第12話 審問②

「貴様の発言は求めていない」


 進行役が苦々しく遮った。シキョウは臆せず喋り続ける。


「ペルセウス機関において査問とは、時に裁判の結果そのものとなる。法を飛び越えて罪を捏造するのは、我が機関の悪いところだ。紙っぺら一枚で処分をくださず、こうして一堂に会するのも、貴殿らの支配欲を手軽に満たすだけのものに過ぎない」


 誰かが鼻で笑った。


「貴様も同じ穴の狢だろう。華族の誇りを汚すとは、タカギ家の御当主がお嘆きになられよう。黒狩りを降りたのはわざとだな? そのために人ひとり殺すとはな。大隊長の任も降りてもらわねばならぬか」


 同様に、若造が要らぬ正義感を暴走させたと呆れた声も。


 シキョウは片眉を上げた。


「おや。貴殿らは言葉の綾というものを知らないようだ。この際だから訂正しておこう。あのとき私は、黒持ちと呼ばれる人間を誤って殺してしまったと言ったんだ。しかし今この話はどうでもいいことだから、話を戻そう。この【オルドビスのハトバ】という称号は、短期間で十体ものオルドビス級アルゴルを討伐した結果である。例年の出現ペースで照らし合わせれば、敵の損害も甚大に」


「それがおかしいと言っているのだ!」


 だんッと強く、机がたたかれる音がした。


「オルドビス級がこんな短期間に一か所に集中して現れるわけがない。ならば、黒持ちが呼び寄せたに違いない」


「そもそも黒持ちはアルゴルの手先だっただろう。だから奴らに狙われない! それを自作自演など、小賢しい手口を覚えた! 危険極まりない! 即刻処分しないのは我々が正しく手順を踏めばこそ。馬脚を現わすのは貴様の方だ。シキョウ」


「隊員に黒持ちが侵入したことを秘匿させた。この罪は重いぞ」


 追い詰められたかに見えたシキョウは、しかしまったく、こゆるぎもしていなかった。


「そうは言うが。私としては貴殿らの態度が非常に不思議だ。なぜ貴殿らは、かつて多くの権力者が挑み、なしえなかった勇名が欲しくないのか? この黒持ちは命令を聞く理性を持つ。じつに有用だ。それを安易に処罰して良いものだろうか?」


 シキョウやハトバに対し有象無象の声が響く中、ハトバは、いまここを切り抜けるには、どのような行動をとればいいのか理解した。それは今後とも有用になるものだが、ふとニオの怒りを買うよな、とも思う。


 シキョウがハトバを見遣り、すまないね、と口を動かした。


 彼の本心はどこであろうか。何事もわざとらしく、ハトバには分からない。一つ言えるのは、黒持ちが迫害を逃れるために一芝居を打つ機会が巡ってきたということだ。それは、海千山千だろうシキョウを信じるか否かで変わってくる。


 ハトバは悩んだ。そうして想像する。


 自分の行動がもたらす結果が、どうなるのかを。


 迫害されなくなるのならいい。人々に石を投げられず、黒狩りに殺されることもなくなる。


 その代わり、きっと誰かの兵器として扱われる。絶対ではないけれど、その可能性は高い。


 シキョウの目を見る。暗がりでもハトバには識別できている薄紫色の彼の目が、ハトバを見ていた。


 ハトバは瞬いた。シキョウのまなざしには、何もなかった。期待も、笑みも。ただ、ハトバの選択を見ている。


 自然と、ハトバは膝を折っていた。


 途端、査問室が水を打ったように静まり返った。


 周囲が望むものは分かっている。それを演じればいいだけ。


 始めに進行役は言っていた。

 跪けと。


 さきほどシキョウは言っていた。

 この黒持ちは命令を聞くと。


 そうして、息をのむ音。


「さあ、お歴々方」


 静寂を切り裂いて、シキョウの一声が朗々と響く。


「わかるだろう? 我々はいまこそ、この絶大な力を持つ黒持ちを、手にするときが来たのだ」


 にわかに高揚感が部屋を満たした。声には出さないが、多くの者が望ましい未来を思い描いて期待に胸を膨らませているのが分かる。


 それがどんなものなのか、具体的なことは分からないが。


 やっぱりニオに怒られそうだな、と頭を垂れながらハトバは思った。



「ならば、忠誠を示せ」


 不意に誰かが言った。年老いた男の声。呼応して、人々が口々に叫び始める。


「そうだ。忠誠を示せ」

「我らに忠誠を示せ。黒持ち」


 それは、どうやって。


「郊外にうろつく不良どもを一掃せよ。そこを縄張りとする黒持ちの生死は問わぬ」


「さすれば、貴様の疑いは晴れよう」


「忠誠を示せ」

「忠誠を示せ!」


 ハトバは黙しお辞儀をしたまま、代わりにシキョウが立ち上がり、彼らの命令に答えた。


「シキョウ第二大隊長が、ハトバ隊に命ずる。郊外にある黒持ちの縄張りへ


 それは、確かな抜け道。シキョウが命令したそれは、ハトバの自由を是とするもの。これはハトバ隊への命令だと。


「ハトバ隊、了解」


 ハトバはシキョウの命令を受理した。





 不良がたむろう郊外は、ながらく一人の黒持ちの縄張りであった。


 ハップという名の老婆で、何十年もの間、アルゴルが迫り町が荒廃するにいたっても、その土地を支配しているという。


 人々の生活圏にほど近いため何人もの黒狩りがハップを始末しに向かったが、実行なしえた者はだれ一人としていなかった。帰ってこなかったり、帰ってきても怪我を負わされていた。


 シキョウも黒狩りだったころ、もうすぐ順番が回ってくるところだったが、その前に黒狩りを辞めたため、噂や記録だけで、実際に会ったことはなかった。


「記録によれば彼女は同級生を複数人殺した容疑がある。両親の殺害によって黒持ちと発覚し、同級生を殺害した犯人だと断定された」


 シキョウは颯爽と紫がかった銀色の長髪をなびかせながら歩き、ハトバにハップについて説明した。それからカシドリに似通った顔立ちで、カシドリがしないような表情で謝る。


「あとから記録を見た私としても、おそらく事故ではなく、殺人事件だと思っている。それほど危険な人物だ。そんなところに君を送り込むことになって、すまない。彼女が居座っている場所は海路への近道だから、戦略的にも押さえておきたい要所なんだ」


 という説明を、部隊室に戻ったところで、話を聞いたニオがキレた。


「は? 馬鹿も休み休み言え?」

「兄上。ハトバも、俺たちも全員対人戦闘なんて積んでいません。危険過ぎます」


 カシドリも苦言を呈する。ニオはさらに言葉を続けた。


「そもそも忠誠って、なに。最悪なんだけど。ハトバに何させるつもりなわけ?!」


 シキョウは肩をすくめた。


「恥ずかしながら、先手を打たれてしまったんだ。だから、ハトバを黙認させるための方便だよ」


「とか言って、ろくなことにならない言葉を使っておいて、信用できるわけないでしょ」


 ニオはシキョウ相手にも容赦がなかった。横で聞いていて、裏表がないというのは彼女のための言葉なのかもしれない、とハトバは思った。


 ニオがハトバを責めるように振り返る。


「ハトバも! どうして了承しちゃったの。ハトバなら、こんなこと無視できたのに」


 そうだろうか。ハトバは同意しかねた。


「僕はいま組織にいるし、君たちもいる。どっちにしたって危ないよ」

「……かもしんないけど」


 言われればその通りで、ニオはしぶしぶハトバの言い分を認めた。


 ハトバが黒持ちだと知れ渡ってしまっている以上、ハトバの身に危険が迫るのは自明の理であり、ニオたちも巻き添えに遭いかねない。手っ取り早く回避するなら、シキョウの手が有効だった。


「先手を打たれたって、シキョウは何するつもりだったの?」


 本当に先手を打たれたのか気になって、ニオはシキョウをねめつけた。


「すこしの間、遠征してもらおうと考えていたんだ。明日にでもね。だから今日は早めに来てもらって、準備に充ててもらうつもりだったんだ。それが先を越されてしまった。私もまだまだだな」


「うさんくさ」

「君が聞いてきたのに」


 反省を足蹴にされて、シキョウは嘆く素振りをする。


「ハトバ。本当に悪かったね。今後とも無茶ぶりをするだろうから、そのつもりでよろしく」


「ねえ、どの口? どの口が?」

「兄上……」


「反省すればこそ。保険だよ」

「……やな保険だ」


 ハトバはつぶやいた。


「ほらハトバも!」


 ニオは我が意を得たりと叫んだ。シキョウはにこやかに笑って聞き流す。


「いやー。多勢に無勢。退散するとしよう。では、武運を祈るよ」

「逃げたー!」


 ニオはシキョウが居なくなる最後まで吼えた。


 ハトバは、ニオをなだめられないものかと思案した。


「命令された任務は、黒持ちが縄張りにする郊外におもむくこと。査問委員会は生死を問わないって言っていたから、戦わなくても、なんだったら、会えなくてもいい」


「でも、いざとなったら戦うつもりなんでしょ」


 ニオは心配そうに言った。カシドリも同じようにうかがう。


「必要になるなら」


 ハトバは淡々と答えた。


 シキョウの説明によれば、その危険性は高かった。


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