第11話:接点

 学校の授業は、国語だった。1限目の授業としては、最悪だ。俺は、どちらかと言うと理系の頭脳らしい。


 物理や化学、数学の方が成績が良いのだ。どうも、国語は苦手で平均点以上の点を取ったことがない。ふと、右斜め前の席を見てみる。机と椅子、誰も座っていない空席である。今日も欠席だ。それは、そうだ。


 その席は、佐伯の席。あの時、アスカが佐伯の様なモノを壊したのだ。出てこれるはずがない。なのに佐伯の親からは、欠席の連絡が来ているのだと言う。


 やはり、佐伯の家族もアル・デュークのアンドロイドなのだろうか。アスカの話は、今だに信じられない事だらけで……どこまで信じていいのかさえ、わからないでいた。また、ぼんやりと昨日の出来事を思い出していた。アスカが酷いありさまで帰ってきたあの時の事だ。


 ホントに酷いありさまだった。セーラー服は、ズタズタ。スカートから露出した足は、かすり傷だらけ。綺麗な顔にも擦り傷と泥が付着していた。年頃の少女が突然そんな姿で帰宅すれば、誰だって驚くに違いない。そして、少女の身に起きた出来事を想像する。


「アスカ? どうしたんだ? 何があった?」


俺が怒鳴る様に聞くとアスカは、無表情で俺の顔をじっと見据え、


「たいした事は、ない。大丈夫だ」


と、落ち着いた口調でそう言ってのけた。その酷い姿では、誰がその言葉を信じるだろうか。誰だって、その姿を見れば、とんでもない事が起きたのだと想像するだろう。


「アスカ! そんな酷いありさまで、説得力がないんだよ!」


そんな声を張り上げた俺の声にも動じる事なく、アスカは、無視して靴を脱ぎ廊下へ上るとスタスタと奥へ進んで行こうとする。


「オイ! 待てよ!」


俺がそう呼び止めるにもかかわらずアスカは、その歩みを止める気配すらなかった。しかたなく、俺は、アスカの後を追うようについていく。アスカは、突き当たりの階段を上り、アスカの為に母が用意した空き部屋の扉を開き中へと入っていった。


バタン


と閉じられる扉。

俺がアスカを追ってその部屋の中へ入ろうとドアノブに右手をかけた所で誰かの手が俺の右腕を掴んだ。そう、そう手の持ち主は、井原要だった。


「待って! 燐君」

「要……」

「ここは、私が様子を見てくるから。ほら、女の子同士なら、何か話してくれるかも」


要は、そう言ったが俺は、少し悩んだ。普通の女性なら、要の言う事も一理あると思う。だが、アスカは、自称アンドロイドと言う……少し、いや……とても変な奴だ。要に任せていいのか。俺がそんな事で悩んでいると井原要は、勝手に部屋の扉を開き中へ入っていった。


「え? あっ、ちょっと、待てよ」


俺のそんな制止も井原要は、無視。なんとなく、中に入り辛く扉の前で呆然としていると。再び扉が開き、ひょっこり井原要が顔だけを覗かせた。


「燐君、お願い。濡れたタオルとあの子の着替えを持って来てくれる?」


 井原要は、用件だけ俺に伝えると再び部屋の中へと消えていった。まったく、なんだって言うんだ。まだ、アスカの事を要に紹介すらしていないと言うのに。あのアスカ登場の仕方は、要も驚いたのだろう。


 俺としては、またアスカが無茶な事をして来たのだと予想は、ついた。だが、何もしらない要が酷いありさまのアスカを見て、俺とは、逆の事を想像したかもしれなかった。





 俺は、現実主義者だ。それは、言いすぎかも知れないが、空想や非現実的な事柄を認める事は、しない。もし、それを認めるのなら、その非現実的な事が常識的に説明のつく時だけだ。そう、俺自身が納得できる理由さえあれば、どんな事であっても認めるだろう。


 そして、俺は、知らない事、納得いかない事、理解が出来ない事、それらをそのままになんてする事が出来ない人間である。要するに俺は、何でも知っておきたい。どんな事柄でも記憶の角に置いて、何時でも取り出せる様にしておきたい。自分が知りえる事柄が増えると安心できるのだ。他人は、よく知的欲求心が強いなんて言うが、そんなカッコイイものじゃない。 俺の場合は、もっと脅迫概念に囚われている様なそんな気がする。


 知らない事を知って、得られるのは、安心。俺は、どんな状況においても生存確率を上げる為の知識を欲しているのかもしれない。そう、知識が多ければ多いほど……生き残れる確率が跳ね上がるからだ。 井原要は、アスカの部屋に入って、一時間ほどで出てきた。いったい、どんな事を話してたのか皆目検討がつかなかった。


「どんな様子だった? 何か言ってたか?」

部屋から出て来たばかりの要に俺は、そう聞いてみた。

「うん、別に大した事じゃないみたい。大丈夫だよ」

「そうか……。要、ありがと。帰るだろ? 送っていくよ」


俺がそう言って階段を下りようとすると要に引き止められた。


「待って! 大丈夫だよ。独りで帰るから、燐君は、アスカさんの側に居てあげて」

「え? なんだよ、それ?」

俺が驚いて言葉を返すと要は、ニッコリと微笑んだ。

「心配だったんでしょ?」

「別に心配なんか……」

「心配そうな顔してたよ」


要は、俺をからかうような口調でそう言った。そして、俺の横をすり抜けて、先に階段を下りていってしまった。


「燐君、また明日ね。おやすみなさい」


階段を下りた先からそんな要の声だけが聞こえてきた。まったく、要は、気を使いすぎだ。心配なんて、してない。アスカは、アンドロイドなんだ。それも、恐ろしく強いアンドロイド。しかし、アスカを見ていると本当にアンドロイドなのか疑いたくなるほど人間らしい。







 井原要は、帰って直ぐに俺は、アスカの居る部屋の中へ入っていった。部屋の中に居たアスカは、あの時の小汚い格好とは、うって変わって、サッパリとした格好をしていた。きっと、要が手伝ったのだろう。


 アスカは、母が用意したパジャマ姿でベットの端に腰掛けていた。別にくつろいでいると言った感じでは、なかった。しかし、アスカは、俺が部屋に入って来たのを待っていた様子だった。


「いったい、何をして来たんだ?」

俺は、アスカの隣に腰掛けてそう聞いてみた。

「大した事じゃない」

「大した事じゃなくて、あんな酷い格好になるのかよ?」

「あれは、……不意打ちだった」


俺の質問にアスカは、そう口を滑らせた。ようやく、出来事の端が見えてきた感じがした。


「不意打ち? 何があったんだ?」

「街の外れにアル・デュークの工場を見つけたのだ」

「工場? それでどうしたんだ?」

「破壊した」

「……!?」


アスカに言った言葉を聞いて、俺は、どっと疲れが出てきた。破壊した。工場を破壊したと言う事は、どういう事か。考えれば良くわかる事だ。街の外れの工場。つまり、何処かの民間企業の工場をアスカは、破壊してきたのだと言うのだ。


「どうしたんだ? 燐? 顔色が悪いぞ」

「大丈夫だ。一寸、明日の新聞が楽しみになっただけだ」


本当に楽しみだ。きっと、新聞に載るぐらい大騒ぎになっているのではないだろうか。また、とんでもない事をやってくれたものだ。とにかく、アスカは、危険人物と認定だ。しばらく、首輪でも付けて大人しくしてもらうのが一番だと思うのだ。

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