第7話:過剰

 それは、一種の暴風だった。わけが解らぬ内に葉月翔太の取り巻きの5人の男達がバタバタと倒れていった。よく見れば、倒れた男達の足や腕が通常曲がりもしない方向へ捻じ曲がっていた。なんと言う事だろうか。少女は、少年達の骨を一瞬の内にへし折ってしまったのだ。


「クッ……化け物か……」


葉月翔太は、そうはき捨てる様に言うと、少女から逃げるように背を向けた。だが少女の容赦のないロー・キックの一撃が彼の太ももに突き刺さり、いとも簡単に彼の骨をへし折ったのだ。


 俺は、冷や汗をかいていた。信じられないものを見たというより、少女がここまで暴力的で容赦が無い事に驚いていたのだ。俺は、蹲った葉月翔太を見下ろして立っている少女の側に向かった。


「オイ! 行くぞ!」


少女の手を取って俺は、逃げ出す様に走り出した。正直、一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。この異常な場所から、逃げ出したかった。あれは、常識では、考えられない事が起こった結果であり、現象だ。俺は、その異常な事態を巻き起こした原因である少女の手を強く握りしめて走り続けた。




 どのぐらい走ったのだろうか。息が切れて、もう走れなくなっていた。


「はあ……はあ……はあ……」


と、俺は激しく呼吸を繰り返す。呼吸が整い始め、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、隣に居る少女に目を移した。


「お前……やり過ぎだ! あんなの一方的じゃないか」

「私は、手加減した! 骨を2,3本……折っただけだ! 人間は、骨が折れたぐらいじゃ、死なないのだろう?」


少女は、不思議そうな表情を浮かべて、悪気も無しにそう聞いてきた。


「それがやり過ぎだって言っているんだ! なにも骨まで折る必要は、なかった」

「骨を折る事が……やり過ぎ? そうなのか?」

「ああ」


俺がそう言って頷くと、少女は、少し考える様子で真剣な表情を見せた。


「なるほど。私の価値観とお前の価値観に少し、ひらきがあるようだ。今後は、気をつけよう」


少女は、しれっとそんな事を言うと、俺の正面に向き直った。


「お前と出会ったのも、何かの縁だ。いいか、よく聞け!」

「なんだ、いきなり……」


俺は、すこし不可解な言葉に声を上げると少女は、ムッとした表情で俺を睨みつけた。


「わかった。わかった。このさい、何でも聞いてやるよ」


俺が呆れ顔でそう言うと少女は、口を開き話始めた。信じられないような、信じなくてはいけないようなそんな話だった。だって、俺は、あの異常な出来事を立て続けに見てしまったのだから。





 信じられない話。それでも、話のすじは、通っていた。通常、現象、結果には、何らかの説明のつく理由や原因となるものが存在する。少女の話は、すじが通っているものの、常識的な話では無かった。


 すじが通っているのに常識的じゃない。これは、どう言う事だろうか。通常、すじが通っているのなら、常識的である事は、決まっている。なのに常識的じゃないと言うのは、俺の持つ常識が古いのか、それとも、俺の持つ常識に何らかの欠落があるかだろう。俺の結論は、無論…情報欠落が俺の常識的な理解を超えていると言うものだ。


 さて、どうやって俺は、この情報欠落を補うべきだろうか。


「いいか、よく聞け!」


少女は、そう言って天を指差した。いったい何を言い出すのかと思った。


「私は、お前達地球人が言う異星人によって、作り出されたアンドロイドだ」

「なっ何言ってんの?」


一瞬、少女が言っている事に気が遠くなりそうだった。嘘を付くにしても……それは、無いだろう。


と、俺は、顔を引き攣せた。冗談にしても、ほどがある。って言うか、この少女は、……よく噂で耳にする電波系ってやつだろうか。


「何を呆けているんだ? 私は、嘘などついていない!」

「本気で言っているのか?」

「当然だ! 私は、観測用アンドロイドだ。この地球の文明、それを作りだした人間、社会、国、街を観測し、調査を行い、そのデータを私を作り出した異星人に渡す事が使命だ」

「……」

「それで、お前に頼みたい事があるだ。使命をまっとうするには、この街で拠点となる場所が必要だ。だから、その場所を提供して欲しいのだ」


少女は、そう一方的に言って、ニコリと笑った。 場所を提供しろだって……。つまり、宿無しだから、泊めてくれと言っているのだろうと俺は、そう理解した。


 ああ、これ以上は、無理だ。これ以上、この少女に係わるべきじゃない。このまま、この少女に係わり続ければ、泥沼に沈んでいきそうな気がした。


「まあ、なんだ。世の中大変だと思うけどさ。……なんとかなるよ。きっと、大丈夫だ!」


俺は、ポンと少女の肩を叩いてそう言ってやった。少女は、俺の言葉の意味を理解できていない様子でポカンとした表情を浮かべていた。その様子を見て、俺は、向きを変えて走りだした。


 もちろん、少女をその場に残してだ。これ以上、この少女に係わる事は、自分自身の首を絞めてしまいそうだった。

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