第6話:豚人間 ~狼の覚醒と恐怖の幕開け~

 次の朝。


 良太は目覚めると、鞄からコップと歯ブラシを出して洗面所に降りていく。

 顔を洗い、歯を磨いていると、後ろから声をかけられた。


「あらあら、他人には節約しろと言っておいて、自分は平気でうちの水を使うんですから。水道代だってお爺様の遺産から払っているのに、厚かましいのか馬鹿なのか」


 妹、洋子の声だ。お嬢様キャラでも気取っているのか、慇懃無礼な言葉遣いがかんさわる。


「そこらの川の水でも使ってくれませんか? その汚い顔にはちょうどいいと思いますけど」


 以前は律儀にたしなめたりもしていたが、いい加減に飽きた。朝から説教するのも面倒くさい。

 日辻川屋敷の洗面所は広い。洗面台は4つもある。いちいち寄ってきていやみを言う必要もあるまいに。

 良太は無言のまま、妹にんだ目を向け……


「え?」


 豚だ。


 いや、豚と言ったら豚に失礼か。豚と人間の醜い部分を抽出して掛け合わせたかのような、悪趣味な怪物がそこにいた。


 なんだコイツ?


 なんだと言えば、妹の洋子だ。

 それは分かる。母親譲りの美貌を大金で磨き上げた、豚とは似ても似つかない可憐な美少女がそこにいることは認識できる。

 だが、良太の脳裏に浮かび上がった醜悪な豚人間のイメージが、洋子にぴったりと重なって離れない。


「……ぷふっ! なんですか、その眉毛! 染めたんですか?」


 豚人が笑った。


「センスがどうこう以前の問題ですね! 眉毛だけ蒼白ペールブルーって頭おかしいんじゃないですか? ああ、おかしいんですよね! よくお似合いですよ。一段とキモさが引き立ってます!」


 豚人間が喋る。気持ち悪くて頭がおかしくなりそうだ。

 いや、おかしくなったんじゃないのか? なんでこんな幻覚が見える?

 幻覚を見ているのに、不思議なほど心が落ち着いている。頭のどこかが、これで良いのだと理解している。

 本当に、狂うところまで狂ってしまったら、こんな感じなのか?


「あーバカバカしい。ほら、さっさと退いてください。私は貴方と違ってまともな身支度をしないといけないんです。女の朝は時間がかかると何度言ったら分かるのか…… ほんっと、人をイラつかせることしか出来ない害虫なんだから!」


 豚人間が足蹴にしてきた。




 ああ、そう言うことか。

 やっと分かったよ、祖父じいちゃん。




 良太は豚人間の醜い足を避けると、残った軸足を蹴り飛ばした。


「ひぎっ!?」


 豚人間が鳴いた。

 足を払ったのではない。蹴ったのだ。全体重を支えていた足からモロに衝撃が伝わり、洋子は骨まで響いた痛みに悲鳴を上げて転倒した。


 良太は、片手に持っていた歯ブラシをコップに突っ込んで、倒れた妹を見下ろす。




 コイツだ。これが、真っ当じゃない・・・・・・・生き物・・・だ。

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