気付いて、この想い

利零翡翠

気付いて、この想い

 マンション前に立っていた制服姿の男は朝の八時を過ぎたところで、さらに焦りを募らせていた。彼はいつも幼馴染と一緒に登校していたために、先に行こうにも行けず、相手に連絡をしても返事はなく、どうすればいいのか困ったように右往左往していた。


 そうしている内に、ロビーから制服姿の少女が駆け足でやってくる。


「ごめん、遅れた」


 彼の幼馴染の景歌けいかはそう言うと、セミロングの茶髪についている寝ぐせをを手櫛でく。


「いいっていつものことだろ? また夜遅くまでゲームしてたのか?」

「お母さんにも同じこと言われた」


 不貞腐れたようにそっぽを向いた景歌。

 景歌はゲームが大好きな女の子で、ついつい夜中までのめり込んでしまう癖がある。なので朝にはめっぽう弱くて、遅刻しかけることがしばしばあった。

 眠たそうな半開きの目の下には、くまが見える。


「あんま顔ジロジロ見んなっ……!」


 彼女の様態を心配して見ていた彼なのだが怒られてしまう。両手で顔を押さえられ強制的に離れさせられる。


「時間なくてあんまセットできなかったんだから……」

「自業自得だな。それより早く行くぞ」


 彼が先に歩こうとするが、景歌は反対方向へと向かった。


 「えっ、おい、景歌?」


 後を追うと彼女は駐輪場へと向かっていたことが分かる。そこから自分の自転車を出して跨がった。


「何してんだ?」

「今日、朝に用事があるの忘れてた。急いで行くから」

「……そうか。気をつけろよ」


 景歌はそのままペダルをこいで行ってしまうのだった。


「俺が待った意味って……」


 途方に暮れていた彼が遅刻しそうなことを思い出すのに時間はかからなかった。









 息を上げて登校した彼が下駄箱を開けると、中には靴だけではなく一枚の手紙も置かれていた。


 不思議そうな面持ちで紙を取り出して中身を見てみると『今日の放課後、屋上に来て』と手書きの文字で書かれてあった。


 文字の特徴から彼は、これを書いたのは女子だと推測し、さらに手紙を書いた動機を探るまで思考を飛躍させた。


 そして最終的に彼はこう結論付けた。これはラブレターであると。


 いったい誰が何のために手紙を書いたのか、真意を把握しきれず彼は動揺を隠せなかった。


 教室に行ってホームルームを終えたあと、一番初めに景歌へ相談を持ち掛けた。

 すると彼女は目を細めて吐息を漏らした。


「なんで私に相談するのよ……」

「だって一番仲いいの、お前だからな」


 そう言われた景歌は目を逸らした。


「さて、これはいったい誰が書いたものだと思う?」

「知らないわよ」

「そんなこと言わずにさ、一緒に考えてくれよ」


 素っ気ない景歌に彼は手を合わせて頼み込む。そんな姿を一度は無視した彼女だったのだが、とある質問を投げかけた。


「……あんたは、好きな人とか……いるの?」

「え? かわいいなって思う人ならいるけど、好きな人と言われるといないな。……この質問にはどんな意味が?」

「いや別に……」

「は、はぁ……?」


 彼女の理解できない質問によって彼は声が出てしまう。


「景歌以外に、それなりに面識がある女子と言えば誰だろうな……」


 もう一人で手紙の差出人を探し始めると、黙考して色々と過去を思い起こす。


「三人思い付いたな」

「へぇ……誰?」


 ポケットからスマホを取り出しながら彼女は義務のように訊いた。


「興味あるのかないのかどっちなんだよ」

「誰?」


 睨まれながらもう一度問われてしまった彼は、余計なことを言わずに大人しく答えることにした。


「去年同じクラスだった人と、部活が同じ後輩と、選択授業が同じだったあいつ」

「ふーん……確かに、その三人と仲良いもんね」


 具体的なことを言わずに景歌が理解できるほど、彼女も彼の交友関係は知っていた。


「俺的に最有力候補は……後輩かな。なんか、結構、あいつ俺になついてる気がするし」

「自意識過剰じゃなきゃいいね」

「おい、気に障るようなことを言うんじゃねぇよ……」


 不安になった彼に対して、彼女はスマホを触りながらどこ吹く風。


「そういや朝の用事っていったい何だったんだ?」

「……別に大したことない」








 結局差出人が誰かもわからず、放課後がやってきてしまった。彼は手紙の言葉通りに屋上へと足を運んで落ち着かない様子でウロウロしていた。

 スマホをいじったり髪型をいじったり、外の景色を眺めていたりと、とにかく暇を作らなかった。


 そして、太陽が沈んでいく頃まで彼は手紙の差出人を待った。けれども、待っても待っても誰一人として姿を現すことはなかった。










 重い足取りで階段を下る彼は溜息を吐いていた。

 期待をしていたことが裏目に出て、現実を知ったときのショックが大きかったのだ。


 もう既に景歌は教室にはおらず、一人で下駄箱に向かう。


 自分の下駄箱に手をかけて開けると、中にまた手紙が入っていた。

 再度不思議に思った彼は手に取って中身を見てみることに。たたまれた紙を雑に開けると今度はそこには『バカ』の二文字が。


「は?」


 一瞬理解に苦しんだ彼だったが、自分を騙し嵌めた人物がおちょくっていると考えると萎えてしまった。だがその後、この幼稚な煽りが逆に怒りを覚えさせた。

 ふと目線が右下へ向くと『景歌より』と書かれてあるのを見つける。


「お前かよ……!」


 景歌が書いたものだと分かるとさらに腹が立ってくる。


 だが彼の怒りは一つの疑問によってかき消された。彼はポケットの中に入れたままだった今朝のラブレターを取り出す。


 そして二つの手紙を並べて照らし合わせてみたのだ。何度も何度も二つの文字を見比べてみると、文字が似ていた、というより同じだということに気がついた。


「えっ、え……? え……⁉」


 彼が驚いている最中、下駄箱の角から景歌が現れた。彼女の目は平素より細められていて怒っていることが一目でわかる。


「景歌……これは一体……?」


 状況を飲み込めていない彼は情けない声を出していた。そんな彼に対して景歌は目を逸らし、頬を赤くさせてこう言った。


「なんで、私に相談したのよ……」

 


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