▼【第十九話】 迎えに来てください。

 結局僕は彼女の部屋まで遥さんを迎えに行くことになった。

 少し待って遥さんが返してくれた返事は、なら練習しましょう、私の部屋まで迎えに来てください、だったから。

 嬉しいけど、僕は怖い。

 遥さんと一緒に居られるだけで僕は嬉しいけど、遥さんはたぶんそうじゃない。

 僕には遥さんをどうしたら楽しませてあげられるのかが、まるでわからない。

 そう思うと無言の間に緊張してしまう。

 まず僕と遥さんでは共通の話題がない。

 いや、そもそも僕は話が得意な方じゃない、得意どころか下手だ。

 仕事ならまだしも、私生活で長々と誰かと話した記憶すらない。

 チャットならまだ喋れるんだけどな。

 一体何を話したら良いんだ。

 そうだ、困ったときのネットだ。

 ええっと、恋人との会話のコツっと。

 なになに、話を聞くときは大きなリアクションをする、なるほど。

 相手が話している最中に話を遮ったりしない、ふむふむ、それは気を付けないと。でも、僕はあまりしゃべるほうじゃないからこれは平気かな?

 共通の趣味を持つ、遥さんはなにか趣味を持っているんだろうか? 土曜日に聞いてそれを僕も趣味にしよう。これは良い気がする。

 次は、相手の好きな話題を把握して振ってあげる、彼女が何を好きなのかも僕は知らない。それも聞かないと。

 最後に、日頃からコミュニケーションは積極的に取るようにする。

 なるほど。積み重ねが大事なのか。

 これからは僕も無理やりにでもレインを送るようにしてみよう。ああ、でも僕のことだから送りすぎないように注意しないと。

 きっと相手が遥さんだからのめり込んでしまう。

 あと、今できることは…… なんだろう? ああ、あんなお洒落なバーを知っていたくらいだ。お酒が好きなのかもしれない。

 そう言えば、カクテルって意味があるって誰かが言ってたっけ?

 えっと、僕が飲んでたのは…… たしか、ジンバックって名前だったよな。

 ジンバック、意味っと、これで出て来るかな?

 出てきた。正しき心?

 どういうことだろうか? 邪な気持ちを持つなって、忠告されたってことなのか?

 じゃあ、遥さんが飲んでたのは…… えーと、テキーラ…… なんとか…… カクテル、一覧っと。

 あった、これだ、テキーラサンセットだ。テキーラサンセット、意味っと、熱烈な恋と慰めて?

 ど、どういうことだ? これは? 正しい心と熱烈な恋? もしかして、それは僕のことを言っているのか?

 熱烈な恋の僕を飲んでやるぞ? という意思表示なのか?

 いや、もう一つの、慰めての方? 正しき心で慰めて? 慰める?

 慰める……

 さびしさ、悲しみ、苦しみなどをまぎらせて、心をやわらげること。

 彼女は苦しんでいるのか? 原因は僕か?

 なら、あの場で振ればいいことじゃないか?

 それとも別の何かに苦しんでいるとでもいうのか?

 ああ、そうか。これを話題にすればいいのか。こうやって会話を広げていけば良いのか。

 でも一つだけじゃすぐ終わっちゃうよな。会話の基本、天気の話と気候の話もしよう、よし、だいぶ増えて来たぞ。

 あと趣味の話を聞いて、好きな話題も聞いて、と。なんだ、意外と会話の種はそこらへんにあるもんなんだ。

 じゃあ、その勢いで洗面台にあった男ものの歯ブラシと髭剃り用のシェーバーのことも……

 ダメだ。それは聞いちゃ受けない気がする。

 でも、気になる。気になるんだ。

 けど、いつかは聞かなくちゃいけない。よな?

 あれはどういうことなんだろうか? ただ単に父親の物とか? それはあり得る。

 そうに違いない。そうだ、彼女は今フリーと言ったんだ。僕がそれを信じなくてどうする。

 僕は馬鹿で良い。

 彼女がそう言ったらそれを馬鹿みたいに信じていればいい。僕はそれで良いんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る