第21話 後編04 信太朗⑩

「寒いね、敦ちゃん……」




 ストーブやこたつが恋しい。


 毛布や布団が恋しい。




「寒いですね。信太朗様」




 せめてもの慰めは、敦ちゃんこと平敦盛さんが、そばにいる事だ。


 現代とか江戸時代とか違って、平安時代末期の街道は、整理されておらず、宿場も少ない。




 結局、野宿になることが多い。


 とはいっても、持ってきたテントを張って寝袋で寝るのだが、群馬県北部高原地帯の、12月の夜はめちゃくちゃ寒い。




「明日には到着するはずですよ。熊谷殿が書いてくれた地図ですとあとおよそ6里(約23.5㎞)ほどです。」




 テントの中で敦ちゃんが答える。




 いつ野盗に襲われるかわからないし、野犬や狼、熊なんかもいるかもしれない。


 交代で寝ずの番をしている。今は俺がテント外にいる。だから敦ちゃんが起きていたら意味がない。




「敦ちゃん、俺は大丈夫だから寝てていいよ。」




「わかりました。おやすみなさい、信太朗様。」




 しばらくするとかすかな寝息がテント内から聞こえてきた。




「……。」




 寝顔を覗いてみたい衝動に駆られる。


 ちょっとくらいいいかな……。




 その時、200メートル先に人の気配を感じた。




 俺は懐から暗視スコープを取りだし覗き込む。




 どうやら夜盗のようだ。3人……いや4人か。


 4人とも槍しか持っていないようだ。




(敦ちゃんを起こすまでもないな)




 俺は傍らに置いたリュックサックからクロスボウを取り出し、スコープを取り付ける。


 狙いをつける。動きからして先頭の男がリーダーだ。




 アンダーソン少佐の言葉が頭をよぎる。




「シンタロウ。少数での戦闘では、まずリーダーを見分け、最初に片づけろ。」




 俺はクロスボウの引き金を引く。


 取り付けた矢は、初速300FTS(秒速90メートル)で飛び、夜盗リーダーの胸に突き刺さった。




「うぐっ」




 かすかに聞こえるうめき声。




 俺はすぐさま次の矢をセット。


 ちなみに、現代から持ってきたカーボン製の矢は最初の一週間で底をついたので、この時代の矢を使用している。


 殺傷能力は落ちるが、この距離なら大丈夫のはずだ。




 俺は次の矢を、夜盗の足元を狙って撃った。




「うひゃあ」




 夜盗たちはリーダーの遺体を置いて逃げていったようだ。






「どうかしましたか?信太朗様」




 どうやら起こしてしまったようだ。




「なんでもないよ。野犬がいたみたいだけど、俺が追っ払った。」




「そうですか……。フフフ」




「え、俺なにかおかしいこといった?」




「信太朗様、最近ご自分の事、『俺』って」




 そう言われてみたらそうかもしれない。前からたまに自分の事を「俺」って言ったことはあったような気もするけど、基本「僕」だったような。




「フフフ、ごめんなさい、おやすみなさい」




「お休み、敦ちゃん」




 しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。




 明日には那須神田城に着く。


 俺たちは、あの那須与一宗隆と会い、義経討伐の仲間にしなくてはいけない。




 だから敦ちゃんにはゆっくり休んでほしい。


 俺はさっきの連中がまたやってこないか警戒した。




「……。」




 どうやら大丈夫なようだ。




 ふと空を見上げると、くっきりと見える天の河。


 頬を冷やす12月の冷たい風。




「寒い……」




 俺はまたそうつぶやいた。できるだけ小さい声で。


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