第1幕 異世界コンビニとお客さま

第002話 どんな人になりたいですか?

 両開きのガラス扉がすうっと開いた。


「いらっしゃいませ!」


 いつものように声をかける。

 入口にいたソフトボールほどの大きさをした光の玉が、一瞬だけ躊躇ちゅうちょするような動きをみせた。光の玉には細く小さな腕が二本生えていて、他と同じようにほのかに輝いている。右手には、クレカサイズのカードがしっかりと握りしめられていた。


 ――転生者おきゃくさまだ。


「こちらへどうぞ!」


 レジカウンターから、もう一度お客さまに声をかける。


 ここは、どこの町にでもあるような、一見すると普通のコンビニ。

 五階建てマンションの一階の、七メートルスパンふたつぶんを占有して営業しているの。一四メートル×九メートル、面積的には一二六平方メートル。日本風に言えば約三八坪、七六帖くらいの広さがあるわ。


 レジカウンターからざくっと見渡しても、どこの町にでもある普通のコンビニとほとんど変わらない。文具や雑誌、日用品、お菓子、惣菜そうざい、パン、スイーツ……売ってるモノも、一部を除いては同じようなものよ。顧客クライアントの要望で、そういうふうに私が設計したから。


 普通のコンビニと違う点は、このお店が元の世界と異世界をむすぶ街道に面して存在してるってことかしら。だから、ここに来るお客さんも普通の人間ではなく、これから異世界へと旅立っていく転生者か転移者ってことになる。私も転移者のひとりなんだけど……私のことはまた後で話すわね。勤務時間中だから、今はお客さまのお相手をするのが優先よ。


『……よろしくお願いします』


 入口からゆらゆらと入ってきた光の玉は、私の前までやってくると、おずおずとした様子でカードを差しだしてきた。


「はい、お預かりいたしますね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 お客さまに笑顔をむけながら、私は受け取ったカードをレジ脇のリーダーに通した。こんなところに来るのは初めてだろうから、やっぱり緊張するわよね。そんなお客さまをリラックスさせて、なるべく希望をかなえてあげるのも私の仕事だ。


 レジの上部にある液晶画面に、カードの情報――つまりお客さまの情報が表示される。


《――鎌田かまた耕森こうしん、年齢三〇歳。舞台俳優。高さ一〇メートルの階段から転げ落ちるシーンの練習中に、側頭部を段端だんばなで打って死亡。所有ポイント七万点……》


 あちゃー。災難だったわね。


『……あのー』


 光の玉のお客さま――カマタさまが、遠慮がちにいてきた。


「はい、なんでしょう?」

『お姉さんのその名前……本名なんですか?』


 ああ、そこ。やっぱり気になります?

 私は、コンビニの制服の胸についたネームカードを左手でつまんで持ちあげると、


「ええ、本名です。桐苳きりつれいと申します。ふざけた名前ですよね」

『い、いえ、そんなことは……ただ変わった名前だなと……』

「このお店の従業員、全部で一〇人いるんですけど、変わった名前の人が多いんですよ。もしかしたら、そんな名前の人ばかり集められたのかもしれませんけどね」


 そう言って、私はまた、カマタさまに笑顔をむけた。


「さて、ではこれからいろんなことを一緒に決めていきましょうね。なるべくカマタさまのご要望におこたえできるようにいたしますが、七万点という所有ポイントの範囲内になりますので、お応えできない部分につきましてはご了承ください」

『わかりました。もしポイントが残ったら、どうなるんですか?』


 うん、よくある質問だ。


 よくある質問なので、カウンターにもQ&Aとして記載してるのだけど、気づくお客さまは少ない。初めて来るんだから、目に入らないのもしかたがないわよね。だから私は、いやな顔ひとつせずに丁寧にお応えすることにしている。さっきも言ったけど、間違った選択をしないよう、お客さまをリラックスさせるのが最も重要なのよ。


「転移されるお客さまの場合は、残りポイントがそのまま次の世界でのお金に変換されます。ですが、カマタさまは転生者ですので、残りポイントを保持したまま新しい世界に旅立つことはできません」

『……はあ』

「生まれてきた赤ちゃんがお金を握っていたら、そこにいた人たちがびっくりしますので」

『そうですね……』


 光の玉が少しゆらめいた。笑っているようだ。


「ですから、転生されるお客さまは、所有しているポイントの一〇パーセントまではポイントを超えて使用してもよいことになっています。つまり、カマタさまの場合は七万七〇〇〇ポイントまで使うことができます。ただし、さきほどのお金と同様、体内で保持できるか、もしくは魔法などで呼び出せるアイテム以外は持っていくことができません。その点はご注意くださいね」

『わかりました』

「では、さっそく基本項目からめていきましょうね。カマタさま、次の世界ではどんな人になりたいですか?」


 まずは、ここからがスタートだ。どんな人物に転生するかを決めて、それに必要なスキルやアイテムをそろえていくのだ。ちなみに、この基本項目で二万ポイントが消費される。


『どんな人ですか……うーん、あんまりイメージが湧いてきませんね』

「何をしたいか、でもいいですよ」

『あ、それなら希望があります。今まで殺伐さつばつとした競争社会で生きてきたんで、農業でもしながらのんびり暮らしたいです』


 殺伐とした競争社会ですか。ああ、そうかもしれませんね。役者さんっていっぱいいますけど、名前が売れてトップになれるのはひと握りですもんね。


『そうなんですよ。売れるには下積みが必要だぞと言われてがんばったのに、気がついたら下積みのまま終わってる人も多いですからね。ぎゃくに何の実績もないのに、デビューしてすぐにトップスターになる人もいます』

「カマタさまはどうだったんですか?」

『……この舞台が成功したら、売れていたかもしれません』


 あ、すみません。嫌なこと思いださせてしまいましたね。


『いえいえ、かまいませんよ』


 本題に戻りますね。異世界ではのんびり農業をしたい、と。うん、そういった過去の事例もございますよ。たいていの場合、だんだんと農業から離れていっちゃうんですけどもね。


『私はずっと農業をしていきたいです』


 わかりました。でも、ずっと続けていくなら体力が必要ですね。


「『健康な身体からだ』と『強靭きょうじんな身体』、どちらがいいですか?」

『どう違うんですか?』

「『健康な身体』を選ぶと、病気をすることがありません。『強靭な身体』ですと、人並はずれた体力を持つことができます。田畑をたがやすにも力が必要でしょうから」

『うーん、悩みますねえ……』


 ゆっくり考えていただいて結構ですよ。



 彼が考えている間、私は店内を見回した。


 漫画マンガコーナーに常連さんの姿を見つけた。

 金色の髪に褐色の肌をもつ青年だ。もちろん名前だって知っているけど、守秘義務があるのでここでは言えない。だから、私はひそかに『ヴェルちゃん』という愛称あだなを彼につけている。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの、はがねのような肉体をもった青年……あっ。


「すみません、カマタさま。もうひとつ、『鋼のような身体』という選択肢がございました。これに『自己修復』と『自己複製』をつければ、『健康で強靭な身体』にすることができます」

『いいですね。じゃあ、それにします』

「了解です」


 これで、三万ポイントが消費された。残りは二万ポイントだ。


『二万ポイントで付加できるおすすめってありますか?』

「そうですね。カマタさまは転生ですから……」


 アイテムに使っても意味はないので、ここはスキルに全振りだ。

 病気にならないから『状態異常無効』は不要だし、『全属性耐性』もらない。


 あ、そうだ。


「『万能感知』と『万能変化』をつけますか。ひとつ一万三五〇〇ポイントですから合計で二万七〇〇〇ポイント。トータルすると七万七〇〇〇ポイントになりますから、ポイント上限まで無駄なく使い切れます」

『そのふたつ、どんな能力なんですか?』

「『万能感知』は、例えば遠くにいる魔物を感知できますので、危険予防になります。異世界に魔物は付きモノですからね。実はこのお店のまわりにもたまに出るんですよ。それから、『万能変化』があれば鳥のように飛んだり、魚のように泳いだりすることができます。状況に適した身体に、一時的に変化することができるんです。狩りをするときなどに便利だと思いますよ」

『じゃあ、それでお願いします』

「わかりました」



 こうして、まるで農業の申し子のような名前を持っていた鎌田かまた耕森こうしんさまは新しい世界に旅立っていった。

 鋼の身体を持ち、刃こぼれしてもすぐに自己修復し、持つ人の体格によって自由自在に大きさを変えられるとして。もちろん、空を飛ぶことも自己複製で分身することも可能だ。


 いい持ち主に拾われるといいですね。


 異世界に送られた彼は、いったいどんな人生(?)を送るのだろう。私も楽しみだ。


 うまくすれば勇者に拾われて、暴風のように荒れ狂うドラゴンを退治する死神鎌デスサイズとして活躍できるかもしれないね。




 ……ヴェルちゃん、お願いだからこっちをにらまないで。けっして貴方のことを言っているわけじゃないのよ。


 私のいとしいチョロゴンさん。

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