Color~人生の色~
桔梗 浬
Gray:雨
さっきからスコールのような雨が、窓を激しく叩いている。
ベランダに落ちた雨は勢いよく跳ね上がり、街全体を白くもやっとさせていた。こんな日に限って思い浮かぶ景色が俺にはある。それはいつからか俺の脳裏に焼き付いて、激しい雨の音と共に蘇る。
それは…、宙に舞う赤い傘。
赤い傘が宙を舞う。俺はそれを下から眺めてる。
空はどんよりとして雨が激しく降り注いでいるのに、その赤い傘だけは、花のように周りの景色に色を添える。
俺はそれをぼーっと眺めているんだ。眺めているだけで何もできない。傘はゆっくりと弧を描き、やがて地面に落ちる。
そこでまた映像は巻き戻される。いつもそうだ。
「
俺は声をかけられハッとする。急に現実に戻されたような感覚。俺はゆっくりと声の主に目を向けた。
「あ、イヤ。ごめん」
「そぉ、大丈夫? もう少し寝てていいのよ。」
「うん」
「じゃあ仕事行ってくるわね。夜、お店に行くから」
「うん、わかった。京香さん、無理しないでね。俺大丈夫だから」
ふふっと笑い、彼女は真っ赤なリップを塗りながら鏡越しに俺を見て微笑んだ。
女は、タフなのか? と思わずにはいられない。
俺たちは先ほどまで激しくお互いを求め合っていたはず。
「じゃあね。良い子でいてね。
「いってらっしゃい。気を付けて。店で待ってるよ」
「服ぐらい、ちゃんと着るのよ」
そんな彼女の声を聞き、そして彼女のキスを俺は笑顔で受け止める。暖かい唇。化粧の香りが俺を包む。
パタン。ドアが閉まり静寂が、訪れた。
俺は置いてきぼりをくらった犬のように、生活感のない部屋で主人を待つ。それが俺の選んだ仕事で俺の人生だ。
そう俺は、いわゆるホストクラブのキャストで、京香さんに飼われてる。この部屋も、彼女が旦那に内緒で会社名義で購入しているマンションの1つに、住まわせてもらっているのだ。
眠らない街東京。
いったい誰が言ったんだっけ? まさにその中で俺は生かされている。夜の街は偽りの華を咲かせ、その華は豪華で奇麗であり続け、仮面をかぶった者たちがひと時の幸せを求め絡みあうのだ。
これからの時間は、ホワイトカラー、ブルーカラーの面々が働き始める時間。
はたして、俺たちは何色なんだろう? ブラックカラーとでも言うんだろうか?
俺はこの眠らない街で、京香さんに拾われた。
金が欲しかったわけでも女が欲しかったわけでもない。ただ、何もすることもなく、全てが虚しく、友達なんているわけもなく孤独の中で、作り笑いを重ね疲れきっていた。そんな頃だった。
あの日も雨が降っていて俺は傘もなく、自販機の横で座り込んでいた。一緒にいた女に殴られ、罵られ、どうして上手く生きられないのか考えていたんだと思う。
「ねぇ君。生きてるかな?」
俺は女に殴られた頬をコーヒーの缶で冷やしていた。その姿勢のまま声の主を下から見上げた。
「はは~ん。だいぶやられたみたいね。女の子にあんなこと言うものじゃないわ」
「それ、あんたに関係ある?」
俺は面倒くさそうにそう言った。誰とも関わり合いたくないと本気で思っていたから。
そんな俺を見て彼女は笑った。奇麗な大人の笑顔だった。
「そうね。関係はこれから作ればいいのよ」
彼女は俺を立たせ、「うん、いいね!」と一人で何かを納得したかのようにこう続けた。
「ちょっと付き合って。どうせ暇でしょ?」
俺は彼女に逆ナンされた。
この出会いで彼女は俺を、俺の知らない世界へ導くのだった。
彼女は赤い傘をさしていた。俺に傘を持たせ、ついてこいと言う。なるべく自分を濡らさないようにと無理難題を言うから、俺の身体は半分以上がずぶ濡れだ。
俺は彼女の少し後ろを歩きながら、彼女の全身を観察していた。
ぱっと見た感じ30前半の大人の女性。髪は長く奇麗に整えられている。夜の仕事をしている様には見えない。けばさというか服装、持ち物がそこまで派手ではなかったからだ。そう、俺は彼女をちょっと羽振りの良い普通のOLか何かだと思った。
そもそも、それこそが間違いの元だったんだが…。
得体のしれない彼女に、何故興味を持ったのか分からない。ただ、全てのことに疲れていたんだ。過度に期待されることも、それに応えるために努力することもみな。
だから時間つぶしになるなら、何でもよかったのかもしれない。イヤ違うな。感情がないと子どものころから気持ち悪がられていた俺に、手を差し伸べてきた彼女に救いを求めていたからかもしれない。何かを期待していたんだろうな。
この退屈な人生を変えることが出きる何かを、俺は彼女に求めたんだ。
彼女の名前が、京香だと分かったのはこの後だった。
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