第16話 前編14 スティーブ・アンダーソン少佐①

「まったく最近の新人どもは根性がない。」




 俺はビールのお替りを注文するとボブにこぼした。




「新人どもが鼻ったれは昔からだぜ、アンダーソン。お前もそうだったろ。」




「違うんだボブ。俺は意気込みの事を言ってるんだ。何のために軍事訓練を受けるのか。わからずに入隊してくる奴ばかりだ。」




 そういうと俺は、3倍目のジョッキを空けた。




 俺が所属している傭兵育成キャンプは、アメリカでも厳しいので有名だ。


 しかし、世界の紛争も少なく小規模になり、紛争があっても、重火器やドローンなど、遠隔攻撃が中心だ。


 俺のような接近戦・肉弾戦を得意と知る軍人は時代遅れだ、訓練の依頼も減っているし、あっても興味本位か体力作り目的ばかりだ。




「そういえばアンダーソン。昨日3か月コースに申し込んできたジャパニーズが、接近戦を習いたいらしいぜ。ボスはお前に任せたがってる」




「ふん、俺はジャパニーズが嫌いだ。その依頼は断ってくれ。」




 どうせ軍事オタク野郎が興味本位で応募してきたに違いない。そんな奴の面倒は俺はごめんだ。




「ゲロゲロゲロ……」




 その一週間後、そのジャパニーズは、いま俺の目の前で、本日3回目の嘔吐の最中だ。


 毎日10回は嘔吐し、2回は気絶する。




「シンタロー!走り込みだけで毎日へばっているようじゃ先が思いやられるぜ。悪いことは言わねえ。日本に帰りな!」




 シンタローは口に着いたゲロを拭い、落としたメガネを着けなおしながら俺を睨みつける。




「……やっとここまで来たんです。ここでは終われないんです。」




 背は日本人にしては高い方だが、筋肉はろくについていないし、基礎体力もない。


 たまにこういうやつが興味本位で、入隊してくるが、大抵は興味本位だ。


 最近はやりのサブカルチャー系コミックの影響らしい。奴らはゾンビやゴブリンを倒すことを目的としている。




 入学金は先払いなので、そんな奴らがいつ辞めてしまっても俺はかまわない。


 学長にはどやされるが、知ったことか。




 「シンタロー、貴様はどうしてここまでする。金か?」




 「……いえ。」




 「ゾンビやゴブリンを倒したいのか?」




 「……何ですかそれ?」




 「じゃあ女か?」




 シンタローはやたら人懐っこい顔を上げ、無理やり笑いながら言った。




 「助けになってあげたい人がいるんです。守ってあげたい人が。その人は僕より年下なのに、生まれて来てからの使命に縛られています。」




 「使命だと」




 「僕はその人を守り、その使命を成し遂げてあげて、自由にしてあげたいんです。その為には何でもします。」




 「……」




 「彼女が僕を変えてくれた。僕はもっと強くならなくちゃ駄目なんです。」




 俺は少しうれしくなった。




 「なあ、シンタロー、その女は美人か?」




 奴は、即答した。




 「はい。美人です。というより可愛らしいところもあります。目は大きいのですが紅眼です。凛とした輝きがあります。唇は少し厚めの桜色で、髪は……」




 「わかった。わかった。お前も相当気持ち悪いな。」




 「よく言われます。」




 「その女に惚れてるんだな?」




 「はい。」




 シンタローはメガネを直す。




 「わかった。俺がお前を、その美人の役にたてるように鍛えてやる。重火器以外の対人戦闘術でいいんだな。」




 「はい!アンダーソン少佐。よろしくお願いします。」




 こいつの覚悟はわかった。


 今まで何人も見てきた、戦士の面構えだ。




 俺にできる事は、こいつを本物の戦士の身体にしてやることだ。


 明日からの特訓を、予定の倍の量に増やすことに決めた。




 死んじまうかもしれないが知ったことか。


 男には、死に物狂いにならなきゃいけない時があるんだよな。シンタロー。




「休憩は終わりだ。腕立て300回!」




 その日シンタローは、7回吐いて3回気絶した。

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