第30話 方向性を決める

 ◇◇◇◇


 朝稽古が終わり、スターリンクの面々は全身汗まみれだった。

 訓練場から上がる足取りは戦場帰りの兵士のように重い。


「はぁぁ~……死ぬかと思った……」

「でも、終わってみると不思議と気持ちいいですね」


 麗華が胸の前で手を組み、達成感に満ちた笑顔を見せる。

 知花もタオルで汗を拭きながら苦笑した。


「オモチのスパルタ、想像以上だったわ……」

「我が輩の愛のムチニャ!」

「ムチって言わないで……」


 そうぼやきつつも、全員は安堵の笑みを浮かべながらビル内にある入浴施設へ向かった。


 地上一階の奥に白と青を基調とした浴場には、湯気が立ちこめ、リラックスできるアロマの香りが漂っている。

 オモチ特製の疲労回復入浴剤が湯面に溶け込み、魔力の残滓を整える効果もあった。


「ふぅ~~~……生き返る~……」

「極楽ですね……」


 奏は頭の後ろで腕を組み、湯船にゆったりと背を預ける。

 陽葵は肩までしっかり浸かって大きく息を吐いた。


「筋トレのあとにお風呂って最高だね~」

「これがあるから頑張れるわ」


 雫はタオルを頭に乗せながら、ぽつりと呟いた。


「……でも、ちょっとだけ名残惜しいな。次の会議、出たかった」

「しょうがないわ。雫は学生なんだから」


 知花が微笑む。


「平日は学校、週末は配信。ちゃんと両立しなさい」


「はい!」


 雫は元気よく返事をして、湯船から上がった。


 それからしばらくして、すっかり汗を流し終えた面々が脱衣所から出てくる。

 髪を乾かしながら並ぶ五人の中で、ひときわ目立つ姿があった。


 雫は学生服姿だった。

 紺色のブレザーに白いシャツ、赤のリボンタイ。

 髪をまとめ、普通の女子高生そのもの。


「雫、それ……」


 雫の学生服姿を初めて見た一輝は目を丸くしていた。

 今更だが雫が学生だったことを思い出している。


「うん、学校行かないと遅刻しちゃうから」


 そう言って、雫はリュックを背負い、笑顔を見せた。


「朝稽古、すっごく疲れたけど楽しかったです! 行ってきますね!」

「いってらっしゃいニャ! 勉強も修行のうちニャ!」

「……何の修行だか」


 知花が苦笑しつつも手を振る。

 雫が玄関を出ていくと、ビル内に再び静けさが戻った。


「さて、学生は登校。残された大人たちは会議だニャ!」


 オモチがピシッとホワイトボードの前に立つ。

 横には資料を抱えた一輝の姿があった。


「今日の議題は、次回の配信内容ニャ! 初回の反応は悪くなかったけど、継続して見てもらうには何か新しい要素が必要ニャ!」


 一輝が頷きながらペンを走らせる。


「つまり、マンネリ打破だな」

「そうニャ! 今回の反省点は安定してるけど地味ってところニャ。次はもっとエンタメ性を高めるニャ!」


 だが、その言葉に全員が一斉に首をかしげた。


「エンタメって……そんな急に言われてもねぇ」


 奏が腕を組みながら眉をひそめる。


「わたくしたち、歌って踊るわけでもありませんし……」


 麗華が困り顔で続ける。

 雫を除いた四人はそれぞれ配信者である前に探索者だ。

 いわば、命懸けの現場に立つ実務職。

 派手に魅せることより、確実に生き残ることのほうが染みついている。


「アイドル配信って言われてるけど、私たちがアイドルっぽいのは……見た目だけだしね」


 知花が溜息をつきながら言うと全員が頷いた。

 オモチがぱたぱたと尻尾を振りながらホワイトボードに文字を書く。


【エンタメ性とは?】


「つまり、もっと可愛く、もっと華やかに見せる工夫ニャ!」

「工夫ねぇ……」


 陽葵が苦笑する。


「でも、他の配信者の真似はしたくないんだよな~」


 一輝が首を傾げる。


「他の配信者って、どんなことしてるんだ?」


 知花がすぐにタブレットを開いて、いくつかの映像を再生する。


「例えば、この子たち」


 映像の中では、二人組の探索者アイドルが戦闘中に掛け声を入れていた。


「いっくよー! メラメラフレイムッ!」

「やっちゃえピュアボルト~!」


 画面の端で、可愛らしいポーズを取りながら魔法を放つ姿に場の空気が凍る。


「……え、これを真似しろって言われたら死ぬ」


 奏が即答。


「確かに可愛いけど……」


 麗華が苦笑し、知花が眉間を押さえる。


「これはやりたいというより、耐えられないの領域ね」

「他にもいるニャ。踊りながら剣を振るうタイプとか、ぶりっ子しながらトドメを刺すタイプとか」

「……地獄じゃん」


 陽葵が引きつった笑顔で言う。

 一輝は腕を組みながら全員を見渡した。


「つまり、アイドルって言葉に縛られたくないんだな」

「そう。私たちは“可愛い探索者”じゃなく、ちゃんと探索者として見てほしい」

「うんうん、それにらしさを大事にしたいニャ」


 オモチが尻尾を立てて同意する。


「真似して人気が出ても、それは本当のファンじゃないニャ。スターリンクらしいやり方で勝負するニャ!」


 その言葉に全員の目に少しずつ火が灯る。

 知花がペンを取り、ホワイトボードに新たな見出しを書き込んだ。


【可愛いより、かっこいい探索者配信へ】


「戦う姿で魅せる。でも、ただ戦うんじゃなくて、どう戦うかをちゃんと見せる。知識とか戦略とか技術面も含めて見せれば、それ自体がエンタメになるわ」


 一輝が感心したように笑う。


「なるほどな。戦いの中に知識を織り交ぜるわけか」

「おお、それなら頭脳派アイドルとか戦術系美少女配信者とか、いくらでも呼び方あるニャ!」


 オモチが目を輝かせる。


「よし、それでいこう!」


 奏が拳を握った。

 可愛いから見るではなく、魅せる強さで惹きつける。

 それがスターリンクの新たな方向性となった。

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