異世界戦隊ナロレンジャー

ロイヤルコペンハーゲン3世

序章 なりたくない男

 俺、内藤初(ないとう はじめ)は都内某所にある、城東大学心理学部に入学した。ここはありふれたFラン大学である。特段、心理学に興味があったわけでは無い。ただモラトリアムを延長し、ダラダラと学生という社会的労働免除期間を送りたかっただけだ。

「異世界に行きたい!」

 そう俺が思い立ったのは大学1年生になって最初の頃である。特に目的も無く入学した俺は勉学に励む気など更々無く、一方で退屈な日常に飽き飽きしていたのだ。その俺が辿り着いたのが上記の結論である。

 『異世界研究所』これが俺が立ち上げたサークルだ。。活動目的は"異世界へ行き、異世界人と遊ぶ事"である。

 何でも良かったのだ。ただ、馬鹿馬鹿しい事に興じて退屈を忘れたかったのである。今、思えば俺は将来への漠然とした不安から逃れたかったのかもしれない。


 3年後の8月。

「はっちゃん、起きてよー。着いたよー。」

 若い女の子の声と共に、俺は優しく揺り起こされる。

 『はっちゃん』とは俺のニックネームである。俺は目をゆっくりと開けた。そこにはショートヘアで黒髪の少女が微笑んでいた。彼女の名前は伊藤楓(いとう かえで)。俺の幼馴染であり、我が異世界研究所のメンバー1号である。

「おぉ、ありがとう『愛人1号』」

 俺は眠い目を擦りながら身体を起こした。誤解しないで欲しいのだが『愛人1号』というのは、俺専用の彼女への愛称である。とある事がきっかけで、彼女の事をそう呼ぶ様になったのだ。断じて不純な関係では無いし、何より俺は童貞だ。

 ブォー!と汽笛の音が俺の意識を完全に覚醒させる。俺は今、プライベート船の中に居た。どうやら移動中に寝てしまったらしい。船は既に目的地に入港している。

「おーい!部長、早く降りろよ!置いてくぞ!」

「早く、早く!」

 船外の男2人が荷物を持って叫んでいた。2人はアロハシャツにサンダルと、完全に南国で遊ぶ気満々である。俺を「部長」と呼んだ茶髪の男は国崎聡(くにさき さとし)。異世界研究所のメンバー2号だ。そしてその隣に居る、サングラスにロン毛の男は戸山浩二(とやま こうじ)。同じく異世界研究所メンバー3号である。

「おう、今行く!」

 俺は、自分と楓の分の荷物を持って船を降りた。

 ミーン、ミーン、ミーェァ!

 蝉が人間で言うところの『一発ヤらせろよぉ!!』と、下心丸出しな鳴き声を上げている。茹だる様な暑さに青い空。炎天下の日差しがかなり眩しい。

 俺達『異世界研究所』のメンバーは夏休みを利用し、都心を離れて南の無人島へ来ていた。

 『禍ノ縁島(まがのふちじま)』。此処には「1000年前に異世界から赤い瞳と白い体の龍が現れ、海の底へ消えて行った」という伝承がある。俺達はこの伝承を検証し、異世界へ行く方法を解明しようとしていた。

「うーん!青い空に綺麗な海!良い所だなぁ!」

 聡が嬉しそうに言った。

「そうだね。でも本当に人が居ないなぁ此処。」

 そう言いながら浩二は辺りを見渡す。一応道路は整備されているものの、人の気配は無い。周囲は海に囲まれ、内陸部には山林が広がっている。

 俺達は宿泊先に向かって、堤防沿いを歩き始める。直角なコンクリート堤防の下には美しい青い海が広がっていた。灼熱の太陽の熱を潮風が程よく冷やして心地が良い。

「島全体が私の家の所有物だからね。でも安心して。これから泊まる別荘は使用人が管理してて、食料も温泉もあるから。」

 楓が事も無げに言う。彼女の実家は資産家なのだ。この島も彼女の家の所有物である。

「うほー!めっちゃ楽しみだ!」

 聡のテンションは高い。旅行で舞い上がっている様だ。

「ところで楓ちゃん。」

 聡の声のトーンが変わり、楓に流し目を送り始める。

「今晩、俺とデートしない?」

 旅行先でハイテンションな彼は、ナンパを始めた。

「あ、ごめんなさい。私、はっちゃんの『愛人1号』だから。」

 楓は笑顔で受け流す。

「ノォォォ!!」

 瞬殺であった。

「ハハハ、聡はこれで56回、楓ちゃんに振られているね。」

 浩二が普通に笑いながら言った。

「お前はいつも舞い上がると、『愛人1号』をナンパするからな。」

 いつもの事なので、俺も普通に接する。

「黙れぇ!部長には独り身の辛さは分かるまいて!」

 聡が口を尖らせながら俺に言った。かと思えば空を見上げて嘆き始める。

「嗚呼、神よ!何故部長よりイケメンで技量の良い俺がモテないのか!」

「さらっと、俺をディスるな。」

 俺は聡の頭を軽く小突いた。

 浩二はこんなお調子者だが、実際は女にモテている。コイツ(聡)が複数人の女性に告白される場面を、俺は複数回目撃していた。だが、その全ての告白を聡は断っている。ヒョウキンぶっているが、聡は本気で楓の事が好きなのだ。

「まぁ楓ちゃんは、初が本気で好きだからね。」

 さらっと、浩二が言い放つ。彼は思った事を率直に言う性格であった。

「「…。」」

 ポッと、俺と楓は赤くなる。そう、楓は俺の事が好きなのだ。直接告白された訳ではないが、幼少期からの付き合いである。雰囲気や態度からそんな事は、とっくの昔から知っていた。

「不思議な関係だよね。『愛人1号』なんて呼んでるのに、付き合わないなんて。」

と浩二。

「本当にそうだよな。」

と遠い目をしている聡。

「…。」

 少し気まずくなった。

「ナマハゲしろまぁぁ!」

 俺は突如荷物を放り出し、海の中に飛び込んだ。海水のしょっぱさと冷たさが気持ち良い。

「は、はっちゃん!?」

「な、何してんだよ!?」

「おい!大丈夫か!?」

 頭上から心配する仲間達。

「知ってるか?この島には『ナマハゲしろまぁぁ』!と叫んで海に飛び込むと、時々異世界に行けるらしいぞ!」

 俺は大声で叫んだ。勿論、そんな事は出鱈目である。

 ポカーンと、3人は呆気に取られた顔で俺を見ている。

「部長命令だ!全員飛び込めぇぇ!」

 力の限り俺は叫んだ。

 戸惑う3人であったが、始めに楓が動いた。

「な、なまはげしろまぁぁぁ!」

 彼女は叫びながら海に飛び込む。

「よく分かんねぇけど…。ナマハゲしろまぁぁ!」

 聡が続いて飛び込んだ。

「面白そう!ナマハゲなんとかぁぁぁ!」

 浩二が楽しそうに飛び込んだ。

 海に飛び込んだ俺達は、なし崩し的に水を掛け合ったり泳いだりして、はしゃぎ回った。

 結局日が暮れるまで俺達は遊び、心配して迎えに来た使用人兼管理人のおじさんに怒られるのであった。


『初…。来て…お願い…こっちへ…。』

 ガバっ!と俺は飛び起きる。そして辺りをキョロキョロと見渡した。

 そこは俺、聡、浩二の男3人組の寝室であった。壁掛け時計を見ると夜の1時を回っている。

「気のせい?」

 誰かに呼ばれた様な気がした。それも深い闇の中から…。

「ぐぉぉお!(聡のイビキ)」

「ギリギリ!(浩二の歯軋り)」

 俺の隣では、昼間に遊び疲れた聡と浩二が爆睡している。

「う、うるせぇ。」

 2人のイビキ&歯軋りのダブルコンボで俺の思考は妨害される。更に男3人のむさ苦しさもあり、室内は蒸し暑い。

「少し、外を歩くか。」

 俺は火照った身体と頭を冷ます為、海岸へと向かった。


 今宵は満月で明るく、懐中電灯は要らなかった。都会から離れたこの島には人口の光が極端に少なく、美しい満点の星空が広がっている。何となく、俺はビーチサンダルを脱いでみた。

 ザッ、ザッ。裸足で砂浜を歩く。細かい粒子の砂が妙に心地良かった。

 俺は少し歩いてから腰掛け、空を見上げた。

 月明かりに照らされた夜の海と、満天の星空が俺を包み込む。

「わぁ…。」

 その美しさに、思わずため息が出た。まるで自分が見た事もない異世界に吸い込まれた感覚を抱いてしまう。ひょっとしたら、あの赤い龍の伝承は、この空を見た島の人が作り出した、フィクションなのかもしれない。それ程までに、この風景は美しかった。

「わっ!」

「うひゃぁ!」

 背後から急に驚かされ、俺は頓狂な声を出してしまった。

「か、楓!」

「アハハ。ごめんごめん。」

 そこには楓が居た。透き通る様に白いワンピースを着ており、それが潮風に旗めいている。

 月明かりに照らされ、悪戯っぽく笑う彼女は妖精の様に美しかった。

「はっちゃんも眠れなかったの?」

 彼女は俺の隣に腰掛ける。

「あ、ああ。」

 俺は少し気圧されていた。一説によると、満月は異性をより魅力的にするらしい。今宵の彼女は何処か魅惑的であった。

 ザザァー。夜の波が海岸に打ち寄せる。

「「…。」」

 暫く俺達は無言だった。気まずい訳では無い。自然に、俺達は夜の海を一緒に楽しんでいたのである。

 ふと、楓が俺の手を握ってくる。俺がその手を握り返すと、彼女は俺の肩に寄り添ってきた。柔らかさと体温が伝わってくる。

「こうしてると15年前を思い出すね。」

 楓が呟いた。

「そうだな。」

 俺は15年前に想いを馳せる。


 俺は普通のサラリーマンの家庭に生まれた。本来であれば、平凡な俺と資産家の楓は交わる事は無かった。だが俺の母と、楓の母が行き付けのヨガ教室で意気投合した事で、俺達は幼馴染になったのである。1人っ子だった俺にとって彼女は妹の様な存在であった。

 15年前、資産家の娘である楓に婚約話が持ち上がった。相手は大企業役員の御曹司である。婚約は楓の意思とは関係無く、彼女の厳格な父親によって進められた。子供の楓にとって父親は怖い存在であり、反論する事が出来なかったのである。

「はっちゃん、私怖いよ…。」

 幼い楓はあの時も俺の手を握り、俺に寄り添ってきた。震えながら涙を流す楓を見た俺は、強い憤りを抱く。気が付くと、俺は楓の父に殴り込みを仕掛けていた。

「楓は渡さない!楓は、楓は…。」

 あの時の俺は子供だった。この場合に相応しい言葉というものを知らなかったのである。だから咄嗟に母が見ていた昼ドラに出てきた単語を口走っていた。

「俺の大切な『愛人』だァァァァァ!!」

 今だから思う。そこはせめて「恋人」とか「婚約者」と言うべきだった。だが言葉を知らない俺は「愛人」という単語を選んでしまったのである。

 勿論、楓の父は烈火の如く怒った。

「人の娘を愛人呼ばわりとは、何様だぁぁ!!」

 大人に本気で怒られ、ゲンコツも何発か喰らった。泣いたね。大人にあんなに怒鳴られて怖かったし、痛かったから。

 それでも俺は、

「うるさい!愛人だ!愛人なんだァァァァ!」

 と鼻水を垂らして泣き叫び続けた。半分意地で、もう半分は妹の様に思っていた楓をどうしても助けたかったのである。今思えば、実の父親に向かって娘を愛人呼ばわりした俺はかなり最低だと思う。

「パパ、やめて!!私は、はっちゃんの『あいじん』だもん!『あいじん』!」

 俺があまりにも情け無かったのだろう。後ろに居た楓も俺に便乗して泣きながら『あいじん』コールを連発した。

「か、楓!お前は愛人の意味を分かっているのかァ!?」

「知らないもん!でも婚約はイヤぁ!わたしは、はっちゃんの『あいじん』だもん!」

 その後、俺は楓の家を暫く出禁になった。

 だが、俺の起こした騒ぎがキッカケで楓が婚約話を嫌がっていた事がハッキリする。婚約話の方は、楓の母が反対し破談となった。楓の家は「かかあ天下」なのだ。彼女の母親の活躍で俺の出禁も直ぐに解かれ、再び俺達は一緒に遊べる様になった。

 また楓の意向もあり、俺はこの時の出来事から彼女を人前で「愛人」と呼ぶ様になったのである。その際素直に「愛人」呼びは躊躇われたので「愛人1号」と、若干濁して呼ぶ事となったのだ。


「結局、俺は何も力になれなかったな。」

 俺は過去を思い出し、こっ恥ずかしさと情け無さで自嘲しながら呟いた。

「そんな事無い!」

 楓が突然大声を出した。

「か、楓?」

 普段とは違う様子の彼女に俺は困惑する。

 ズサっ。突如、楓が俺を押し倒して馬乗りになる。満天の星空を背景にした彼女は涙を流していた。

「そんな事、無いよ…。私は…はっちゃんのお陰で…。」

 消え入りそうな声で彼女は顔を近付けてくる。

 ドクン、ドクン…。

 この高鳴る心臓は俺のものだろうか?それとも彼女のものだろうか?

 直後、俺達は静かに唇を重ね合わせた。


「…じ、じゃあ、私は先に寝るね。」

 少し着崩れた浴衣を直し、顔を真っ赤にした楓が自室のドアを開ける。

「お、おう。また明日な…。」

 俺も顔を真っ赤にしながら、ぶっきらぼうにその背中を見送った。

 あの後の事は…。まあ、紳士淑女諸君のご想像にお任せしよう。兎に角、俺は夜も遅いので楓を部屋に送った。本音を言えば、一緒に寝たかったのだが…。

「さて、俺も寝るかな。」

 俺はまだ高鳴る心臓を宥めながら、スマホのライトをつけた。そして薄暗くて長い廊下を歩いていく。

 ミシッ、ミシッ。年季の入ったフローリングが歩く度に音を立てる。正直、不気味だ。楓の別荘は俺の家の3倍は大きかった。平屋建てで横に長く、部屋も複数ある。別荘というよりも、旅館の体を成していた。

 何故部屋が複数あるのに、俺達男3人がタコ部屋なのか。それは部屋の殆どが倉庫として使われていたからである。楓の両親は旅行好きだ。その為、世界中の珍しい土産や動物の剥製なんかが部屋に押し込められている。

 ふと、俺の視界の端で何かが光った。

「うおっふ!」

 俺は頓狂な声をあげてスマホのライトを向ける。

「なんだ。トムソンガゼルの剥製か。」

 どうやら剥製の目がライトに反射したらしい。

 気を取り直して再び歩き出す。

『待って…。』

「!?」

 闇の底から響く様な声に、俺は足を止められる。

 今、確かに声がした。

「え、えっと…誰かいますかー…?」

 恐る恐るライトを、声がした部屋に向けてみる。だが返事は無い。

 何気なく、俺は瞬きをした。そう、我々が数秒に一度行う、あの瞬きである。

「っ!?」

 目を閉じ、開くとそこは別世界であった。

 空は漆黒の闇。そして俺の目の前には、石造りの上り階段が天に向かって延びていた。その無数の階段一つ一つに、ボロボロの鳥居が建っており、不気味な空へと続くトンネルを作っている。鳥居には黒ずんだ、しめ縄とボロボロのお札が貼り付けられていた。階段の一つ一つには蝋燭が灯っており、不気味にゆらゆらと揺れている。それはまるで夜の稲荷神社に迷い込んだ様であった。

「な!?え!?」

 俺は突然の出来事に戸惑い、挙動不審となる。だが、すぐに動きを止めた。

 ヒタ…ヒタ…。

 誰かが裸足で上から降りて来る。そんな足音がした。空気も急に冷たくなり、肌寒さを覚えた。

「おいおい…。」

 反射的に逃げようと、俺は後ろを振り向く。俺の背後には一寸先も見えない闇が広がっていた。スマホで照らすも、焼け石に水。全く先が見えない。

「わっ…わっ…。」

 ど、どうしよう…。俺の頭はパニックに陥った。その時である。

「わっ!」

 ヒョコっ、と俺の顔を、白髪赤眼の女が覗き込む。

「ウヒョォォォォ!」

 俺は頓狂な声を上げて尻餅を付いた。

「『うひょぉぉ』って。ぷっ、あははは!何その叫び声!」

 俺の反応を見て少女は笑い転げる。そう、少女だ。赤い和服に、可愛らしい声。だがその髪は雪の様に白くて艶があり、その目は血の様に赤黒い。

「え!?え!?君は…誰?」

 戸惑う俺を、白髪赤眼の少女は妖艶に笑いながら見ている。

「私?私は…」

 少女は少し考え込んだ。

「禍理(まがり)!宜しくね!初!」

 禍理って…変わった名前だな。

「って、どうして俺の名を知っているんだ?」

 俺は名乗ってなどいない。にも関わらず、彼女は俺の名を呼んだ。無意識に恐怖で身体が緊張する。

「君の事は何でも知ってるよー。」

 禍理は愉快そうに笑いながら言う。

「内藤初、自分のなりたい職業がわからない大学4年生。大学卒業も怪しくて、自宅に強制送還させられそうになっている冴えない青年君。」

 図星であった。それだけに俺はムッと不機嫌になってしまう。そんな俺を彼女はケラケラと挑発的に笑った。

「俺に何の用だ?第一、此処は何処なんだ?」

 苛立ちから、物言いがストレートになる。

「質問が多いねー。此処は世界と『厄災の闇』の狭間の空間。」

 『厄災の闇』?何の事だ?

 俺の疑問に構う事なく禍理は続ける。

「君への用はー、これ!」

 ポーンと、禍理は俺に何かを放り投げてくる。

「わっ!?」

 パシっ。俺は何とかそれをキャッチする。それは赤黒く、中央にシワのよったボール型の玉であった。正直気持ち悪い。

 次の瞬間、その玉は俺の手をすり抜ける。そしてそのまま俺の腹に吸い込まれていった。

「は!?え!?」

 俺は突飛な事態に困惑し、身体中を見渡す。だが玉は跡形もなく消えていた。見間違いでなければ、あの玉は確かに俺の腹に吸い込まれている。

「お、おい!あの玉は何なん…だ?」

 禍理の方を見たが、彼女は居ない。

「じゃ、頑張ってねー。」

 唐突に禍理の声が耳元で聞こえた。彼女は素早い動きで俺の側まで忍び寄って来たのである。

 チュッ。彼女は突如、俺の頬にキスをした。

「なっ!?」

 突然の事にパニックになる俺。だが、彼女の姿は無く、あの異様な空間も無くなっていた。いつの間にか俺は別荘の部屋に戻っていたのである。

「ゆ、夢なのか…。」

 俺は惚けていた。だが頬に残る柔らかい感触、何よりも俺の手の中にある赤黒い球体が、この状況が現実的だと知らせている。

 妖艶な白髪赤眼少女、不気味な『厄災の闇』なる異空間。あれは一体何なのだろうか?俺は少し考え込む。そして…

「寝るか。」

 取り敢えず部屋に帰って眠りに着いた。


 翌日以降、俺達『異世界研究所』は異世界へ行く方法を見つけるという名目で山を探索し、海で大いに遊んだ。結局「異世界に行く方法を探す」なんてのは、後腐れ無く夏休みを遊び尽くす為の口実に過ぎないのである。朝早く起きてカブトムシ採取もしたし、夜は花火をやりながら酒も飲んだ。

 聡は相変わらず楓の気を引こうと、馬鹿をやってケツに花火を突き刺して走り回っていた。

 浩二は下戸の癖に酒を飲み、ゲェゲェと吐きまくっている。

 楓とはあの夜以降、より親密になった。恋人かと聞かれれば、よく分からない。友達以上恋人未満というべきだろうか。俺と楓はお互いに気を遣っていたのかもしれない。関係をハッキリさせてしまったら、俺達『異世界研究所』は、こうして遊ぶ事は出来なくなると悟っているから。

 俺は願う。いつまでもこの時が続いて欲しいと。そう遠く無い未来、俺達は社会人にならなくてはならない。きっと社会人になったら、この楽しい時間は無くなってしまう。だから俺は思うのさ。『何者にもなりたくない』ってね。そうすればいつまでも仲間達とダラダラ遊んで、楽しく過ごせるんじゃないかって。

 因みに、昨日の白髪赤眼の少女と赤黒い球体の事について、俺は考える事を止めた。俺は今この時を楽しみたかったから。

 後々、この物体が俺の人生を大きく変えるとは梅雨知らずに。

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