第20話 Power of Unity
「
地面から突然発生する氷の槍を、わたしは急停止することでやり過ごす。スピードを下げた瞬間、見計らったかのように飛来する炎。正面から3発……だけじゃないっ!
「はあッ!」
前方への跳躍。もし判断が遅れていれば上から接近していた4本目の矢に射抜かれていただろう。本当に油断も隙もあったものじゃない。
「お返しっ!」
手近にあった手のひら大の石ころを投擲。狂戦士の王の膂力なら何を投げてもまあまあの威力にはなる。魔法を使えない今は、これが唯一の飛び道具だ。
「チッ!」
ヒュンッ!っと音を立てて飛ぶ礫は、当然ながらアアルには避けられてしまう。けどそれは予想通り。いままでずっと突撃しかしていなかった分、いきなりの遠距離攻撃は無警戒だったはず。かくして生まれたその一瞬で、わたしは一気に距離を詰めることに成功した。
「小賢しいなぁ!!」
「あなたこそっ!」
わたしの戦闘スタイルがわかってるからだろうけど、こちらからすれば引き撃ちやら爆発やらで接近戦をしないアアルの方がよっぽど小賢しい。そんな恨みを剣に乗せて叩きつける。が、全体重を込めた一撃も、戦果は氷の防壁にヒビを入れるぐらいしかできない。
「かったっ!?」
「知るかよそんな戯言よォッ!」
競り合っていた相手の腕から、枝分かれするように氷結した棘が伸びる。ああもう小技が多いっ!
避けようと思えば避けれる攻撃。けどわたしは敢えて受ける。
「いッ!」
「あ゛?なんだバカかぁ?」
自分の肩に冷たい刃が侵入する感覚。それから間髪入れずやってきた痛み。だけど……覚悟をしていればこんなものッ!!
「こんじょーーー!!!」
「んなッ!?」
もう時間がない。
アアルはさっきからずっと中距離を保とうとしている。それは多分、わたしが今ほとんど魔法を使えないことに気付いたからだ。だとすればここで引いたら次近付けるチャンスが来ないかもしれない……。だから、今確実に倒すっ!
鞘に入れた片方の剣を逆刃にして抜き放つ。高速の抜刀をこの距離で躱せるはずもなく、斬撃はしっかりと命中した。当たったとこから流れ出る血が、ダメージになっていることを証明するッ!
「ぐッ!!」
「これでトドメ──」
振り切った剣を空中で持ち直し、勢いをつけて振り落とす。確実に当たるっ!倒せるっ!
──その時、アアルと目が合った。さっきまで焦っていたように見えた彼の顔が、今はまるで"悪"を体現するかのように笑っている。
「
「ヤバッ──」
気付いた頃にはすべてが遅い。
攻撃を受けることで時間を得る。たった今、わたしは目の前でそれをやって見せた。これはつまり、覚悟さえあれば簡単に反撃できるということ。
──そして、覚悟を出来るのはわたしだけじゃない。
「
アアルが踏みしめた地面が、轟音を立て爆発する。
◆◆◆
「はぁ……はぁ……げほっ!」
「チッ!これは燃費悪ぃから使いたくねぇんだっつーの」
まずい、もろに喰らった…ッ!全身が熱いっ!
炎の向こうからアアルが迫っているのが分かる。このままじゃ殺されるっ!わたしは剣を支えにしてなんとか立ち上がろうとする。
「クヒッ……。ずいぶん頑張ったなぁ。仲間を逃がし、命を削り、俺とここまでやりあった……」
ザクザクと、男がこちらに近づいてくる。森中に引火し、まともな足場がない中で、彼の足元には氷が張っていた。なるほど、こうやって自分が燃えるのを防いでたんだね。
「だが残念だったなぁ?オマエと俺じゃぁレベルが違う」
漆黒の翼を広げ、わたしのことを嘲笑うアアル。顔から流れる血を拭い、ペロリと舌なめずりをする。
「命を使おうが、覚悟を決めようが、そんなもんはなぁ!圧倒的力の前には無意味なんだよ。オマエみたいな弱者、本来俺達に一矢報いるのだって許されねぇ!許されるはずがねぇんだよなぁ!!」
アアルの腕に再び炎が集い始める。この感じ……多分さっきのおっきい火球だ。万全な状態ならともかく、満身創痍の体で対処できるかどうか……。
「
「(まずい……本当にっ!)」
アアルの手から魔法が放たれようとしたその時だった。
「あ゛?なんだぁこの揺れはぁ……」
異変に気付いたのは、わたしだけじゃなかった。
唐突に、地面が小刻みに震え出す。それはまるで地震の前兆のようだけど……。迷宮内で地震は起こらない。火山系の迷宮ならばいざ知らず、ここは普通の熱帯雨林。だとすればこの現象は……。
その可能性に思い当たった時、既に状況は変わっていた。
「
森の奥から、黒い津波が噴き出す。その正体は夥しい数の魔物の大群。直前の振動は、魔物達の走ることによる地鳴りだったんだ。そして、千葉124迷宮の北側に生息する魔物は──。
「
「んだオマエらはァ!!」
漆黒の甲殻に身を包み、巨大な顎をガチガチと鳴らす魔物達が、怒りを露わに突っ込んでくる。それを見て咆哮したアアルは、右手に纏わせていた炎を魔物の群れへと投げ込んだ。すさまじい威力の爆撃は着弾地点とその付近にいた魔物達を木っ端微塵に破壊する。ただ──。
「チッ!ムシケラどもがうっとおしいなぁっ!!」
それにより、魔物達の意識は一斉にアアルへと向く。
「(ラッキー!)」
魔物の現れた方向が良かった。
先にアイツの方へ行ってくれたおかげでわたしが標的にならずに済んだのだ。
「いやでもこれどういうこと!?」
突然の乱入者。森に火が放たれたわけだし魔物達が怒るのも無理はない。実際門の周りは魔物で埋め尽くされてたし……。けど、それにしたってタイミングが良すぎる。わたし達が戦ってる場所にピンポイントで来るなんて、まるで誰かがここに呼んだみたいじゃ……。
「……ますか……か……」
「え?」
今誰かの声が……?
近くを見渡すと、いつの間に肩に小鳥が留まっている。銀色に光るそれには見覚えがあった。
『聞こえますか!ほのか!』
「うわぁ!鳥がしゃべ──ってさやかちゃん!?」
『よかった!無事だったんですね!』
肩の鳥から喜色をはらんだ声が聞こえる。無論、その正体は彼女の魔道具、
喜びもつかの間に、彼女の声色は一気に冷え込む。
『ほのか。落ち着いて聞いてください。たった今、あなたの居る場所に
な、なんという無茶な作戦……。
そもそもいつもの彼女ならわたしを危険に晒すようなことは絶対にしないはず。にもかかわらず決行したのは、慣れた魔物より知らないアアルの方が危険度が高いと判断したからだろう。
『かえでは搬送しました。命に別状はありません。ですから、ほのかが戦う必要はもう無いんですっ!巻き込まれる前に撤退してください!』
「よかったっ!かえでちゃん無事だったんだねっ!」
そも時間を稼ぐための戦い。みんなが逃げ切れた以上、戦う理由はなくなった。
でも──。
「ごめんねさやかちゃん。わたし、やっぱりアイツを倒すよ」
『……理由を尋ねても?』
「直接戦ってわかったの。アアルはものすごく強い。多分、
『まさか、そんな……』
バカな、ということは無い。
アアルの配下だったであろう怪怪鳥ですら、容易く
「もしアアルが勝ったら、アイツはこの先ずっとわたし達を狙ってくると思う。そうなったらもう迷宮には行けないし、最悪こっちの世界まで追ってくるかも……」
『……』
「だからそうならないように、今ここでアイツを倒す」
『本当にあなたって人は……。……わかりました。わかりましたが──』
一瞬だけ寂しそうになった後、彼女の声色は元に戻る。そしてわたしの友達は、力強い口調で言った。
『約束、忘れないでくださいね』
「わかってるって!」
肩から鳥が飛び立っていく。戦闘態勢に入ったからだ。
力を抜き、下段に剣を構える。大丈夫。体中が悲鳴を上げても、力で負けていようとも、強い気持ちさえあれば戦える。だって──。
『──必ず無事で戻ってきてください』
脳裏にさやかの声が蘇える。
そうだ……。わたしには約束がある。それは何よりも優先されて、守らなきゃいけない大切なもの。またみんなと一緒に探検をするために。
「
わたしから視線を外し、魔物の相手をするアアルを捉える。
この少ない猶予を使ってアアルを撃破し、
その為にはまず──。
「とりゃーー!!」
「チッ!うっとしいッ!」
流石に警戒されてるよねっ!
不意打ち気味の背中からの奇襲。けれどそれは地面から伸びた氷柱で塞がれてしまう。さらに氷の上からは放射状に矢が落ちてきて──。
「いやぁッ!!」
わたしは矢の間を縫うように跳躍。
周りに作られた無数の氷壁を足場に、飛び石のようにアアルへと距離を詰める。
「ギギギィッ!」
「ごめんねっ!」
足場がないところは魔物達の体を足場代わりにした。優しく乗ったから許してっ!
接近は分かっているだろうに、アアルは魔物達の相手ばかりでわたしに手が回らないみたい。当たり前だけど、魔力がなければ魔力探知には引っかからない。魔物からすれば、魔力がゼロの今のわたしはさながら透明人間だ。攻撃はその分あちらに集中する。
「クソッ!!邪魔だムシケラどもがァ!!
「させないッ!!」
咄嗟に剣を投げつける。
最高速の一撃。その威力は小石とは比較にもならない。魔物への対処に気を取られていたアアルに、その奇襲は効果てきめんだった。剣は肩に深々と突き刺さり、男は苦悶の声をあげる。
「ぐッ!オマぐふッ!?」
剣を追いかけるように近付いたわたしは、その勢いを拳に乗せ、全力で彼の顔を殴りつけた。まるでトラックにでも轢かれたかのようにアアルが吹き飛んでいき、刺さっていた剣は反動によって弾き出される。それが落下するよりも早く駆けつけたわたしは、剣をキャッチしながら尚走るッ!
「逃がさないよっ!」
「ガキがァ!!俺の邪魔をッ!!するなぁッ!!!」
鮮血をまき散らすアアルの背中から、大量の矢が噴き出す。
「認めねぇ!認めねぇぞッ!弱ぇ奴はただ奪われるっ!それが世の理だろうがッ!!ソイツが偽もんだとしたら、俺は……俺はァ!!!」
正面から迫る矢軍に加え、地面からは突き出る氷柱。本来なら絶対に避けれない攻撃。
けど、大きなダメージを受け、また冷静さを失ったアアルの攻撃は、さっきまでと比べ明らかに精彩を欠いている。ある攻撃は弾き、ある攻撃は逸らし、ある攻撃は回避し、そうして数秒経てば、そこはもう敵の目の前だ。
「何のために力を得たんだよぉッ!!」
アアルが振り上げた拳は、氷の塊がまとわりつき槌のようになっている。
狂戦士の王を使った斬撃すら通さない硬度、そこにアアルの人外の膂力が組み合わされば、どんな相手も叩き潰す必殺技になるだろう。
「
──だけど、その攻撃は届かない。
「
これはわたしの能力を組み替える魔法だ。
魔法系の能力全部を物理に振りなおすことで、爆発的な戦闘力を得るこの魔法は、使ってる間は魔力が0になるせいで途中でステータス配分を変えることはできない。
けど、その制限には例外がある。
魔法が解け、魔力が戻ってくる時。この一瞬だけは、魔法を重ねることで割り振りを変えることができる。それは例えば、"腕の筋力だけ"に能力を集中させることだって──。
「
振りぬかれた神速の斬。
それに乗せた想いの力が、ついに魔王の使徒を打ち砕いた。
◆◆◆
「グアアァァッ!!!」
断末魔が森に響き渡る。
全力の一撃。それを正面から受け、アアルの魔法は砕け散った。彼の体は何本もの木を破壊しながら吹き飛び、そのまま見えなくなってしまう。あれだけ強大だった魔力も、今はほとんど感じられない。
「はぁ……はぁ……。やった……うあっ……!」
直前までみなぎっていた力が急速に抜けていき、わたしはその場に倒れ込んでしまう。
視線を上げると周りの氷柱が溶け始めていた。
アアルが倒れてただの氷に戻ったのだろう。炎の熱に当てられて、それらは徐々に小さくなっていく。
「ギギィ……」
「あはは……。そうだったね‥…」
少しすると、氷の向こうから魔物達の顔が覗いた。
さっきまで攻撃されなかったのは、狂戦士の王のデメリットで魔力がほとんど無くなっていたからだ。魔法が解け、魔力も戻ってきた今、彼らがわたしを狙わない理由はない。
「(ダメだ。指一本も動かせないっ!)」
手も足も、全力で動いたより更に何倍も疲れた。ましては魔物は第3等級。本当なら万全でも戦闘はしたくない。こんなんじゃ戦うどころか逃げることだって出来やしない。
このままじゃさやかとの約束を破ってしまう。
あの子は怒るとめちゃくちゃ怖い。だから約束は破れないっ!
「(むー!!!動けー!わたしの体ッ!)」
目の前までやってきた1匹の蟻が、大顎をガチガチと鳴らし口を開ける。口内には触角のような無数の器官が生えていて、それらは別々の生き物のようにワシワシと蠢いている。
「ギャーッ!!キモいッ!誰か助け──」
「ほのかっ!!」
突如吹き抜ける一陣の風。
それが過ぎ去ったと思った直後、わたしは空の上にいた。違う、正確に言うとわたし達だ。
「シエラちゃんっ!?なんで!?」
その正体はシエラだった。
純白の翼を羽ばたかせ、一気に空へ飛びあがった彼女の姿は、千葉12迷宮での一幕を思い出す。けれど、その羽の先はところどころ黒いすすがこびりついていた。
「ほのかっ!アアルはッ?」
「倒したよ」
「え」
シエラの纏う空気が軟化する。
その変化は、どこかに連れていかれてるみたいになってるわたしにもすぐ伝わった。
「そっか……。ん、そっか……」
シエラの反応は思ったより淡泊だった。
怒りとも悲しみとも違う、強いて言うならこう、気まずい感じというか──。
「(あ……)」
そっか。
多分、シエラは一緒に戦いに来てくれたんだ。けど、先にわたしがアアルを倒しちゃったから遅れてやって来たみたいな形になっちゃったんだ。だからなんか微妙な反応に……。
「気持ちは嬉しいけど……。さっきも言ったけど、シエラちゃん怪我人なんだよっ!傷が開いたら危ないじゃんっ!」
「シエラ、もう元気いっぱい」
「嘘をつけ~?」
血は止まってるのかもしれないけど、肩や脚に包帯を巻き、顔にもガーゼを貼ったその姿は見るからに痛々しい。多分体だって全然本調子じゃないはず。そんなわたしの意図を察したのか、彼女は続ける。
「ほのか、シエラが人を助けられるって言った。シエラは、その言葉を本当にしたかった」
「……」
「シエラはほのかに死んでほしくなかった。助けたかった。これがシエラの本音」
「……そっか」
月明かりに照らされ、シエラのキレイな横顔が見える。
シエラもわたしと同じなんだ。
友達を助けたくて、命がけでここまで来てくれたんだ。だとしたら、わたしが伝えるべきは小言じゃないね。
「助けてくれてありがとう。シエラちゃん」
「ん。ほのかも、シエラの為に戦ってくれてありがとう」
「──ふふっ」
「?」
面と向かって感謝を言い合うのが、なんだか少しくすぐったい。それはシエラとわたしが似た者同士だったからかも……なんて思った。
「というか──」
シエラが視線をわたしに向ける。
「そもそも、そんなに血だらけのほのかに言われたくない」
「大丈夫大丈夫!これほとんど返り血だし出てても鼻血ぐらいだし」
そんなに汚れてたかな……。
気になって顔を拭う。すると手は真っ赤に染まった。まだ固まっていない血が、夜空の向かい風で散っていく。
「あれ?」
なんか、思ってたより出血が多い。
というかこれ鼻血じゃない気も……。
「うッ!?」
直後に発生した猛烈な吐き気。
わたしは耐えきれずにそのまま空中で嘔吐する。押さえた手には胃液じゃなくて大量の赤い液体が乗っていて──。
「ほのかっ!?」
「きゅ……」
あ、迷宮内だから救急車は来ないか。
「(これヤバいかも……)」
意識が朦朧として、シエラの声が遠ざかっていく。
明らかに良くない状態。かといってなにか出来るわけでもない。
──夜風に吹かれる森を最後に、わたしの意識は暗転した。
◆◆◆
次回は1章のエピローグとなります!
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