▼【第三十三話】 僕の本心だけを。

 僕は遥さんを抱きしめながら、はやる気持ちを抑え、僕は心を穏やかになるのを待ってから、ゆっくりと優しく言葉を紡ぐ。

「僕の心の内を、本心をそのまま、上手く伝えられるかわからないけど、すべて言葉にします。それが口説くことになるのかはわかりませんが聞いてください」

「はい……」

 少しの間があって遥さんから返事が返ってくる。

 僕の胸がはち切れそうなほど高鳴っている。

 鼻息が荒くなるのを必死で我慢する。

 何度か深呼吸する。

 心をまた落ち着かせてから、ゆっくりと自然と僕の口から溢れ出る言葉だけを、僕の本心だけを、言葉にする。

「僕はあなたを、もうあきらめるだなんてことは無理です。絶対に諦められません」

「はい」

 すぐに返事が返ってくる。そして、驚いたことに遥さんも僕を力強く抱き返してくれる。

 彼女が、まるで僕の胸の鼓動を聞くように僕の胸に顔をうずめる。

 僕はまた心を落ち着かせるのに時間をかけなくちゃならない。けど、それはとても幸せな時間だ。

 また心が穏やかになるのを待ってから、僕の心から零れ落ちる思いを言葉にする。

「僕はもう、寝ても覚めてもあなたのことしか考えられません」

「はい」

 と、彼女が僕の胸に顔をうずめながら答えてくれる。

 彼女はもしかしたら泣いているのかもしれない。

 声が少し上擦っている。

「もし、あなたが僕の物になってくれるなら、絶対に放しません、何があっても絶対にです」

 その言葉に、遥さんは、彼女は僕にしがみつくように強く、彼女の力の限り、僕を強く抱きしめてくれる。

 その力強さに僕も勇気づけられる。

「僕はあなたと結婚したいと、そう考えています」

 そう言った後、空気をゆっくりと吐き出して、

「その為だったら、僕はなんだってします」

 言葉と共に心に誓う。

「あなたとずっと一緒にいたい、一時も離れたくない」

 これが僕の一番の願いかもしれない。

 もう遥さんがいない生活など僕の中では意味がない。

 そんな人生、僕にはもう考えられない。何でここまで好きになったかなんてわからないし、理由なんてどうでもいい。

 僕はこの人が愛しくて、愛しくて、ただ愛しくて、仕方がない。

「はい……」

 震える声で、だけど強く確かな声で、遥さんが返事をしてくれる。

「僕はまだ、あなたのことをそれほど知っていません。何か僕に言えない秘密もあるかもしれません。けど、そんなの関係ないほど、僕はあなたのことが好きでたまりません、愛しいです。愛してます」

 その言葉に遥さんの僕を抱きしめる力が弱まる。

 だけど、僕はもう引かない。引けない。

 逆に彼女を強く、強く、抱きしめる。決して放したくないから。

「もうこの気持ちを止めることは僕にだって出来ません」

 そう言ったあと、深く深呼吸をしてから告げる。

「僕のものになってください」

「……」

 しばらく待っても答えは返ってこない。

「ダメ…… ですか?」

 そう聞き返すけれども、やはり答えは返ってこない。

 その代わり、弱まっていた遥さんが僕を抱きしめる力が強くなる。

 遥さんが僕の胸の中から僕を見上げる。

 その泣き顔を見せてくれる。

「私もそうなりたいです……」

 その言葉に僕の全身が歓喜で震える。

 けど、遥さんの言葉はまだ続く。

「あなたは、誠一郎さんは私に対してどこまでも真摯だから、私もそうじゃないとダメだと思うんです」

「はい」

「だから、その…… 本当の私を見てから…… それでも…… 気持ちが…… 変わらなかったら…… それでいいので……」

「僕の気持ちは変わることはありません」

 それだけは、何があっても決して変わることはない。何があっても。

「私は、たぶん、誠一郎さんが思ってるような、そんな女じゃないんです、本当に……」

「それでも、僕は……」

 心臓が飛び出るほど驚く。

 僕の口が塞がれた。遥さんの唇で。

 ただ唇が軽く触れあうだけのものだったかもしれない。けど、僕にとってはそれでも衝撃的だった。

 僕はあっけにとられて、つい抱きしめていた手を緩めてしまう。

「必ずまた連絡します」

 そう言って遥さんは僕を振りほどいて、駅のほうへと駆けていった。

 それから、彼女からの連絡はしばらくなかった。




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