第12話





 ボクシングのフックのように振るってくる右前足をとんぼ返りで避ける。同じように振るってきた反対の足をバックステップで回避した後、ワイルドベアが体勢戻す前に側面に回り込み、そのままの勢いで後ろ足に蹴りを繰り出す。短く呻きながらも倒れこみ、僕を押し潰そうとしてきたので安全圏まで避難する。背中に向かって攻撃を仕掛けようとすると、そのままの状態で突進してきたので背中を蹴りつけて飛び上がりワイルドベアの体を乗り越える。


 決定打が無い。


 ワイルドベアに何度か攻撃を仕掛けた後にそう感じた。多少のダメージはあるようだが、戦闘に影響を及ぼす程では無いようだ。同じことを続けていてもジリ貧なため、急所を狙いたいが位置が高すぎる。隙を作らず無理に狙いに行ったところで、返しの一撃をお見舞いされて終わりだろう。目に見えたダメージは無いが、少しずつでも蓄積していることを信じて、体の末端を集中的に狙うことにする。


 起き上がったワイルドベアがこちらを睨み付けてくる。苛立っている様子だ。攻撃が当たらずちまちま反撃されているのが気に入らないのだろう。先程からずっと僕を狙っている。僕を無視してマキナちゃんを狙われたらどうしようもないため、このまま僕に意識を向けさせる。


 攻撃を誘発させるためワイルドベアの間合いに近づく。一撃でも貰ってしまえばお陀仏な可能性が高いため、こちらから仕掛けるのではなく相手の攻撃の終わりを狙うしかない。



「グァウッ」



 僕に向かって噛み付いてくるのをサイドステップで躱しながら鼻先を殴りつける。多少怯んだがすぐさまベアハッグを仕掛けてきたので、懐を潜り抜けて後ろ足に攻撃する。とりあえず後ろ足一本に狙いを絞ってひたすら攻撃を加えよう。






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「はぁはぁ」



 息が切れてきた。


 あれから何度も攻撃を加えた。足を引きずり始めたのでしっかりダメージは蓄積していたようだが、それ以上に僕の体力の消耗が大きい。まだなんとか攻撃を食らわずに済んでいるが、このままではやられるのも時間の問題だろう。



「グルルルル」



 こいつも僕達を逃がしてくれるつもりはなさそうだ。こうなったら一か八かだ。全力の一撃をこいつの眉間に叩きこむ。それでどうにかなるかは正直わからないが、体が動かなくなってしまえば賭けに出ることすらできない。


 ワイルドベアが身構えている、どうやら飛び掛かってくるつもりのようだ。


 ちょうどいい、飛び掛かってくるのに合わせて引きずっている後ろ足を念動力で引っ張ってやろう。万全の状態なら通用しなかったかもしれないが、今なら隙を作るくらいはできるはずだ。


 睨み合いながらタイミングを窺う。どちらも動かず、場が硬直する。しばらくの間その状態でいると、焦れたのかワイルドベアが突っ込んでくる。


 今だ!!


 ワイルドベアが突っ込んでくるのに合わせて後ろ足を引っ張ると同時に、僕は周囲の樹を蹴り上げて空中に跳びあがる。バランスを崩して倒れこむワイルドベアの眉間に体の回転も加えた全力の踵落としを叩き込む。



「はあああっ!!」



 狙い通りにワイルドベアの眉間に直撃した。倒せはせずとも昏倒してくれれば逃げることはできるはずだ。体勢を整え一旦距離をとろうとした僕に向かってワイルドベアの前足が飛んできた。まずい、避けられない!



「がああっ!!」



 咄嗟に割り込ませた腕が吹っ飛んだような衝撃。ガードの上から殴り飛ばされ後ろの樹に叩きつけられた。全身に激痛が走る。体がまともに動かせない、たった一発でなんてざまだ。


 流石にワイルドベアもノーダメージではなかったようで、起き上がろうと藻掻いている。とはいえ全く動けないほどではないようでよろめきながらも起き上がっている。


 駄目だ、なんとか体を起こすことはできたが立ち上がれない。意識があるのが奇跡的だと思うぐらい体がガタガタだ。というよりなんで僕は意識を失っていない?万全の状態ではなかったとはいえ、僕よりずっと強いマキナちゃんが気絶するような攻撃を食らったのに。少女のような見た目とはいえ彼女は僕より耐久力もかなり上のはずだ。それなのに何故?


 そんな状況ではないはずなのに何故か疑問が止まらない。


 何かダメージを軽減できた理由があるはずだ。考えられるのは異能しかない。そうやって必死で理由を探っていると何故か感覚的にわかった。命の危機に感覚が研ぎ澄まされているからだろうか?


 笑えてくる。今まで気づかなかったのが不思議でしょうがない。マキナちゃんよりも僕がダメージを抑えれたのは、異能の大半の力を使ってバリアを張り続けていたから。気づかなかったのは村で治療されているときにはその状態だったのでそれが当たり前になっていたから。この世界にある魔素は僕にとっては害になり、それを防ぐために無意識でバリアを張っていたから。


 今まで全く気付かなかったのにバリアに気づいた瞬間様々なことが理解できた。直感でそう思っただけだが何故だか間違っていない気がする。


 バリアを解除して異能を全力で使えばワイルドベアを倒せるかもしれない。この世界に来たばかりのことを考えれば、バリアを解除してもすぐに動けなくなることはないはずだ。


 時間切れになる前にこいつを仕留める。そう意識して僕はバリアを解除した。

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