第28話 後編11 信太朗⑭
あれから3日たった。
定刻通り迎えに来た弘子の運転するタイムマシンに乗り込んで、おれと敦ちゃんは現代に戻ってきた。
蛭尾教授関連の例の病院で検診を受けて、昨日家に戻った。
久しぶりの弘子を加えた3人の夕食だ。
その席で弘子が言う。
「私は明後日から10日間大学の研究室でタイムマシン最終調整の手伝いに行き帰れない。」
本来数年準備が必要なタイムスリップを、頻繁にしてしまったので、大幅な手直しが必要らしい。
「敦ちゃんに、私たちからプレゼントをしたい。信太朗、お前は明日、敦ちゃんを街に連れていき、一緒に服を買ってこい。」
「服!?でも俺女の子の服の事なんかわからないけど。姉ちゃんは何で行かないんだよ。」
「私は連日の徹夜でつかれてるの。ねえそれでいいでしょ敦ちゃん」
「はい。ありがとうございます。弘子お姉さまはゆっくりお休みください。お土産買ってきますね」
なんだか二人の間で申し合わせがされていたようだ。
それにしたって、敦ちゃんと街でデートとは胸が躍る。
姉ちゃんは俺の顔をじろじろ見る・
「な、なんだよ姉ちゃん。」
「いやあ、信太朗、嬉しそうだなと思って……。」
姉ちゃんは缶ビールをグイっと飲みほした。
「か、からかうなよ、姉ちゃん……。」
俺は、なぜかとても切ない気持ちになった。
「行ってきます。」
信太朗がそういうと、隣の敦盛も「行ってきます」という。
弘子は昨晩から爆睡しているので、家には返事をする人は誰もいない。
「習慣ってやつかな。言わないと気持ちが悪いんだ。」
「お父様かお母様のお言いつけ何ですか?」
「それほどのものじゃないけどね。敦ちゃんはどうだったの?」
「私は、気軽に家の外に出られませんでしたから……。」
聞いてから俺は後悔した。
敦ちゃん……平敦盛は普通の家で普通に育ったのではなく、平家の家に生まれ、女性なのに男性として育ったんだ。
当然、いろんな意味で正体がばれるのはまずいわけで。
「でも、乳母の目を盗んで、家を抜けだしたりしたんですよ。」
「へえ、意外にお転婆だったんだ。」
「そうなんですよ。お転婆なんです。今も」
「今も?」
「そうです。お出かけは大好きです。だから今日もとても楽しみです」
敦盛の意外な一面を見られて、俺はなんだかうれしくなった。
「家をぬけだして、どこに行ったの?」
「京の街に行きました。市が立っていて、すごくいろんなものが売ってるんですよ」
「へえ。」
「宋の陶磁器や美しい絹織物、珍しい書籍や文具、香料なんかも」
敦ちゃんは楽しそうに語る。
今日は彼女のためにも、気を遣ってくれた姉ちゃんのためにも、楽しい一日にしなくちゃな。
そんなことを思いつつ、駅に着いた。
「ただいま帰りました~」
敦ちゃんはは元気よく玄関のドアを開けた。
「おう、お帰り~」
姉ちゃんの声がする。もう夕方だ。さすがに起きたようだ。
今日一日がかりで買った、敦盛の服は、3つの紙袋に入れて俺が運ぶ役割をになった。
「疲れた……」
女性の買い物、特に服選びに付き合うというのが、男性にとってどれだけ疲労を伴うのか。俺は甘く見ていたのであった。
「おかえり敦ちゃん。早速着替えてきたね。可愛いじゃん」
「へへえ、信太朗様が選んでくださったんですよ」
実はほとんど敦ちゃんが選んでいる。
俺は、彼女がどの服を試着しても「すごく似合うよ」としか言えなかった。
実際、小顔でスタイルの良い彼女が何を着ても、俺レベルのファッションセンスでは、似合っているとしか思えなかったし言いようがないのだ。
3着購入して、早速今着ているのは、ピンクの花柄ワンピースだ。胸の部分に蝶々結びのリボンがついていて可愛い。
いままでが弘子のお下がりの、Tシャツやトレーナーばかりだったので、見違えるようだ。本当に……。
「信太朗!敦ちゃんに見とれてないで早く上がれ」
俺は我に返ると顔を赤くし、靴を脱いでリビングへ急いだ。
帰りの電車の中でも、敦盛をまともに見られなかった。
自分なんかが見てはいけないものののように思えてしまうのだ。
それほど、彼女は、可憐で可愛らしかった。
「私は、武家の男性おのことして育てられましたから」
敦ちゃんは荷物をおろすと、こう切り出した。
「私が着る服も水干すいかんといった地味なもので、柄のついたものはほとんどなくって……。お母様や宮中の女官たちが着ている装束がうらやましかったのです」
敦盛はそう言って、嬉しそうはひらりとワンピースをなびかせた。
「可愛いよう。敦ちゃん。!」
「嬉しいです、お姉さま。お金を出してくださってありがとうございました。これお土産です」
「いいってことよ。これは、和菓子?ああ、駅前の和菓子店、あそこ試食できるからな。うまかったでしょう?」
「はい!とっても。お餅の適度な柔らかさと甘すぎないあんこの絶妙なバランス。最高でした」
敦ちゃんは、ネットと読書で、語彙が豊富になっている。
「早速食べようか。やっぱり和菓子には熱いお茶が欲しいな。」
「はい。お茶は私が用意しますね。」
敦ちゃんがキッチンに走る。
つい後姿を目で追ってしまう。
「どうだったよ、初デートは?」
「で……デートって。姉ちゃん俺たちはまだそんなんじゃ……いやまだっていうか」
「ああ、そういういうのはいいから。敦ちゃんは楽しんでいたか?」
「うん。ずっとはしゃいでたよ。」
「そうか。それは良かった」
敦ちゃんがお盆にお茶の入った急須、お茶碗3つ、今日買ってきた和菓子をのせて、テーブルの上に並べる。
和菓子は笹団子と豆大福とおはぎが、各ひとつづつの配分だ。
「いただきます。」
俺たちは席に着くと、さっそくお茶をすすりながら、和菓子をいただく。
敦ちゃんは両手で草餅を愛おしそうに持つと、半分くらいを口の中に入れる。
もぐもぐと口を動かし、幸せそうに飲み込む。
熱いお茶をすすり、終わると「ふう」と息をつく。
草餅とお茶で、こんなにも幸せそうな表情を浮かべる人を、俺は他に知らない。
あまりの可愛さに見とれていると、彼女がその視線に気づく。
「ちょ、信太朗様、なぜ私の顔を見ているのですか?恥ずかしいのですけど……」
「ご、ごめん」
「謝ることはないよ信太朗。こんな可愛いものをみて、見とれない人がいますか」
みると姉ちゃんは俺よりだらしない顔で、彼女を鑑賞していた。
「敦ちゃん、笹団子好き?」
「はい、とてもおいしいです。」
「敦ちゃんの時代には、お団子とかないの?」
「ありますが、こんなに甘くないですね。お餅もこんなにもっちりしていません」
「敦ちゃん、俺の笹団子、食べていいよ」
「え、そんな悪いですよ」
「いいって、笹団子もこんなにおいしそうに食べてくれる人に食べてもらった方が幸せだろ。」
「何を言っているんですか。……そうですね、では豆大福と交換等のはどうでしょう。」
交渉が成立した。
俺はどちらかというと、塩っ気のある豆大福の方が好きで、自分の分はいち早く食べてしまったのだ。
「敦ちゃんは、見てないようでよく見てるよね」
俺が二個目の豆大福をかじりながら聞くと、敦ちゃんはなぜか耳を真っ赤にした。
可愛い。
「ごちそうさま。さて私は大学に戻らなくちゃ」
「え?もう少しゆっくりなされては」
「タイムマシンの調整しなくっちゃね。敦ちゃんのためにも頑張らないと。じゃあね!」
姉ちゃんはそういうと、数分後には車で大学へ戻っていった。
二人きりになった家は、少し寂しい。
敦ちゃんは、お茶碗とお皿を片づけていた。
考えてみれば、元の世界にもどったら、笹団子も気軽に食べられないんだよな。
俺はスマホで「笹団子 作り方」で検索してみた。
「ねえ、敦ちゃん」
「はい!?」
「笹団子。作ってみようか?」
「えっ!?」
「ほら、元の世界に戻っても、食べられたらいいでしょ。材料はあの時代でも手に入るように調べてみてさ」
「それは……素敵ですけど」
「ようし決まりだ。まず材料を書きだそう。もち米は、たぶんあるよね、上新粉って何だろう……笹の葉ってどこでもとれるのかな……?」
俺はノリノリでスマホで調べては紙に書きだしている。楽しい。
なるべくあの時代でも手に入りやすい食材でそろえよう。重曹ってあるのかな?
「信太朗様……」
「うん?」
「どうして……」
「えっ」
「どうして……信太朗様は、こんなに私に優しくしてくださるのですか?」
「どうしてって……」
「もともと、私が首を取られそうになった時、命がけで助けていただいて。病院に連れて行っていただいて」
「……」
「その後もいろいろお世話を。この世界のことも、水道やガスやインターネットの事も、教えていただきました。いつも、いつも私のことを心配してくださいました」
「そんなことくらい……。」
「今日は素敵な服も一緒に選んでいただきまして、それだけでもうれしかったのに。私が笹団子が好きだと言ったら、一緒に……一緒に作ろうだなんて……」
敦ちゃんはその緋色の瞳から涙をボロボロ流していた。
「そんなに、そんなに優しくされても……私……信太朗様、私は……」
「敦ちゃん……」
「何の、何の恩返しもできないのに……」
そのあとは涙声でほとんど聞き取れなかった。
俺は泣きじゃくる彼女が落ち着くのを、ずっと待った……。
「敦ちゃん」
「……はい」
「敦ちゃんは気にすることないんだよ。これは全部俺が好きでやっていることだからさ」
「好きで……」
「そう、楽しいんだ、敦ちゃんのためでもあるんだけど、俺が楽しくてやっているんだからさ。恩返しとか、全然考えなくていいからさ」
「楽しいから……ですか?」
「俺、ずっと何のために生きてるかわかんなくて。でも敦ちゃんと出会ってから変わることができて。そう、それでさ、戦いが終ったら。笹団子をさ、あいつらにも作ってやってくれよ」
俺はあの夜見送ってくれた5人。熊谷直実、熊谷直家、那須与一、曽我十郎、曽我五郎とら。
あいつらの、別れ際に流してくれた涙を思い出し、俺も涙が流れた。
敦ちゃんは両手で顔を覆い、しばらく何かを考えているようだった。
「……うん、作りましょう!笹団子!」
敦ちゃんは急にパッと立ち上がり、俺の顔をみて言った。
「そ、そうだね。作ろうか。まず材料を買ってこようよ」
「はい!」
彼女は今日一番の笑顔でそう答えた。
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