第24話:学級裁判
「
「「はい」」
6人の男女が、掠れた声で答えた。浅い息遣いが早くなる。
「猫、猫、亀、
意図の分からない発言に恐怖を掻き立てられる。猫はハイエナよりマシなのか? オウムとダチョウはどれだけ違うのか?
「お前らは俺を笑うときも顔が引き攣ってたし、ゴミを投げる時もイヤそうにしてたな。さっきの腹パンと、椅子蹴り…… それで、許してやるよ」
「「は……はい!」」
助かった。生き延びたのだ。
そうだ。日辻川良太は暴漢でも狂人でもない。むしろ正義の味方と言ってもいいんじゃないか? 佐藤院や鈴木小路たちは、殺されても当たり前のクズだろう。
自分達は違う。自分達は大丈夫だ。
ああ、これでもう、雰囲気の悪い教室でやりたくもないイジメに参加させられて、罪悪感に浮かない顔をする、息の詰まるような日々も終わりだ。
もう佐藤院たちに怯えなくていいんだ。良太とも普通に挨拶をして、普通に会話をして、普通にクラスメイトとして友達になって……
「俺を生贄にした
戦慄が走るとは、こう言うことを言うのだろう。
「分かり、ました。ありがとう、ございます」
わずかな間を置いて、蚊の鳴くような声で一人がそう返答する。残りの五人も必死に頷いた。
「よし、お前らはもういいぞ」
良太がそう言った瞬間、6人は腰から床に崩れ落ち、へたりこんだ。必死に酸素を吸い込む音が聞こえた。
良太は、次に16人の名を呼んだ。
はははははははいいいい、と、幽霊のような声で不揃いな返事が返って来る。
「お前らは楽しそうにニタニタ笑ってたな? 机に落書きした時も、椅子に
ひゅーっ、ひゅーっ、と今にも過呼吸に陥りそうな息の音に混じって、すみません、と言う声が聞こえたような気がした。
「お前らには慰謝料を請求する」
「「は、はい」」
助かった、という気持ちと、ママになんて言おう、という気持ちが交錯し、16人の被告たちは引き攣った頬に泣き笑いを浮かべ……
「心配するな。子供でも制限無しで働ける国なんていくらでもあるからよ」
え?
「よし、お前らも下がっていいぞ。細かい話はまた明日な」
え? え? え?
16人の中学二年生は、意味が分からず困惑した。
いや、言ってることは分かる。やらされることも大体想像がつく。だけど、それが呑み込めない。
不安と恐怖で、じわじわと
「さて……
動かない16人を放置し、最後の7人の名前が…… 良太を最も直接的に虐げてきた、2年A組の中心人物7人の名前が呼ばれ、二人の生徒がビクン! と跳ねた。
返事も出来ない。顔も上げられない。下を向いたままガタガタと震える。床にポツポツと染みが作られていく。
乞食というニックネームを定着させたのは彼女である。
泥棒扱いや痴漢扱いも試してみたが、『どうせ佐藤院一派のでっち上げなんだろうけど、仕方無いからそう呼ぶか……』みたいな空気でイマイチ盛り上がらなかった上に、学校の評判を気にする教師共にも結構イヤそうな顔をされた。
それに比べて、乞食は犯罪者というわけでもなく許容範囲内に収まったようで、皆が喜んでそう呼ぶようになった時はなかなかの達成感を感じたものだ。
今朝、友人3名が良太に殴り倒され、物理的に顔を潰されるところを目の当たりにして、女の子になんてことを、と抗議したのも彼女だ。
(は? お前らは蚊を潰すときに、こいつは血を吸うからメスなんだなとか、イチイチ気にすんのか?)
アホの子でも見るような目で面倒くさそうに言われた言葉は今でも耳に焼き付いている。いつ自分が神渡辺たちと同じ目に合わされるか思うと、震えが止まらなかった。
格下どころか最底辺の乞食野郎ごときにビビらされた屈辱は耐え難い。早く水津流様にボッッッコボコにシメられて、そのまま警察に逮捕されてしまえと切に願った。
なのに、安息の時も、ざまぁの瞬間も、彼女には訪れなかった。千切れた腕、火事、生首。立て続けに見せつけられたバイオレンスとナンセンスは、彼女の胆を徹底的に潰した。
今は、五体満足で済ませてもらえるなら、良太の靴の裏でも尻の穴でも喜んで舐めさせて頂く所存だ。
良太に対して行われた数々のいじめ…… 否、犯罪とハラスメントを現場で指揮してきた男。
傷害、強要、恐喝は未遂に終わったが、暴行、脅迫、窃盗、器物損壊、侮辱に名誉毀損と可能な限りの暴挙を尽くした。良太の趣味がキャンプやブッシュクラフトだと聞けば、『そーいうのクサくてダサい』と言う風潮を学校中に強制して、依緒と良太の仲を決定的に引き裂くと同時に、登山部や野鳥観察部、サバイバル研究会などのアウトドア活動系クラブにまで深刻な被害をバラ撒いた。甘い汁を啜る一部の者を除き、全校生徒から蛇蝎の如く嫌われ、狼虎の如く恐れられた典型的な暴君であった。
(お前の爺さん、もう死んだからな)
今は表情を失ったまま、延々と涙だけを流している。口は半開きになったままだが、意味のある言葉は出てこない。
「
出た、謎の動物トーク。
唐突にアピールされる異常性と猟奇性…… 世にも奇妙な冒険でもして来たのだろうか?
この意味不明の呟き次第で、人の生死が決まるらしい。無茶苦茶にも程がある。魔女裁判の異端審問官も裸足で逃げ出して回り込まれて全滅するだろう。
「お前らは俺の件以外にも散々悪いことしてるよな」
呼吸音が二つ、止まった。
「警察に自首しろ、と言いたいとこだけど…… お前ら、まともな人間じゃねーしなぁ。人間の法律で裁いてもなぁ……」
まともな人間じゃないのはお前だろ!
お前こそ自首しろ!
と、ほぼ全員が心の中で絶叫したが、勿論口には出さない。その程度の腹芸は佐藤院との付き合いで慣れている。
「だからって保健所に連れてっても迷惑だろーし。どうしたもんかね」
良太は溜め息混じりに思案する。人間でも動物でもないと言うか、人間でも動物でもあると言うか、
一度、類似の事例が無いか、世界中の記録を調べてみたい。どっかに怪人共と戦った先達がいないものか? 御先祖様はどうしてたんだろう。
とは言え、悠長にしているとコイツらはさらなる実害を出すし、被害者は苦しみを抱え続ける。とにかく手探りでいろいろ試して見るしかない。経過と結果はデータとして後世に残しておかねば。
「しゃーない。とにかく被害者に償わせないとな。お前らのやったこと全部調べて、一件一件謝らせて回るから、それまでに心の準備くらいはしとけよ」
やったこと全部調べるって、どうやって?
そんなこと、出来るわけが……
あるんだろうなぁ。
クラスメイト達は皆、諦めの境地でそう思った。
「弁償とか、慰謝料とかは立て替えといてやるから、後で自分で働いて返すんだぞ」
後で、と言うのは、先の16人を
重い空気が頭を掴んで、冷たい床に押し付ける。
佐藤院絢梧は恐怖と絶望でまともに思考することすらできず、山田麗花は五体満足で済みそうなことを神に感謝していた。
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