不遇な少女妻は愛無き夫から逃れ吸血鬼に愛される

ことはゆう(元藤咲一弥)

不遇な少女妻は愛無き夫から逃れ吸血鬼に愛される




 お母様もお父様も、伯爵様は良い方だから幸せにおなりと送り出してくれた。

 でも、そうじゃなかった。





 夜、屋敷の外れのぼろい小屋で、一人の少女がカビの生えたパンと腐ったスープを食していた。

 食べ終わると、少女はそれを自分で洗い片付けた。


 一日二食、同じものが与えられるのが少女の食事だった。


 夫であるはずの伯爵は、今女達を侍らせているころだ。


 何でこんなことになったんだろうと少女は思った。


 同じ伯爵である父に、夫である伯爵自分を気に入ったから妻にして欲しいと頼んで結婚したのに、蓋を開けてみればないがしろにされる日々。


 もうそれが半年も続いている。


 両親に手紙を出すことさえ許されない。


──逃げよう、どこへでもいい、逃げてしまおう、死んでも構わない、ここで死ぬ位なら──



 少女は小屋から抜け出し、屋敷から抜け出し、逃げ出した。





 森の中をひたすら走る。

 どこにそんな体力があるのか分からないがひたすら走った。

 後ろから足音がする。


 追っての足音。


 少女は走る、ひたすら。

 ぼすんと誰かにぶつかってしまう。

 尻餅をつくこと無く抱きしめられる。


「お嬢さん、こんな夜に一人で出歩くのは危ないですよ」


 優しい声で青白い肌に、白い髪、赤い目の男性は言った。


「おい、その女をよこせ!」

「その女に逃げられると困るんだよ!」


「助けて……」


 追ってがやってきた恐怖に、少女は助けを求めた。

「分かりましたとも」

 男性は少女を自分の後ろに下がらせる。


「来たまえ」


 男達が男性を襲うが、男性はいとも簡単に男達を倒して捕縛してしまう。


「さて、お前達は誰の手のものだ?」

「誰がい……ふ、フリード伯爵の」

 男性の赤い目が光ると、男はしゃべり出した。

「おい馬鹿なんで……」

「何故フリード伯爵がこの少女を逃がさないようにしているのだ?」

「に、逃げられるとその女の父親であるアリア辺境伯からの支援が受けられなくなる……」

「普通にしてれば受けられるだろう?」

「そ、その女の境遇をしれば、アリア辺境伯はお怒りになるし、家がと、取り潰しになるかもしれない」

「なるほど、それほど酷い待遇をしていたのだね」

 男性は少女を見てにこりと笑う。

「アリア辺境伯のご令嬢ということは貴方はマリアであっていますか」

「は、はい」

「私が貴方を保護します、貴方の境遇全てを貴方の父上にお伝えし、伯爵に罰を受けてもらいましょう?」

「ほ、本当に、本当にいいのですか?」

「勿論です」

「あの、貴方様は……」

 少女マリアは男性に名前を尋ねる。

「これは失礼、私は──」


「グレイル・ローラン侯爵、吸血鬼侯爵とも呼ばれています」


 マリアは驚愕の声を喉の奥で上げた。


 ローラン侯爵。

 吸血鬼で、冷徹で残忍と呼ばれる侯爵として有名だったからである。

 そんな侯爵が本当に自分を助けてくれるか不安になった。


「不安にさせて申し訳ありません、ですがどうか私を信じて」


 侯爵グレイルの言葉に、マリアは思案し、頷いた。

「では、私の領地へ向かいましょう」

 グレイルは、マリアを抱きかかえて、そのまま馬車まで向かい、馬車に乗せると御者に走らせた。





 数日間走り、グレイルの領地に着くと、皆生き生きとして仕事をしていた。

 子ども等は楽しげに遊んでいる。

 噂とは真逆だった。


 マリアは屋敷に連れて行かれ、湯浴みをさせて貰い、綺麗な服を着せて貰い、そして栄養のある優しい料理を食べさせて貰った。

 マリアは泣きながら食べた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「謝らなくていいんですよ、マリア嬢」

 グレイルはそう言って優しくマリアに声をかけた。


 食事を終えると、マリアは手紙を書かせて貰った。

 伯爵にされたことを全て書き終え、グレイル侯爵に保護されている旨を書くと、グレイルは封蝋をし、アリア辺境伯へと送るよう従者に指示した。



「しばらく、時間がかかりますが、見守りましょう」


 その言葉に、マリアは頷いた。

 数日後、アリア伯爵から手紙が届いた。



 漸く娘から来た手紙の内容に、辺境伯は嘆きの言葉を書き記していた。

 同時に、そんな男に娘をやってしまった自分の見る目の無さも嘆き、怒りをあらわにしていた。

 そして娘であるマリアに謝罪の言葉を大量に綴っていた。

 最後に、侯爵への感謝と、これからどうすればいいか話し合いたいとの旨が記されていた。



「では、お招きしようか」

「お父様達を」

「あの愚かな伯爵の家にね」

「え?」

 マリアはどういう意味かさっぱり分からなかった。





「ええい、あのドブネズミはまだ見つからないのか!」

 フリード伯爵は怒鳴り散らしていた。

「は、伯爵様! へ、辺境伯様が……」

「何⁈」

 フリード伯爵は慌てふためいたが、平常心を取り繕い、辺境伯がいるホールへと向かった。

「アリア辺境伯様、これはようこそいらっしゃいました!」

「いやぁ、伯爵殿。娘から連絡がないので来てしまったよ、会いに」

「も、申し訳ございません。伯爵様、妻は今体調を崩しており……」

「なんと⁈ それは会わせてください!」

「そうですわ、病気の娘を見舞うのは親の務め」

 辺境伯夫妻の言葉に、フリード伯爵はじりじりと追い詰められていた。

「フリード伯爵、三文芝居はそれくらいにしたらどうですかね?」

「誰だきさ……ローラン侯爵⁈」

 日傘を差した人物が入ってきた。

 そしてその後ろには──

「マリア⁈」

「貴方が彼女にしていたことは全て辺境伯殿にお伝えしておりますよ」

 その言葉に、フリード伯爵の血の気が引いた。

 先ほどまで柔和な笑みを浮かべていたアリア辺境伯夫妻は冷たい表情をフリード伯爵に向けていた。

「私、耳が良くてね。先ほど『ドブネズミ』と言って居たでしょう? それ、普段から貴方がマリア嬢に言って居た言葉なんですってね」

 グレイルはにこやかに笑っていたがその笑みは冷ややかだった。

「──貴様のような屑が貴族とは恥を知れ」

 冷たい視線をフリード伯爵にグレイルは向けた。

「国王陛下にも伝えている、貴様の不正全てをな。だからこの家は取り潰しだ」

「そ、そんな……!」

「そして貴様の処刑もな、辺境伯の令嬢をこのように扱う馬鹿を放置してはおけないとな」

 フリード伯爵の顔が真っ青になる。

「ま、マリア。た、助けてくれ……!」

 フリード伯爵はマリアを見て懇願する。

 マリアは無言で近づき、口を開いた。

「助けて? そういった私に酷い扱いをしたのは貴方でしょう?」

 マリアは冷ややかな表情と視線を夫であったフリード伯爵に向けた。

「私をないがしろにして、女達と遊んで楽しかったでしょう?」


「私をドブネズミと呼んで蹴り飛ばして、笑って楽しかったでしょう?」


「だからこれはその報いよ、受けなさい」


 そう言って、マリアはきびすを返し、グレイルの隣に戻る。


「もうじき、国の憲兵達が来る、それまで精々自分の人生を振り返るといい」


「愚かな人生をな」


 グレイルとマリア、アリア辺境伯夫妻はそのまま屋敷を後にした。





「ああ、可愛いマリア!」

「お母様!」


 グレイルの領地につくと、マリアと母親は抱き合っていた。

「ローラン侯爵様、此度は本当に有り難うございました」

「お礼なら一つだけお願いごとが」

「何でしょう」

「マリア嬢を、彼女を私の妻にさせてはいただけないでしょうか?」

「マリアを⁈」

 アリア辺境伯は驚愕の声を上げた。

「実は私、夜会で彼女を見たときから彼女に恋をしてました。しかし後ろめたい噂のある伯爵と結婚したと聞き、いてもたってもいられず幾日も領地で彼女の影を探していたのです。そのとき、彼女と出会い、境遇を知り、今回の件に至りました」

 グレイルは淡々と述べた。

「ううん……」

 アリア辺境伯の顔は渋い。

 それもそうだ、一度嫁に出した娘の扱いが酷すぎたのだ、ここでもそうなるか不安で仕方ないのだ。

「不安なのも分かります、一度目の結婚はそうでしたから。だからこそ私の妻にさせてほしいのです。二度と彼女を傷つけさせない為に」

「……分かりました、貴方がそう言うなら」

「有り難うございます」

 グレイルはアリア辺境伯に頭を下げた。



「マリア嬢」

 日傘を差したグレイルが、外で花を愛でているマリアに声をかけた。

「何ですか?」

「このままこの領地にとどまってはいただけませんか?」

「え?」

「私は貴方を妻にしたいのです」

「え……?」

「二度と貴方を傷つけさせません、どうか私の妻に」

「……でも」

「時間はたっぷりあります、どうかこの領地でゆっくりと傷を癒やしてください」

「……はい」

 マリアは静かに頷いた。



 そして数日後の夜──

「あのドブネズミを出せぇ!」

 フリード伯爵と、その従者達がグレイルの屋敷を襲撃してきた。

「マリアのことをドブネズミと……いいだろう、国王陛下から処刑の許可は貰ってある、ここで死んで貰おう」

 グレイルはそう言うと、コウモリの群れが現れた。

「な、なんだぁ⁈」

 グレイルの鋭い爪が従者の首を落とした。

「ひ、ひぃい!」

 頭を鷲掴みにし、ねじ切る。


 次々と従者が死体になっていく。


 そしてフリード伯爵だけになると──


「こ、この化け物めぇええ‼」


 フリード伯爵の一撃をよけ、後ろに回り込み、首筋に牙を立てた。


「お゛あ゛……」


 みるみるうちに、フリードの顔は蒼白になっていき、最終的には真っ白になった。


「まずい血だ、お前達。ここの掃除を頼む」

「「「はっ!」」」


 グレイルはそう言ってその場を後にした。


 マリアの部屋に向かうと、マリアは目を覚ましていた。

「グレイル様……ご無事で……!」

「私は無事だとも」

「連中は?」

「従者達に任せて王都へ。王都で処刑が確定している」

「……」

「見たかったかい?」

「いいえ、全く」

「それは良かった」

「……グレイル様、どこかおけがを?」

「どうしてかな?」

「血のにおいが……」

「ああ、連中の血さ、私のではないよ」

「よかった……」

 マリアは安堵の表情を浮かべる。

 そしてグレイルを見つめた。

「グレイル様」

「なんだい、マリア嬢」

「……私で良ければ妻にしてください」

「本当かい⁈ ははは、やった!」

 グレイルは楽しそうに笑った。

「式はどうしたい?」

「身内だけでひっそりと……」

「分かった、では君の両親を呼ぼう! ドレスが無駄にならなくて良かったよ!」

「グレイル様ったら……」

 マリアは苦笑した。



 それから数日後、マリアとグレイルはひっそりと式を挙げた。

 身内だけということもあり、人数は少なかったがそれでも素晴らしい式だった。



 それから数年後──


 ふぎゃあふぎゃあ


「マリア⁈」

「領主様、男の子がお生まれになりました」

「そうか! ところでマリアは⁈」

 グレイル部屋に入ると、赤子を抱きしめた妻──マリアがいた。

「グレイル様、貴方そっくりの男の子ですよ」

「有り難うマリア……この子と共に、生きていこう」

「はい、グレイル様」

 マリアは嬉しそうに笑った。





 かつて、牢獄のような場所で閉じ込められて苦しんでいた少女はもういない。

 穏やかで、優しい母となり、夫に愛され幸せに暮らしているのだから──






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