第28話 討伐命令④

 同じように、戦闘人形は宙に浮く黒球によって床に伏せられていた。銀色の衣装をまとった銀髪の少女は、その長い髪を床のタイルに散らし、彼女にだけ強い重力がかかっているかのように身動きが取れないでいる。


「そこまでだ」


 シキョウとアイロが、キトライの背後から刀と銃ハルペーを突きつけた。


 しかし、キトライは動じず、こちらは言葉を突きつける。


「ハルペーは人に向けるものではないことを、よもや忘れたか」


 ペルセウス機関は、人類を、ひいては世界を救うための組織。しかるに、そこに所属する者は真に英雄なのである。


 かつてアルゴル討伐こそ当たり前で、真の英雄とは人類同士の争いの中から生まれるものとされた時期もあった。


 だが今は。まかり間違っても、同胞の血を流す軍隊とは異なるのである。


「――――」


 一瞬、シキョウは押し黙った。


「ああ、そうだな」


 代わりに、アイロがすぐにうべなった。


「だが、ハルペーは人を守るための武器でもある」


 と、もう一つの要素を付け足す。

 あるいは、見方の違いを。


 かつて、英雄がいた。人間同士あい争い悪辣を極めていく中、真の敵はどこにいるのかを人類に思い出させた。


 すでに人の争いに持ち込まれて久しいハルペーを決して人には振るわず、防戦一方で戦い抜いた英雄。


 イアペトゥスの環が最後に確認された宿り主でもある。


「……まさか、黒持ちを、人だと?」


 黒持ちは、アルゴルに魂を明け渡したもの。ゆえに人に非ず。一般的に、そう定義されている存在だ。


「貴様らは、こいつに危険はないというが、いままさに力を奮っておいて、これを人とするなど、ありえん」


「ざっけんな! 一度でも戦闘人形ドールを人間扱いしてから言え!」


 キトライの言葉に怒ったのは、ニオだった。


「普段は人間扱いしてないくせに、自分の都合に合わせてコロコロコロコロとッ」

「ニオ!」


 いまにもつかみかからんという勢いに、カシドリが焦って押さえる。


「に、お」


 ハトバはキトライに押さえつけられたまま、かすかに彼女の名を発した。


 ハトバを恩人だと言って、いつだってハトバの味方で居てくれる人。


 ハトバには、未だそのときの記憶がないせいで実感は湧かないけれど、苛烈とさえ思えるその言動は、敵対視されるばかりのこの場所で、たしかな寄る辺だった。


 きっと、いまのハトバにとって、一番守りたい人。


「ハトバッ、」


 耳ざとく反応したニオは、ハトバに駆け寄ろうとする。


「なぜ!」


 そこにイロリの、いらだった声が割って入った。実質ハトバに助けられた形で人質から解放されたはずの身で、イロリはその疑念をあらわにする。


 彼の声には、心からの理解不能があった。


「なぜ、どうして、黒持ちを庇う……!? 日頃は軟弱な姿をさらしながら、なぜそいつを守ろうとする。まっとうに人であるならば、黒持ちなど嫌悪してしかるべきだ」


 問われたニオは、顔をしかめた。


「それ、シキョウにも喧嘩売ってない?」


「シキョウ大隊長は黒持ちを管理するに足るお方だ。むしろ義務であるし、シキョウさまご自身もその責務で以って動いておられるのは自明だ」


 イロリの後ろで、シキョウは目を伏せた。ため息は、かろうじて飲み込んでいる。


「忠義に篤いふりして、どれだけ思考停止してんの?」


 ニオは片眉を上げ、噛みついた。イロリは理由を知っているはずである。まっとうに人であるというのなら、恩義もまた同様であろうに。いつもいつも、それを無視するなど。


「お前こそ、本当に人間?」






 二学期初日。ハトバの、同じクラスの子が家の二階から飛び降りた。


 誰も自殺とは思わなくて、松葉杖をついて登校してきたその子に、あるクラスメイトは言った。


「気を引こうとしたって、意味ないよ?」


 心底、それ以外のことは思いつかないようであった。


 学校の大人が単なる怪我として振る舞っていたのも大きかったに違いない。


「死にたいって言ってるうちは死なねーんだってさ! だっせぇ! いい迷惑だってよ?」


 怪我をした子供は、その日一日中そういった言葉を浴びせられ、次の日から一切学校に来なくなった。


「なにがしたかったんだろうねー?」


 クラスメイトたちは、おかしそうに首をかしげた。


 そうして、松葉杖の子供が川に転落したと聞くと、懲りないんだ、と彼らは呆れたのだった。


 本当は転落していない。帰宅途中のハトバがたまたま通りかかって、落ちそうになっていたのを止めたからだ。


 しかしハトバは、そのことを誰にも話していなかった。


 一学期の通知表で、頑固で協調性がないと書かれて、親に怒られていたからだ。


 両親はハトバにまともになってほしいと願っていた。それが親の愛情であると、まったく疑っていなかった。


 ハトバも疑っていなかった。それが親の愛というものであると、家族の様子、周りの空気、世間の声を見聞きして、理解していた。


 それでも、ハトバは自ら折れるということを知らなかった。これでも譲歩してはいるのだが、根っこの部分では、おのれの正しさを確信していた。


 そのせいで冷ややかな空気を浴びることになり、足が竦んだのである。


 ハトバは、自分自身に失望した。


 この恐怖心を失うことができたらと、どれだけ願ったことだろう。


 周りからどれほどの嫌悪を向けられようとも、親からなにを言われようとも、正しさを為したかった。


 胸の内に抱える、もやもやとした感情を、正しく吐き出したかった。綺麗さっぱり。


 それができなかったのは、ひとえにハトバが臆病だからにほかならない。


 なにもかも、恐怖があるからいけないのだ。


 無感動になれたなら、どれだけ良かっただろう。親からより厳しくされようとも、怯えずにすんだのに。


 口下手であることも、ハトバの臆病さに拍車をかけたに違いない。


 話し上手なら、きっと一言くらい、あの子供が引っ越す前になにか言えたかもしれない。しかしそれはハトバの身勝手な後悔でしかなく、やはり根本的な解決にはならない。


 だが、そうは言っても、ハトバが思うあるべき己の姿は、ほかの人間にとって普通ではないのだ。


 極めつけには、ハトバには行動力がなかった。それが余計に自分が悪いのだと思わせた。


 そうして、ハトバがすっかりおとなしくなると、なにを思い違いしたか、ハトバの親は喜んだ。


 ハトバはそれを無感動に見つめる。


 いつしかハトバは、自分自身が望んだような状態になっていた。いや、通り越していたように思う。


 かえって親を心配させるほどで、はやくまともになってほしいと、ふたたび願われた。


 ちょうどそのころは、なにやら父親が会社をクビになったようで、お金がないとしきりに言われていた。


 将来のために、ハトバがきちんとしなければならないと金切り声を上げられた。


 どうきちんとすればいいのかは、ハトバも了解していたが、実行に移せる能力があるかどうかはまた別の話であった。


 しかし、口答えは許されない。


 ハトバは真顔のまま彼らを眺めていた。なにせ、なにもかも無意味なのだから。


 ただ淡々と、ハトバは周りから指図を受けるものの中から、自分ができることをこなすのみである。


 アルゴル大侵攻の日は、ハトバがそのような日常を送る中やってきたのだった。


 黒球の自動防御のお陰で難を逃れたハトバは、飛び散った血肉を取り込んだことで、父親が表情を失くした息子を気にし過ぎたせいで社内政争に敗れ仕事を失くしたことを知った。


 当時は子供であったから、小難しい言葉で理解したのではない。ただ直接、感覚的に意味を知った。


 警報が鳴って、保険金を下す画期的な方法を錯覚したらしい。


 そのころといえば、警報が鳴ったところで定められた戦闘区域にアルゴルを誘導し討伐する形が安定しており、避難など、ほとんど意味を成していなかったのだから、どのような勘が働いたのやら。


 ハトバがいまからでも、取り込んだ親の情報に目を向ければ分かるのだろうが、黒持ちになって感情が消えるようになったとて、見る必要のないものを見たい気持ちにはなれないものだ。真相は闇の中である。


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