佐蛇牙島 異説八百比丘尼伝

しき

第1話

 暇な学生の身分である俺はバイトで貯めたお金でN県にある島。佐蛇牙島さだがしまに男一人で旅行に来ていた。

 佐蛇牙島さだがしまは今では観光で有名な島だが大昔は罪人が島流しで連れて行かれる場所であった。連れて行かれた人物の中には邪教と呼ばれる冒涜的ぼうとくてきな教えを説いた者もいたとか。代表的なモノとしては鎌倉時代に『威亞イア威亞イア九頭竜クトゥルフ』という神との交信のための呪言を広めた道煉みちれんは小学校の社会科の教科書に載るぐらい有名だ。

 ともかくオカルト好きでホラー作家を目指している俺にとって見れば訪れてみたい場所トップ10に入るぐらい憧れの聖地であった。

 特に俺の興味をひいたのが八百比丘尼やおびくに伝説だ。八百比丘尼やおびくにとは人魚の肉を食べて不老不死になり、名前の由来の通り八百年生きたとされる女性の話だ。この八百比丘尼やおびくには長い間、各地を巡ったとも言われるだけあってここだけでなく、様々な場所で色々な逸話いつわがある。良く言えばメジャーなお話し。悪くいうならありきたりというやつだ。

 この佐蛇牙島さだがしま八百比丘尼やおびくに伝説は一味違う。

 八百比丘尼やおびくにはこの佐蛇牙島さだがしまで人魚と人間の間で生まれたという。そう人間の肉を食べて不老不死になったのではなく、人魚の血を生まれ持っているので不老不死なのだ。

 それに加えて他の八百比丘尼やおびくに伝説とは違いこの島で多くの子供を残したという伝承がある。大方の伝説では八百比丘尼やおびくには子供に恵まれなかったというのが基本だ。結婚して何人かの夫を見送ったのちに出家したとはあるが子供がいるという話しはあまり見られない。

 まぁ、変なオカルト雑誌やネットの話などで『実在した八百比丘尼やおびくにの子孫!!』みたいのはあるが昔からの記述でしっかりと残っている話しではめずらしい。八百比丘尼やおびくにの子供は普通の人間と比べて長寿であり、長きに渡りこの島の人々を指導し漁業の発展、金山での金の発掘を成功させこの島を本土にも負けないぐらい豊かにしたのだとか…

 しかし、八百比丘尼やおびくにの話はそれでも伝説止まりで有名な観光スポットも八百比丘尼やおびくにの生家ぐらいしかなく、基本的は先に話した道煉みちれんに関係する観光名所を巡るのが中心となった。

 結果的にこれらの観光は楽しく、有意義な時間ではあったが俺のオカルト脳を満足させるような物はあまり無かった。言ってしまえば普通の観光名所を巡っただけ、期待しているようなおぞましい体験などできるはずが無い。その様なモノを期待しているのなら心霊スポットでも巡ってろという話だが…。生憎あいにくだが俺にはその様な度胸は無い。

 まぁ、それに全く収穫がなかったというわけでもない。やはり実際の歴史ある建物を見れたのは今後の小説にいかせそうではあるし、知っている様な逸話でも現地を実際に見ることで理解度が高まったような気がする。

 何より歴史博物館で見た黄金の装飾品の数々は俺の目を奪った。芸術に疎い俺でも素晴らしい物だと感じた。幾何学きかがく模様、独特な造形はこの世の物とは思えなかった。特に印象に残っているのが人型の体にたこの様な顔、蝙蝠こうもりの様な翼をもった異形の像だった。何でも道煉みちれんが崇めていた神の姿を模した物らしくおぞましさを感じた。今も頭からその像の姿が離れない。

 多くは無いバイト代では一泊二日がいいところだ。明日には帰らなければならない。実際この一日で予定していた所はほとんど見れたし、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。日も落ち暗くなってきた。

 俺は旅館に帰る前に道煉みちれんが例の呪言を熱心に唱えていたという岩礁がんしょうを訪れた。この場所は歴史博物館などとは違い閉館時間などを気にする必要がないので後回しにしていた場所であった。

 夜、人気ひとけが無くなった時間に見る海にそびえ立つ黒い2つの岩礁は異様なまでに不気味に見えた。

 この並んだ2つの岩礁がんしょうを普通の人は『夫婦』のようと表現するのだろうが、ひねくれている俺には『門』のように見えた。そう地獄とこの世に繋げている門。今にもそこからこの世の者ではないおぞましい怪物が這い出てくるのではないかと…


「ちょっと、そこの貴方」


「はい!!」


 突如として後ろから声をかけられ振り向く。変な妄想をしていたため驚き、オーバーリアクションをしてしまった。怪しい人にでも見えてしまっただろうか?そもそも俺にかけた言葉だったのだろうか?

 そう思いながら振り向いた方を見て俺はさらに驚いた。そこにはまるで絵に描いたような美しい比丘尼びくにがいた。しかも若い年齢は20代ぐらいに見える。


「……」


 あまりにも想像していなかった光景とその女性の美しさに俺は言葉を失った。


「あぁ、驚かせてすみません。昔の知り合いに雰囲気が似ていたもので思わず声をかけてしまいました。しかし、まぁ、お顔もそっくり」


 新手のナンパだろか?いやいや、比丘尼びくにがナンパなんて。しかし、不思議な奇縁あったものだ。


「そうなんですか。俺はたまたま観光でこの島に来たのですが、その人はこの島の人ですか?」


 顔が似ているとなると親戚が思い当たるが、佐蛇牙島さだがしまに親戚がいるとは聞いた事はない。他人の空似の可能性が高いが、俺はこの奇縁に少しだけ好奇心を抱いていた。


「彼の出身はこの島ではありませんが、長い間この島には滞在しておりました。特にこの場所がお気に入りで熱心に足を運んでおりました」


「信仰深い人だったのですね」


 話しぶりから察するに亡くなられた人なのだろうか藪蛇やぶへびだったかもしれない。


「えぇ、彼の故郷は漁村でしたからね。そこでの交流で厚い信仰心に目覚めたのでしょうね」


 なんだか話しの方向が胡散臭うさんくさくなってきやがった。宗教の勧誘かなんかだろうか?直ぐにでもこの場を去った方がよさようだ。


「すみません。俺、そろそろホテルに戻らなくちゃいけないんで失礼します」


「そうですか、残念ではありますが仕方ないですね。まぁ、縁があればまたお会いできるかもしれませんね」


 そう言い祈るような仕草をした比丘尼びくにの手に魚のうろこのようなモノがついているように見えたが俺は気にしないようにした。

 本当に不思議な比丘尼びくにだった。小説のネタになったかもしれないがあれ以上は危険だ。道煉みちれんの熱心な信者だろうか?そういえば島流しにされた道煉みちれんしたっていた女性がいると聞いた事があったな。とはいえそれこそ800年前近くの話だ。

 この出来事できごとがよほど印象に残ったのか、俺はその日の夢の中で比丘尼びくにと再開した。あの2つの岩礁がんしょうの下を潜り深い海底で。そこには見たことのない作りの宮殿があった。その造形は何処となく歴史博物館で見た黄金の装飾品を思い出させる。

 比丘尼びくにの周りには姿の魚と人をかけ合わせた気味の悪い生き物が大量にいて何かを一生懸命に唱えていた。次第にそれがはっきりと聞こえ始めた。


威亞イア威亞イア九頭竜クトゥルフ


威亞イア威亞イア九頭竜クトゥルフ


威亞イア威亞イア九頭竜クトゥルフ


 その呪言が唱えられるたびに何か得体のしれない巨大なモノが近づいて来ているように感じる。

 ふと、自分の手を見る。周り生き物達と同じ不気味なうろこに覆われ、水掻きのようなものがついた自分の手がそこにあった。


「うわぁーー!!」


 叫びながら目覚める。恐る恐る自分の手を見た。普通の人間の手を見て安心する。嫌な夢を見たせいか異様に喉がかわいている。汗が気持ち悪い。冷蔵庫にしまったペットボトルの水を取りに起き上がる。その途中、鏡に映った自分の顔を見て先程と比にならない悲鳴を上げた。

 そこには…

















 人知の及ばない海底の宮殿。そこに不気味な声が響く。


「イア、イア、クトゥルフ」


「イア、イア、クトゥルフ」


 星々が正しい位置にきたその時、大いなる神は目覚めて矮小な人間達にその姿を現すだろう。


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