青葉の笛 平安時代にタイムトリップしたけど、薄幸の美少年と恋におちました!?︎平敦盛、時空を超えて恋する!

池田 裾兵衛

第1話 プロローグ

 あの日。




「信太朗……。お父さんとお母さん、帰ってこられなくなっちゃった」




「……お姉ちゃん?」




「これからは、私が、送り迎えするから、信太朗は安心して……あんしん……」




 そこまで言うと、私はその場で泣き崩れ、その後のことはよく覚えていない。




 車を出してくれた叔母に担がれて、私と信太朗とはなんとか家に帰ったらしい。








 嘉応元年(1169年)に、私は平清盛様の弟・経盛の娘として生を受けた。




 私の上には5人の兄がいる。


 私が生まれたころは、平家一門の全盛期だった。




 父の経盛は、武士というより文化人であった。


 京の歌人を集めサロンを開き、彼らの良きスポンサーとなっていた。


 そして、文化人らしく、人一倍信心深かった。




 父経盛が44歳の時に、その兄の平清盛様が突然、病に倒れる。


 父は毎日毎晩、兄の病気回復を神仏に祈った。




 ある日、父はいつものように寺にこもり経を唱えていると、どこからか声が聞こえたという。




『今度あなたの家に生まれる子が、男子で会ったら女子、女子で会ったら男子とすれば、大願成就し、また一族の危機を救うであろう』




 父はその言葉に従うことを神仏に誓った。


 果たして清盛様は奇跡的に回復した。




 翌年、生まれた経盛の子は女子だった。瞳は燃えるような緋色で、見目麗しい赤子だったという。


 経盛は娘、つまり私を男子として育てることを決意した。




 母は猛反対した。


「いくら神仏に誓ったからといって、このような可愛らしい姫を、なぜおのことして育てなくてはならないのでしょう。もしいくさが起きたらこの子も武士として出陣させるおつもりですか?」




 しかし、父の決意は固く、私は姫ではなく、六男とされ、平家の公達として育てられることになった。




 女子であることを知っているのは、父母と乳母だけで、兄たちや郎党にも秘密だった。


 私は、男性として育てられた理由を、幼い時から父から聞かされ、いつか自分が一族の危機を救うのだと信じてた。




「私は、その為に生まれてきたのですね、父上。」




 いつか幼い私はそう聞いたことがある。




 父経盛は何も答えない。


 その代わり、懐から笛を取り出し、おもむろに奏でた。




 その美しい笛の音色を聞いた私は、神々しい気持ちになった。




(私にできる事は何だろう。一族の危機を救うとはどういうことだろう)




 自分にそう問いかけるが答えは出ない。


 しかし、父の笛の音はただ美しく、幼い私の胸を打った。




 私は幼いときより、京でも評判の美しい公達として評判を呼んだ。


 笛を父に習い、大人顔負けの腕前となった。




 治承4年(1180年)、評判を聞いた清盛様は、高倉天皇・言仁親王らを招いた福原の都での宴席で、齢10歳の私に笛を奏でさせた。




 私が奏でる笛の調べは出席者を感動させ、高倉天皇より直々にお言葉を賜った。




 父経盛はそれを大いに喜び、祖父・平忠盛が鳥羽院より賜った『青葉あおは』と『小枝さえだ』という二本の名笛を私にくれた。


嬉しかった。


もっともっと練習して、みんなを感動させる笛を吹きたいと思った。


二本の笛は私のかけがえのない宝物になった。




 普段、武芸に励む私をあまり喜ばない母が、泣いて喜んだことを覚えている。




 また、私は13歳の時、父にねだり弓の稽古にも励んだ。


 東国より平家に出仕していた豪族の息子が、私と同い年ながら弓の達人として名をはせていた。




 半年余り、その者より弓を習った。


 兄弟以外で初めて同年代の少年と過ごした日々は、新鮮だった。




 しかし、弓を弾く腕の力も、地面を捉え踏ん張る足腰も、男性であるその少年には敵わなかった。




「いいかい若様。弓は力で射るんじゃないんだ。弓を射るには、まずは体をまっすぐにすることだ。弓を引くとき、体がゆがんでいると、的に当たらない」




「こう?」




「うーん、胸を張るんじゃなくて、肩と背中をまっすぐにするんだ。力を入れすぎないように、抜きすぎないように」




「肩と背中をまっすぐに……撃つ!」




「そうそう。普通に立っていても体が揺れる。弓を構えたり馬に乗ってたりしたらもっと揺れる。体を揺らさずに、肩と背中をまっすぐに、的を狙って……撃つ!」




 少年の放った矢は吸い込まれるように的の真ん中に突き刺さった。


 敦盛は少年の言った通りやってみた。




 肩と背中をまっすぐにするのに、膨らみかけた胸が、邪魔だと思った。


 敦盛の放った矢は、少年の矢の隣に刺さった。




「やるじゃないか。それにしても若様はなまっちろいな。おなごみたいだ」




 少年は私にそう毒づいて笑った。


 身分は私の方が圧倒的に上で、かなり無礼な言い草だったが、不思議と嫌ではなかった。




 むしろ自分に対してずけずけとものをいう態度が気に入り、笑い返した。


 同い年のおのこというのはこういうものかと思った。


 彼にとって自分はおなごには見えていないだろう、と当たり前のことを思った。




 私の矢が少年の半分くらいは的に当たるようになったころ、少年の父の京での任期が切れ、少年は故郷へ帰って行ってしまった。


 私の腕前は、父や兄たちをはるかに超えてしまっていた。




 私はよく屋敷を抜け出し、京の街を歩いた。楽しかったが、一緒に歩いてくれる人がいたらもっと楽しいのかなとも思った。






 時は流れ、清盛様がお亡くなりになった。その期に乗じて、京に木曽義仲軍が侵攻してきた。


 平家方は、京を脱出した。元服したばかりの私もそれに同行した。




 治承8年2月7日(1184年3月20日)、16歳になった私も、初陣を飾ることになった。


二本の笛は片時も離さなかった。


夜になると、陣地の隅で笛を吹いた。




 ある日、源氏軍は陣地の裏側にある崖を馬で降り、攻め込んできた。


平家軍はまさかの奇襲にみな慌てふためいた。


私は、鎧をつける間も弓を準備する暇もなく、ただ兜だけをかぶり馬に乗り込んだ。




 いつの間にか父や兄たちともはぐれ、私は戦場をただ右往左往するだけだった。


 悔しかった。何もできなかった。鍛えた弓の腕を披露する場もない。




 自分は一族を救うのではなかったのか。




 敗色が濃くなり、助け船に乗り込むため馬を走らせていると、後方より声をかけられた。




「そこにいるのは、平家の大将軍とお見受けいたす!」




 振り向いた。屈強そうな武者が私を見ていた。




私は戦いたかった。


 馬の頭をめぐらせると、刀を抜き相手に突進した。




 必死に戦ったが、技量は相手のほうが数段上だった。


 やがて馬からおろされ兜をはぎ取られた。




「いったいあなたはどういうお方ですか?お名乗りください、命だけはお助けしましょう」




 熊谷直実と名乗った武者は、そう言った。


 私は名乗るつもりはなかった。


自分が名乗らなくても首を京にいた誰かに見せれば、あの平敦盛であることがわかるだろう。




 目を閉じ、神仏へ祈った。


悔しかった。


 一族の危機を救いたかった。




 弓さえあれば、もう少しましな戦いができただろうか。


 その時、敦盛は幼少の時、弓を教えてくれた少年の顔を思い出した。




(そして……私のもう一つの願いは……)




 そう思った瞬間、周りが青白く光り、何か見たこともない、乗り物のようなものが現れた。




 そこから先は意識が昏倒してよく覚えていない。


 どうやら乗り物のようなものの中から誰かが出てきて、私を抱きかかえ、また乗り物の中に押し込んだようだ。




 全く状況が把握できない。ひょっとしたら阿弥陀如来様がお迎えに来てくださったのだろうか。




「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ……」




 私がそうつぶやくと、急に周りが激しく揺れ、頭に強い衝撃を受けた。


 そのまま意識を失った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る