名ばかり奴隷ちゃんはご主人が大好き

maricaみかん

本編

 今日はご主人がお休みの日。だから一緒に出かける予定。

 私は鏡の前で、今日着ていく服の確認をしていた。長袖の薄く赤いシャツに、長めの黒いスカート。私の真っ白な肌とは対照的で、よく似合っているらしい。ご主人に言われた。

 いま付けた薄紫の髪留めと合わせて、ご主人に買ってもらったもの。


 全部、私の白い肌、白い髪、赤い瞳に合わせて選んでもらった。

 私は小柄だから私にとって大きめの服しかなくて、表情が変わらないからある程度派手な服を選んだらしい。

 よくわからないけど、ご主人が気に入っているのならそれでいい。私を見て笑顔になってくれたから、それだけで良かった。


 今日も笑顔をみせてくれるかな。普通の顔だと泣いちゃうかも。だけど、きっと今日も、ご主人は私のことを褒めてくれる。

 毎回私を褒めてくれるから、おしゃれを頑張ろうって思えるんだ。本気で可愛いって感じてくれているって伝わるから。


 ご主人が可愛いと思ってくれるのなら、別に裸でも何でもいいけど、一回家の中で裸になってご主人の前に出たら、メチャクチャ怒られた。

 あの時はとても悲しかった。ご主人に嫌われたのかと思った。泣いていたら、全力でなぐさめてくれたから、嫌われたわけじゃないって分かって安心した記憶がある。


 だけど、結局なんであの時怒られたんだろう。理由はいまだに分からない。

 顔を真っ赤にしていたから、とても怒っていたのだと思うけれど。だから、ご主人の前では裸になったりしない。

 もうご主人に怒られるのは嫌だ。あんな思いは二度としたくない。捨てられるかもしれないと思ったから。


 私はご主人の奴隷だから、嫌になったら捨ててもいい事になっている。でも、ご主人に捨てられたら、私には生きている意味がない。

 今日だって、ご主人と一緒に出かけられるから楽しみなんだから。買い物も、おしゃれも、ご主人が居ないならどうでもいい。


 準備を終えたので、部屋でご主人を待っている。しばらくすると、ノックの音が聞こえた。

 特に返事はしないけれど、ちょっと時間を開けたらご主人は開けてくる。返事が帰ってこないことくらい、ご主人はもう分かっているからね。

 ご主人は黒髪黒目で、私とは正反対に思えて、少しだけ悲しい。全然似ていないから。ただ、ご主人の顔はかなりいいと思う。見るのが楽しい。


「今日もかわいいね、マーシャ。じゃあ、どこへ行こうか」


 いつも通りの、とても優しい声でそう言われる。ご主人の声は、大体いつ聞いても落ち着く。

 可愛いと言われたことは嬉しいけれど、どこへ行くかなんて決めていない。

 とりあえずご主人と一緒に出かけるということが大事で、それ以外は気分で決めればいいから。

 適当にうなずきながら、ご主人の袖を引っ張っていく。ご主人の肩あたりに私の頭があって、ちょっと顔が遠いのが残念。


 外に出ると、まずは商店街へ向かう。いつもの流れだ。満点の青空が私達を受け止めてくれる。

 ご主人は顔を覚えられている様子。時々声をかけられているけれど、その度にご主人にしがみつく。

 私の態度もいつものことなので、みんなは話しかけてこなくてありがたい。ご主人の時間を奪われるのは、ちょっと嫌だけど。


 ある程度の時間が経って、ようやくご主人のそばから人が離れていった。これで落ち着いて過ごせる。

 今からは何かをながめながら、ゆっくりとご主人のそばにいればいいかな。


「気に入ったものはある?」


 あるにはある。前にご主人が好きって言っていた髪飾りに似たアクセサリー。

 だから、ご主人に手渡しする。買ってきてもらうために。

 店員さんが近寄ってきたので、ご主人の後ろに隠れた。今のアクセサリーは、ご主人に買ってもらおう。私は店員と話したくない。


 いつものことだから、ご主人は慣れた様子で店員に商品を会計してもらっている。


「彼女さんにプレゼントですか?」


 なんて言って店員さんがこちらを見るので、ご主人で視線をさえぎる。

 本音を言えば店員さんから離れたいけれど、ご主人と離れるのはもっと嫌だから、仕方なく我慢した。

 ご主人にべったりしがみついていると、店員さんの気配が遠ざかっていったのを感じる。

 なので、今度はご主人の手を握ろうとしたら、今買ったアクセサリーでご主人の手が埋まっていた。


「これ、付けてあげようか?」


 そう言われたので、頭をご主人の方へと向ける。

 もう髪飾りは付けているけど、交換するのだろうか。そう考えていると、髪型を少しいじって、両方を髪に付けてくれた。

 正直に言ってしまえば、変な髪型になっていないか気になったけれど。ご主人の優しい顔を見たら、別にどうでも良くなった。


 ご主人が私を可愛いって思っていてくれるのなら、他の誰の評価もどうでもいい。

 私を見てほしいのはご主人だけだし、可愛いって言ってくれて嬉しいのもご主人だけ。

 買ってくれたって、そう思える相手だから。買われてしまったじゃないから。


「うん、よく似合っているよ。可愛いよ、マーシャ」


 その言葉がご主人から出ただけで、髪飾りを買った価値があると思う。

 私はご主人から褒めてほしくておしゃれをしている訳だから、可愛いって言われれば十分だ。

 ご主人の言葉がお世辞じゃないことは、顔を見れば分かるから。

 心から私を可愛いって思ってくれていることが、すごく伝わるから。


 ただ、私が喜んでいることは伝わっていないのかもしれない。

 だって、誰からも私は無表情だと言われるから。感情なんて無いんじゃないかって言われたことすらあるから。

 でも、笑顔を作ろうにも、やり方がわからない。昔はできていたけれど、笑顔が気持ち悪いって親に殴られ続けてたら、いつの間にか顔に出なくなっていたから。


 だとすると、ご主人はなんで私に色々と買ってくれるのだろう。喜びもしない相手に買うなんて、何が楽しいのだろうか。

 私はご主人が可愛いって言ってくれて嬉しいから、色々と買ってほしい。おしゃれして褒められたいから。


 ご主人に頭をこすりつけていると、頭を撫でてもらえた。ご主人は撫で方がうまくて、とても心地が良い。

 こうして撫でられていると、なんというか、安心できる感じがある。

 しばらくして満足したので、今度はご主人と手を繋いで歩き回る。


 なんとなく、お面が気になったので眺めてみる。


「気に入ったの? 買いたい?」


 なんて言われるけど、いい匂いがしたのでそちらに向かう。串焼きを売っていて、ついよだれが零れそうになってしまった。

 ご主人は私を見て、すぐに串焼きを何本か買ってきてくれる。

 色々な種類があるようで、私は順番に食べていった。


 一番目の肉はさっぱりしていて、二番目の肉はジューシー。三番目の肉はとても柔らかい。

 いま食べた中で、一番気に入ったのは二番目の肉。でも、すぐに無くなってしまった。

 残念だなと思っていると、ご主人が半分くらい食べた肉が目に入る。なので、それを食べた。


「ちょっと、それ食べかけ……」


 なんて言っていたけど、何が問題なのだろう。味は美味しいままだから、それで良いはず。

 ご主人は手を止めていたし、お腹をさすっていたから、もう食べないのだろうし。

 怒っている様子ではないから、最悪の状況ではない。よく分からないけど、大丈夫みたいだ。

 今は好きなときにお腹いっぱい食べられて、とても幸せだ。両親のところでは、あまり美味しいものを食べられなかったから。


 そういえば、何で注意みたいな事をしようとしてきたんだろう。よく分からないけど、ご主人は目をさまよわせていて、少し面白いな。


 それからは何事もなく、食事を終えて次の場所へと移動する。

 今度はご主人と腕を組んでみた。肘のあたりが胸元に来るので、ご主人は私が腕を組むと毎回腕を伸ばしている。

 きっと、肘が当たって痛くないように気を配ってくれているのだろう。ご主人は優しいから。


 ちょっと、ご主人の歩き方が変な感じで面白い。いつもよりゆっくりだし、ギクシャクしている。

 私が腕を組むと、だいたいご主人はこんな感じになる。なんだろう。歩きにくいのだろうか。

 だとすると、私に気を使って我慢してくれているのだろうな。相変わらずだ。


 しばらく歩いて、今度は公園にたどり着いた。ベンチでご主人の隣に座る。

 せっかく隣にいるのだから、ご主人と腕を組んだまま、肩に顔を預ける。


「眠くなってきた? 僕は大丈夫だから、ゆっくり寝ていていいよ」


 別に眠かったわけじゃないけど、ちょうどいいからお昼寝しよう。

 ご主人の体温が感じられるし、お日様もしっかりと届くから、眠るにはぴったりだ。

 隣でご主人が微笑んでくれているのを感じながら、ゆっくりと目を閉じる。

 ご主人の暖かさを味わいながら、だんだんまどろんでいった。


 しばらくして、目を開けると、ご主人の暖かさを感じる。

 やっぱりご主人は、私が目覚めるまでゆっくりと待ってくれていた。

 私の両親は、大声で叩き起こしてきたり、夜中まで騒いでいたり、全然眠らせてくれなかったから大違い。

 うん。両親に売られた時、ご主人が買ってくれて良かった。今2人で居られる幸運を考えたら、私を売ってくれたことも良かったことかもね。


「起きた? 気持ちよさそうに眠っていたね。こっちまで幸せになっちゃいそうなくらい」


 私が嬉しいことを、ご主人は喜んでくれる。たったそれだけのことだけど、私はなんとなく頭がパチパチしていた。

 この人に買ってもらえたことは、私の人生で最高の幸運だったことは間違いない。

 今のように、私のことを穏やかに見ていてくれる。私を大切にしてくれる。間違いなく幸せだ。


 目覚めてスッキリしたので、今度はご主人と手をつなぎながら歩いて帰ることにした。

 さっきは普通に握っていたけど、今度は指同士をからめてみる。ご主人の体温が強く伝わって、手が満たされてく感じ。

 普通に手をつなぐのもいいけれど、今みたいな方が好きかもしれない。つながっている感覚が強いから。


 それからもしばらく歩いていると、男と人と女の人が唇をくっつけていた。

 よく分からないけど、幸せそうだ。だから、ご主人と私が幸せになるために、私もやってみよう。

 そう考えて、手を離してからご主人の頭を掴んでこっちに引き寄せる。そして、唇同士を合わせる。


 しばらくくっついていて、ゆっくりと離れていった。

 ご主人は唇に手を当てて、顔を真っ赤にしている。なんでだろう。


「マ、マーシャ……?」


 なんだか困惑しているように見えるけれど、私も困っていた。

 心臓がとてもうるさいし、頭はとても熱い。風邪を引いてしまったかもしれない。

 ご主人に移してしまったらどうしよう。そう考えるけれど、なんだかとても心地よくて、考えがどこかに飛んでいってしまった。


 おかしい。風邪を引いているはずなのに、なんだかとっても気持ちいい。

 どうしてだろう。もう一回やれば分かるかな。そう考えて近づくと、ご主人に顔をそむけられた。

 いったいなんで? 頭が冷えるような感覚があったけれど、ご主人はこちらを見ないまま手を繋いでくれる。

 良かった。嫌われたわけじゃない。でも、なんでこっちを見てくれないのだろう。


 手を引っ張ってみても、強く握ってみても、こちらを向いてくれない。

 寂しさを感じて、つい声が漏れ出そうになってしまった。でも、そんな瞬間にご主人はしっかり手を握ってくれた。


「マーシャ。今日は帰ろうか。楽しかったよ」


 ご主人は楽しかったと思ってくれている。なら、きっと大丈夫。

 そう思って今日は帰って、食事をしてから寝た。ご主人とは少し距離を感じて、ちょっとだけつらかった。


 次の日。ご主人はあまりかまってくれないまま昼頃になる。

 とても悲しくて、泣き出しそうになってしまった時、こちらを見ていたご主人に抱きしめられた。


「マーシャ、今日は一緒に居てあげられなくてごめん。ようやく覚悟が決まったんだ。僕と恋人になってほしい」


 ご主人と恋人になって、何が変わるのだろうか。ご主人となら、別にどんな関係でもいいけれど。

 ずっと一緒に居られるのなら、十分だ。それが変わるとは思えない。


 結局ご主人は何がしたいのか分からなかったので、首をかしげる。

 すると、分かっていないことを察したらしいご主人は言葉を続けてきた。


「これから、もっといっぱいデートしたり、もっと近づいたりしよう。いずれ、結婚するのも良いかもね」


 もっとご主人と一緒に居られるのなら、確かに最高だ。恋人、いいな。

 それにしても、結婚か。子供を作ったりするんだよね。私はちゃんと、子供を大切にしよう。


 恋人になるのは問題がないと思ったので、うなずいた。

 すると、ご主人の方から唇を合わせてきた。また胸がおかしくなったけど、やっぱり嬉しい。


「これからは、こういう事もしていこうね。恋人なんだから。キスっていうんだよ」


 キス。すっごく素敵だ。最高の気持ちになれる。うん。ご主人の恋人、これからも続けていこう。


「今日からは同じ部屋で寝ようか。恋人なんだからね」


 恋人、最高だ。ご主人と同じ部屋で寝ていいのなら、いつでも寝たいくらい。

 当然、私は何度もうなずいた。これからが楽しみだ。


 それから、ご飯をご主人と一緒に食べる。いつものような品なのに、いつもより美味しい気がした。


 今日の最後に、ご主人と同じ部屋に入って寝る。ご主人に抱きついて、ゆっくりと目を閉じる。

 うん、明日から、今までより毎日が楽しくなりそうだ。ご主人、大好きだよ。

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