を引っ掻かれているこの男が、十年前は世界を恐怖で支配していた魔神を倒した英雄の一人であろうとは———。
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