第34話:幼馴染の退院
それでも短い方らしい。若いと治りが早いわね、などと看護師さんたちが
入院生活は結果的には退屈だった。考えること悩むことが多すぎて気の休まるときはなかったが。
見舞いに来てくれたのは父親くらいのものだ。誰にも連絡しなかったのだから当然だが。中学の仲間は今や仲間と呼ぶのも嫌悪感を覚えるし、小学校時代の友達には今の自分を見せたくなかった。
父親には本当に心配をかけてしまった。仕事の合間を縫って家のことから病院のことまで、どれだけ苦労させたことか。
楽を憶えてしまった自分に、同じことが出来るだろうかと思うと、肩身の狭さに身が縮む。
怪我については結局何も話せなかった。よく憶えていないで押し通した。
佐藤院たちと付き合い始めてからというもの、父親には嘘しか言っていない気がする。いつ気付かれるだろうか、本当は気付いているんじゃないかと思うと涙が出てくる。
鈴木小路家が火事になり、佐藤院家や藤玉輪学院の関係者にまで多くの死傷者が出たというニュースを聞いてからは、絶対に口を割れないと思った。
良くんはお父さんにまでは手を出さないはずだ良くんはお父さんにまでは手を出さないはずだ良くんはお父さんにまでは手を出さないはずだ………………
時には深夜まで、時には平日の昼間から、街で遊び回り、学校では寄って
後悔しては、「全部なかったことにならないかな」などと
結局、良太は一度も見舞いに来なかった。
義眼を嵌め、杖を突いた依緒は、ようやく力が入るようになってきた足で1ヶ月半振りの通学路を踏みしめる。
車での送迎を申し出た父には、リハビリも兼ねて歩くと答えた。これ以上父に手間をかけさせたくなかったし、何より学校での自分を見られたくなかった。
依緒は一人、
******
「宍野」
通学路で、声を掛けられた。
誰だっけ。
でも、見たことあるような。えっと……
「金、返せよ」
思い出した。
佐藤院たちと
鈴木小路どころか依緒にもビビっていたような、気弱で貧弱な少年が、佐藤院の取り巻きを呼び捨てにしてタメ口を聞いてくると言うことは、つまり、そういうことなんだろう。
「ごめんなさい。いくらだっけ」
依緒は素直に頭を下げた。
少年は少なくない枚数のレシートを挟んだクリアファイルを見せて来る。
「4万9千784円だ。7人で割って、7112円」
「……ごめん、ちょっと細かいのがなくて」
「万札1枚でいいよ。治療費や詫び料もそれで全部終わりにしてやるから」
「……分かった。本当にごめん」
依緒はもう一度頭を下げて、財布から1万円札を1枚抜き出して渡した。
今思えば、申し訳ないことをしたような気もする。だが、そんな罪悪感よりも依緒の心を占めているのは、良太に対する恐怖だ。
この少年の告げ口一つで、自分は残された左目も失うかもしれない。正直、反省している余裕なんてなかった。
「もうやるなよ」
「うん…… ごめんなさい」
「それじゃ、俺はもう、これでいいから」
「うん、ありがとう」
立ち去っていく少年の背中を、頭を下げたまま見送る。
こうして償わなければならない相手が、あと何人いるのだったか? もう
遠近感を失くした校舎に向かって、依緒は身を小さくしてふらつきながら歩いた。
物理的にも精神的にも、ひどく長い道程と時間の果てに、ようやく2年A組の教室のドアに手を掛け……
開け、られない。
息が苦しい。どんな顔で入ろう。何を言えばいい?
考えようとする
良くんは、もう教室の中にいるのだろうか。
「依緒」
後ろから、声を掛けられた。ビクッ、と心臓が跳ねる。
「……
「生きてたんだ」
「あんたこそ…… 義眼、似合ってるわよ」
「あははっ…… ありがと。麗花こそ、五体満足そうでよかったじゃない」
「まーね。これからもそうだといいけど」
「え……」
麗花は疲れ切った顔で、すぅっ…… と教室のドアに手を伸ばし、開けた。
呆気なく開いたドアの向こう。
ああ、
そう言えば、昔は乞食乞食と笑う声が、教室中に響いてたっけ。
そして、ああ……
日辻川良太が、ゆっくりとこちらを向いた。
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