第29話 朝稽古
◇◇◇◇
翌朝、まだ外の空が淡く白む頃、スターリンクの面々は眠そうな目をこすりながら事務所に集まっていた。
「うぅ……眠い……」
「朝から運動とか拷問です……」
麗華が目をこすりながらふらふら歩き、知花はコーヒー片手にすでに魂が抜けかけていた。
陽葵は気合いだけは十分だが寝癖で髪が爆発している。
「さあ、みんな更衣室に行くニャ! 我が輩が用意した伝統の稽古着があるニャ!」
オモチの張り切った声に、五人は嫌な予感を覚えつつ、更衣室へ向かった。
そして――
「……な、なにこれ?」
ロッカーの扉を開けた瞬間、そこに並んでいたのは旧型の体操服と青いブルマ。
「ちょっ……これって、昔の学校で履いてたやつじゃない!?」
陽葵が叫ぶ。
「ブルマ!? なんでそんなのあるのよ!!」
知花が青ざめる。
「こ、こんなもの履いていられませんわ!」
麗華は真っ赤になって両手でスカートを押さえた。
「え、でもそれ、伝統の運動着じゃないニャ?」
オモチは首をかしげる。
「伝統もなにも! もうとっくに廃止されてるのよ!」
知花が額を押さえて説明する。
「今は男女同じジャージやトレーニングウェアなの! これじゃ時代錯誤にもほどがあるわ!」
「な、なんと……そうだったニャ……」
オモチはがっくりとうなだれた。
「せっかくレトロスポーティで可愛いと思ったのにニャ……」
「それ、発想が完全におっさんのそれだよ!?」
陽葵がツッコミを入れ、雫が苦笑する。
「オモチちゃん、悪気はないんだと思うけど……これはちょっと……」
「むむむ……仕方ないニャ! じゃあ新しい運動着を用意するニャ!」
オモチはそう言うと、ちょこんと前足を掲げた。
「マテリアル・クリエイト!」
淡い光がロッカーの中に広がり、次の瞬間、そこにはカラフルなトレーニングウェアが整然と並んでいた。
動きやすい素材に色鮮やかなデザイン。
「おぉ……!」
「わぁ……可愛い!」
雫たちは思わず感嘆の声を上げた。
それぞれのウェアには個人のイメージカラーが反映されていた。
雫は淡い水色、奏は深紅、陽葵はオレンジ、知花はネイビー、麗華は白と淡い紫のグラデーション。
「ちゃんとサイズもぴったりニャ! 魔法製の素材だから通気性も伸縮性も完璧ニャ!」
「これは……すごいわね」
知花が腕を通しながら呟く。
「動きやすくて軽いし、通気も良い……」
「私、このデザイン好きですわ!」
麗華がくるりと回って裾を翻す。
「こういうのなら、いくらでも着ていられますわね」
「ブルマからの進化が早すぎるニャ!」
「最初からこれにしてくれれば良かったのに!」
陽葵がジト目で睨み、奏も苦笑を浮かべた。
一輝は後ろで腕を組み、満足げに頷く。
「よし、これなら見栄えもいい。宣材写真にも使えるかもな」
「ちょっと! 撮る気!? 今は稽古でしょ!」
知花が即座に怒鳴る。
「はっはっは、冗談だ」
一輝が笑いながら手を上げると、オモチがピシッと立ち上がった。
「それじゃあ、準備も整ったところでスターリンク道場・第一回朝稽古を始めるニャ!」
「「うわぁ……」」
五人のうめき声が更衣室に響き渡る。
朝の事務所は今日も元気に、そして騒がしく幕を開けた。
「今日からは基礎錬から始めるニャ!」
オモチの声がまだ眠気の残る地下訓練場に響き渡った。
「身体強化をするにも、まずは土台が大事ニャ。元の肉体が強くないと、強化しても意味がないニャ!」
「……正論ね」
知花が苦笑しながらも納得の声を漏らす。
「というわけで、最初のメニューはランニングニャ!」
「……え、ランニング?」
陽葵が首をかしげた次の瞬間、オモチがピシッと指揮棒を振る。
「訓練場を二十周ニャ!」
「に、二十ぅ!?」
悲鳴混じりの声が重なった。
しかし、オモチの表情は一切ブレない。
「文句を言ってるうちは弱いままニャ! ほら、走るニャ! 走れ走れ走れニャア!!」
ビルの地下にバタバタとスニーカーの音が鳴り響く。
「ぜぇ……はぁ……し、死ぬ……」
「麗華、まだ五周目よ」
「うそ……?」
顔面蒼白で走る麗華の横を陽葵と奏が比較的軽やかに駆け抜けていく。
「まだまだぁ!」
「うわ、陽葵元気すぎ!」
奏が苦笑しながらも前衛コンビらしく安定したペースで走る。
一方、雫は――
「ふぅ……ふぅ……」
呼吸は乱れていない。
汗はかいているが、まだ余裕があった。
つい最近まで探索者講習を受けていた彼女にとって、これくらいは朝の準備運動程度だった。
そして走り終えたあとは、筋トレ。
「次は筋肉の時間ニャ!」
「その言い方やめて!? 地獄の時間みたいに聞こえる!」
腕立て伏せ、腹筋、スクワット。
オモチが一匹ずつフォームをチェックしていく。
「知花、肘が曲がってないニャ!」
「もう限界……!」
「麗華、腰が浮いてるニャ! 姿勢は大事ニャ!」
「うぅぅ……教育に筋トレなんてなかったです!」
泣き言を言いながらも、二人はしっかりこなしている。
そして、筋トレ後はヨガと柔軟。
「体を酷使した後はきちんとケアするニャ!」
オモチがBGMを流すと、場内に静かなリラクゼーションミュージックが響いた。
「このギャップなに……?」
「地獄の鬼教官が急にヨガ講師に……」
奏と陽葵が苦笑いしながらも、ストレッチに励む。
「はい、息を吸って……吐くニャ~」
「……ニャ~って言わないで集中できない」
「我が輩、ヨガ講師モードだから静かにニャ~」
最初は笑っていた雫たちも、次第に真面目な表情で体を伸ばしていく。
しなやかに、そして正確に、その姿勢は朝日を浴びる花のように美しかった。
だが、ここで終わりではない。
「よし、体が温まったところで最後は魔力制御の修業ニャ!」
オモチの号令に全員が「まだあるの!?」と叫んだ。
「魔力の流れを感じるニャ。呼吸に合わせて魔力を指先へ集中させるニャ」
五人はそれぞれ集中し、指先に魔力を集めていく。
やがて、指の先端に小さな光が生まれる。
「……できた」
雫が呟くと陽葵もすぐに成功。
「うぐぅ……集中が……」
「魔力が暴走しそうですわぁ……!」
一方で知花と麗華は汗だくで顔を真っ赤にしていた。
「いいぞいいぞ、限界まで追い込むニャ!」
「うるさい!!」
叫びながらも最後までやりきった二人の姿にオモチは満足げに頷いた。
「うむ、よくやったニャ。今日のところは合格ニャ!」
訓練を終えた五人は床に倒れ込むように座り込む。
髪は汗で乱れ、呼吸は荒い。
それでも、その顔には確かな達成感があった。
「……つ、疲れたけど……」
「ちょっとだけ、前より体が軽い気がする」
「うむ! それが成長ニャ!」
オモチが胸を張って笑うと全員も思わず笑ってしまった。
こうしてスターリンクの朝稽古は幕を閉じた。
だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
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