夢見たものは、、、。
増田朋美
第一章 事件
その日は、雨が降って、多くの人がかったるいなあと口に出して言いたくなるような日であった。それは仕方ないんだけど、なんとかみんな元気にナッてほしいなあと思わざるを得ない日であった。
その日、杉ちゃんとジョチさんこと曾我正輝さんは、近くにある百貨店に買い物にでかけた。百貨店で用を済ませて、さて帰ろうかと駅へ向かって歩こうとしたところ、
「あれ、すごい人垣だぜ。」
と、杉ちゃんが言った。杉ちゃんというひとは、そういうものを見ると、首を突っ込まずにはいられない人であったから、すぐにその中へ入ってしまうのであった。
「一体何の人垣なんだよ。」
「そういえば、このあたりは空き地だったはずですよね?それなのに、いつの間にこんな建物が。」
ジョチさんが言う通り、人垣があるところは、かつて空き地だった。確か、高齢者が一人でくらしていて、後を継ぐ人もいないので、空き地になっていたはずである。
「ええ。それを学校法人が買い取ったようです。」
近くにいた人がジョチさんにいった。
「はあ、学校法人ですか。幼稚園でも作ったのでしょうか?」
ジョチさんが聞くと、
「いえ、高校だそうです。それもワケアリの人のための。」
と、隣にいたおばさんが不服そうに言った。
「全くねえ、こんな静かな土地に、不良のような学校を作るなんて、全く馬鹿げてますよ。もし、不良があたしたちのは家に侵入でもしたらどうします?誰が責任取るのかしら。まったく、困ったものですわ。」
「まあそうなのかもしれないけど。」
と、杉ちゃんが言った。
「そういう不良は、受け入れてくれる学校があるからこそ、発生しないもんだぜ。だから、一概に有害ってことでも無いと思う。それに、そういうやつは非常に傷つきやすいし、それってのは別の意味では、すごいことでもあるからな。」
杉ちゃんにそう言われて、おばさんは黙って何処かに行ってしまった。
「まもなく、校長の、竹沢玲先生が到着します。皆様拍手でお迎えください。」
司会者らしい人が、みんなにアナウンスした。そこへ一台の車がやってきて、みんなの前へ止まった。公立学校の校長は、かなり年を取っていることが多いが、私立学校というとそうではないのかもしれない。予想した通り、司会者が、車のドアを開けると、校長先生と言われた男性が出てきたのであるが、さほど年を取っていない、若い男性であった。それから続いて、一人の女性が現れた。多分、奥さんだろう。皆拍手して迎えているとなると、かなり人徳がある校長先生なのかもしれなかった。しかし、校長先生と呼ばれた男性は、みんなの拍手に答えるのではなく、みんなの前でばったりと倒れてしまった。見物人たちはきゃあとかわあとか叫んで、てんやてんやの大騒ぎでさっと散っていった。奥さんと思われる女性が、一生懸命校長先生に声掛けをしているが、何も反応はなかった。それからまもなく、警察がやってきて、検死とか遺留品の確認などを始めた。校長先生の奥さんにも話を聞きたいと、警察は彼女に言ったのであるが、その女性はああ、とか言うばかりで言葉にならない。幸い、捜査の指揮を取っていた刑事が、杉ちゃんもジョチさんも顔見知りである華岡保男さんだったので、ジョチさんは群衆をかき分けて、華岡に近づいた。華岡は華岡で、奥さんにご主人が車の中で変な事はなかったか聞き出したいようであるが、奥さんは、何も言葉を発しないのだった。
「華岡さん。こうなっては僕らが感情的になってはいけません。お医者さんを呼びましょう。」
ジョチさんは冷静に言った。
「お医者さんだって?俺たちは、話を聞きたいのだが、、、。」
華岡はそう言うが、奥さんは、声を出しても言葉が出ないようなので、ジョチさんの言う通りにすることにした。華岡がスマートフォンでパニックになっている女性が居るので来てほしいと電話をした。幸い、すぐ来てくれたのが救いだった。一台のタクシーがやってきて、白い十徳羽織を着た影浦千代吉が降りてきた。
「精神科医の影浦千代吉です。パニックになっている患者さんが居ると伺いましたので、こさせてもらいました。患者さんはこちらの女性ですか。」
影浦が奥さんに声をかけると、
「は、、、は、、、い、た、、、け、、、。」
奥さんは一生懸命自己紹介しようとするが、言葉になっていない。
「わかりました。まずは落ち着きましょう。ゆっくり深呼吸して見ましょうね。そして、こちらからなるべく離れることです。安全な場所に行きましょう。」
影浦が、彼女をなだめると、
「で、、、も、、、。」
彼女は、まだ検死が終わっていない、校長先生の遺体を見たのであるが、
「いえ、大丈夫です。ご主人のことは、警察にお任せください。それより、早く安全なところに。」
と華岡が言った。影浦先生は、奥さんの手を引いて、彼女をタクシーに乗せた。杉ちゃんが心配なので僕もと言い、近くを走ってきたタクシーを呼んでしまった。杉ちゃんの癖は仕方ないと言いながらジョチさんは、影浦先生のタクシーを追いかけるようにと指示を出した。
とりあえず、影浦先生は、彼女を影浦医院に連れて行き、処置室に連れて行って彼女を休ませてあげた。幸い自傷とかそういう事をするおそれはなさそうなので、そのまま寝かせてやることができた。それと同時に杉ちゃんたちも到着した。
「まず初めに、お名前を教えていただけないでしょうか?」
と、影浦先生が優しく聞くと、
「はい、竹沢、竹沢一恵です。」
と、彼女は呂律が回らない口調で言った。
「はあ、よほどショックだったんだね。まあ確かにそうだよね。ご主人がああなったら、誰だって正気ではいられないよなあ。」
杉ちゃんがそう言うと、
「わかりました。竹沢一恵さん。あなたは、竹沢学園校長の、竹沢玲さんの御婦人で間違いありませんね。」
影浦先生が話を続けた。
「はい、はい、、、はい、、、。」
そう言いながら彼女はまたしゃくり上げて泣き出してしまった。
「あなたは今、興奮状態というか、パニック状態にありますね。まず初めに、薬の飲んで頂いて落ち着きを取り戻してください。眠っても構いません。そんな有害な薬ではありませんので大丈夫です。」
影浦先生は、彼女に粉薬を一袋飲ませた。彼女はそれを飲み干してふーっと大きな息を吐いた。
「影浦先生。今、竹沢玲の死亡が確認されました。ちょっと一恵さんに事情をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうかねえ。」
そう言いながら、華岡と部下の刑事が影浦医院にやってきた。全く警察というのは、もうちょっとこういう人に対して考慮してもらえないかと思うのだが。
「なんですか。せめて3日くらい待ってもらえないでしょうかね。すぐに事件を解決させたいのはわかりますけど、もう少し、彼女に配慮していただかないと。」
ジョチさんが、華岡にそういう事を言うが、
「待ってなんかいられないよ。移動中にご主人がおかしな感じがあったかとか、聞きたいことは山程あるんだよ!」
と、華岡も負けじといった。
「そうかも知れませんが、彼女はいまそういう事はできないのです。もう少し待ってあげてください。彼女が落ち着いたら、連絡を差し上げると言いましたよね?」
影浦先生がそう言うと、一恵さんも一生懸命考えているようであったが、
「それが、思い出せないんです。なんでだろう、主人が車の中でどんな状態だったかなんて、全く覚えていません。どうしよう。警察の方にもわかってもらえないですよね。」
とまだ呂律が回らない口調で言うのだった。
「大丈夫です。恐怖体験というか、精神的なショックで記憶をなくすということは、よくあることです。まず初めに体を休めて、落ち着きを取り戻しましょう。」
影浦先生はそう言ってくれたのであるが、
「それでは、しばらく事情聴取は無理だと言うことですか?」
と華岡が言った。
「ええ、無理です。それははっきりさせておきましょうね。また何らかのきっかけでパニックになる可能性がありますから、当分はあなた方はこちらに来ないでください。」
影浦が言うと、
「何だ!それでは、事件の捜査が全くできないじゃないか!」
華岡は悔しそうに言った。
「まあ、できないって言ったってなってしまったものは受け入れるしか無いよ、華岡さん。他のやり方で、事件を調べるんだな。彼女が落ち着きを取り戻すまで、待っててくれや。」
杉ちゃんができるだけ軽くあしらうようにそう言うと、
「あーあ、俺たちは何のためにここまで来たのか。」
華岡はがっかりして言った。
「仕方ありませんね。華岡さん。こうなってしまうのも、よくあることじゃないの。そう思ってさ、事件を調べてくれればそれでいいよ。そうしよう。」
杉ちゃんに言われて、華岡はしょんぼりとなった。
「そうですよ、警視。医療が必要な人に首を突っ込むと、警察はろくなことは無いって言うじゃありませんか。また、事情聴取に応じることができるようになったら、すればいいだけのことです。とりあえず俺たちは帰りましょう。」
部下の刑事に言われて、華岡は、ドヨンとした顔で、影浦医院をあとにした。
「ご家族とか、連絡先は思い出せますか?」
と、影浦先生が竹沢一恵さんに聞くと、
「ええ、主人と二人暮らしですが、お手伝いできてくれてる方はいましたので、電話すればつながると思います。番号はここにあります。」
そう言って竹沢一恵さんは名刺を見せた。影浦先生はそれを受け取って、書いてある電話番号に電話をした。すると、多分家政婦さんだと思われる中年の女性が出てくれた。影浦先生が、迎えに来てもらえないかというと、すぐ行きますと言ってくれた。
「それでは、定期的にこちらへ通っていただいて診察を受けていただきます。記憶を取り戻していただくまでお願いしますよ。場合によっては、お手伝いの方にもお話をお伺いするかもしれません。ご協力をお願いしますね。」
影浦先生がそう言うと、
「わかりました。」
と、竹沢一恵さんは、頭を下げて言った。
それから数分後に、一恵さんのもとで働いている手伝い人という女性がやってきた。影浦先生が名前を聞くと、秋山さんと名乗ってくれた。とりあえず一恵さんには、秋山さんと一緒に自宅へ帰ってもらったが、杉ちゃんもジョチさんもなんだか心配そうな顔をしていた。
「一体あの空き地を買い取って、何の学校を作るつもりだったのかなあ。あの女性。」
と、杉ちゃんが遠ざかっていくセダンを眺めながらそういう事を言った。
「ええ、ちょっと調べてみる必要がありそうですね。もしかしたら製鉄所の利用者で知っている人がいるかも知れませんね。一応、通信制の高校に行っている人もいますから。」
ジョチさんは、いかにも現実的に言った。
「この名刺によると、竹沢学園高等学校副校長と書いてありますが、あのような精神状態で副校長が勤まるものでしょうか?校長は紛れもなくご主人の竹沢玲さんだったと思いますが。」
影浦先生が、名刺を見ながら言った。
「そうですか。竹沢学園高等学校とはどんな学校なのか調べてみます。」
ジョチさんが、タブレットを取り出して、竹沢学園と検索してみた。
「はあなるほど。まだ発足したばかりの、新参者の高等学校だったようですね。去年の夏から、学校建設を始めて、今日はその完成披露だったわけですか。」
ジョチさんはタブレットを眺めながら言った。
「しかし、いくらお手伝いさんが居るとはいえ、彼女は真実が明らかになれば、自殺してしまう可能性も無いわけではないですね。それだけはどうしても回避しなければならないと思います。そこをなんとかしたいのですが。」
と、影浦先生が言った。
「そうですね。」
とジョチさんもそれを考えながら言った。
「だったら、製鉄所で預かればいいじゃないか。一人ぼっちで、ご主人の死を嘆いているよりは、誰かと喋っている方がずっといいだろう。お手伝いさんに話をしてさ、製鉄所に来てもらうようにしようよ。」
杉ちゃんがでかい声でそういった。杉ちゃんの発送は、本当に柔軟性があるものだった。
「そうですね。精神病院に入院させてしまうのは余計に悪くしてしまう可能性がありますので、なるべくならさせたくありませんし、自宅においておくのも自殺のおそれがあり、家政婦さんの負担を軽減させるためにも、そうしたほうがいいでしょう。曾我さん、お願いできますか?」
影浦先生がそう言うと、
「はい、いいですよ。最近は利用者も少ないので、余裕で預かることができます。」
ジョチさんは即答した。そして、スマートフォンを取り出して、電話をかけ始めた。二言三言交わすと、
「明日から、製鉄所に来てくれるそうです。多分、家政婦さんも、彼女の世話をするのは大変だったようで、すぐに返事をくださいました。」
と、苦笑いをしていった。ということは、日頃から、精神的な問題があった女性なのかもしれない。
翌日。製鉄所の利用者にも了解を得て、杉ちゃんとジョチさんは、新しい利用者が来るのを待っていた。新しい利用者は、きっちり、その日の10時にやってきた。家政婦さんである秋山さんは、彼女、竹沢一恵さんをよろしくお願いしますと言って、そそくさと帰ってしまった。
「ようこそいらっしゃいました。これからどうぞよろしくお願いします。僕たちは、こちらの施設を管理している、曾我正輝と、」
「影山杉三ね。杉ちゃんって呼んでね。」
杉ちゃんとジョチさんが改めて自己紹介すると、
「竹沢一恵です。よろしくお願いします。」
と、一恵さんは、頭を下げていった。
「それにしても製鉄所という名前の施設だったので、びっくりしましたが、なんだか大正時代の旅館のような建物ですね。」
「ええ。製鉄所というのは、鉄は熱いうちにたたけと言う意味で作りました。鉄を作るところではございません。今、こちらを利用しているのは女性が二名なんですが、半日だけ企業で働いてる方が一名、通信制の高校に行っている方が一名おられます。彼女たちは、あなたのことを新しい仲間が増えてくれて嬉しいと行っています。こちらはフリースペースのような感じで、食堂など自由に使ってくれて結構ですよ。あと、こちらの施設では間借りを受け入れておりまして、一人間借りをしている方がおります。こちらで、勉強をしてもよし、仕事をしても構いませんので、思いっきり羽を伸ばしてくれたらと思います。」
と、ジョチさんが説明すると、
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
一恵さんは頭を下げた。
「食事は、持ち込みでもいいですし、この近くにコンビニがありますからそこで買ってきてくれても構いません。あるいは、」
「僕がカレーを作ってやってもいいぜ。」
ジョチさんがそう言うと、杉ちゃんはすぐに言った。
「ええ、杉ちゃん料理に関しては天才的なんです。」
ジョチさんはすぐに言った。
「ありがとうございます。それでは、こちらを見学させていただいて、それから勉強に取り掛からせて頂きます。」
一恵さんはそう言って、ジョチさんたちに頭を下げて、食堂へ向かっていった。
「えーとここが食堂か。この建物、とても広いので、迷子になりそうですね。」
と、一恵さんはそう言いながら、食堂の場所を確認していると、ちょっと咳をしながら水穂さんがやってきて。
「ああ、はじめまして。新しい利用者さんが見えるとは聞かされていましたが、僕は、こちらで間借りをしています磯野水穂です。よろしくお願いします。」
と一恵さんに頭を下げた。
「ありがとうございます。竹沢一恵です。よろしくお願いします。」
一恵さんがそう言うと、
「こちらこそ。ぜひ、ゆっくりしていってくださいね。よろしくお願いします。」
水穂さんはにこやかに笑っていった。
「着物を着ている男性は珍しいですね。なんか男の人でも花柄を着ていて、またそれが似合うのがすごいと思いました。よろしくお願いします。」
一恵さんは水穂さんにいうが、水穂さんは、
「ええ。まあ。よろしくお願いします。」
と言って、部屋に戻っていった。
それと同時に、
「おーい、入らせてもらうぞ。竹沢一恵さん。ここで滞在しているそうだね。家政婦のおばちゃんから聞いた。ちょっとお話を聞かせてもらおうか。」
と、言いながら、華岡と部下の刑事が製鉄所にやってきた。それを見たジョチさんは、
「なんですか。こんなところまでしつこく付け回さないでくださいよ。」
と、華岡に言ったのであるが、
「うるさいなあ。こっちだって、事件を早く解決しなければならないんだよ。」
と言い返したのであった。
「それで、竹沢一恵さんは、事件の事を思い出してもらうことができるようになったか?」
「無理ですよ。それにいつまた不安定になるのかもわかりません。だから、無理をさせないでください。」
ジョチさんはそう言って断るが、
「そうだけど、事件を解決させるためには、奥さんである、竹沢一恵さんの話がどうしても必要なんだ!」
と華岡も譲らなかった。
「そうかも知れませんが、今やっと落ち着きを取り戻したばかりです。事件の事を思い出してもらうようになるにはもう少し待ってください。」
ジョチさんがそう言うと、
「それなら、事件のことだけではなくて、あの、竹沢学園高等学校についての話をして貰えないかな?」
と華岡はしつこく言った。
「ですが、無理なことは、無理なことです。」
ジョチさんは再度いうが、
「刑事さんここまで来たんですね。それなら、あたしが、思い出せることなら、思い出します。事件のことは、思い出せないですけど、それ以外のことだったら、思い出せるかもしれません。やっぱり刑事さんには協力しなければならないと思いますし。」
と、竹沢一恵さんが玄関先にやってきた。
「そうか!それなら、話を聞かせてもらおう。よろしく頼む!」
「それなら、僕が話を聞きます。彼女だけでは、錯乱状態になる可能性もありますから。」
ジョチさんが急いでそう言うと、一恵さんは、じゃあこちらに来てくださいと華岡を部屋の中へ招き入れた。
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