第3話:孤独

 カラオケ店を出た所で井原要は、クルリと俺の方へ向き直った。


「ほんと、久しぶりだよね」

「ん?」

「燐君の家。誘ってくれたの久しぶりだよ」

「ああ、そうだな」


俺がそう言って歩きだすと、井原要は直ぐ左横に並んで一緒に歩き出した。井原要は、ニコニコと何時も笑顔を絶やさない印象が俺には、あった。だが、クラスでは浮いた存在である事と、両親が共働きでいつも家に居ない事を考えると、俺が知らない所では違う顔をしているのかも知れないと思うのだ。


「なあ、要。その……寂しくはないか?」

「えっ?」


俺の言葉に驚いたような表情を向けて、井原要は、そう聞き返した。


「お前の両親、何時も家に居ないんだろ?」

「そうだね。家の親、私が寝てる時に帰って来て。私が起きる前に出て行くの。会社で寝泊りなんてよくやってる」

「……」

「だから、……寂しいよ。一人で家に居ると、時々とても恐ろしくなるの。どうして、独りぼっちなんだろうって」


井原要は、今まで見せた事がないような悲しい顔で俯いた。


「よく、そんな親で……」


俺がそう言い終わる前に井原要は、パッっと再び笑顔を見せた。


「なんてね。そんな親だからって、いじけたり、ぐれたりしない。そんなの……我侭いってる子供みたいでカッコ悪いよ」

「そっか。要は、強いんだな」

「強い……か。そんな事ないよ。ただ私には、生きる目的があるから。人生の目標って言うのかな」


井原要は、そう言うと俺の左腕に自分の腕を絡ませその華奢な身体を押し付けてきた。


「おい、要!?」


俺がそう照れくさそうに言うと、井原要は、ニヤリと笑って「あはは、照れてる!?」と可笑しそうに笑う。


「ねえ、燐君は、覚えてる?」


今度は、井原要の方が突然そんな事を聞いてきた。


「え?」

「私が始めて、燐君に声をかけた時の事。もしかして、忘れちゃった?」

「ああ、覚えてないな」

「えーーっ! 衝撃的な出会いだったのに」


そんな事を口走って、井原要は、怒ったふりをする。本当に覚えてなかった。衝撃的な出会いなら、忘れるはずがないのだが。それとも、井原要にとっては、衝撃的で、俺にとっては、日常だったのかもしれない。


「俺、なんか言ったのか?」

「ほんとに覚えてないんだね。ほら、4月の新学期が始まって間もない頃、燐君……昼休みなのに昼食も食べずに教室の窓から、外を見てたでしょ?」

「うーん、覚えてないな」

「そんな燐君の姿を見て、私、とても不思議だったんだよ」

「え? なんでだよ?」

「だって、あのクラスで外を見ならがら、ぼーっとしてたの燐君ぐらいしか居なかった」

「ほんとかよ?」

「それでね、気になって声かけたんだよ。「何外見て、ぼーとしてるの?」って。そしたら、燐君なんて答えたと思う?」

「いや、ほんとに思い出せないな」

「「ぼーっとしてたんじゃない。外に居る人を観察してたんだ」って言ったんだよ」


井原要は、可笑しそうに俺の口調を真似て語った。俺は、あまり似てない井原要の自分の真似を見て、クスリと笑ってしまった。


「あっ! 燐君、笑った」


井原要は、俺の顔を指差して驚いた様子でそう言った。


「そう言えば、燐君……あまり笑わないよね。燐君の笑顔を見たのは、まだ2回目ぐらい……」

「え? そうか? 俺は、とくに意識してなかったけど」

「違うよ。今の様な自然な笑いって、無かったよ。なんだろ、何時も笑顔は、上辺だけの笑いって言うのかな」


そんな事を他人に指摘されるのは、初めての事だ。心の底から、笑えてないと言うのだろう。俺は、楽しい時……本当に笑えているのか、少し疑問に思えてきた。


「あっ、ごめんね。怒っちゃった?」

「いや、別に怒ってないよ」


井原要は、少し言い過ぎたと思ったのだろう。手を合わせて、謝ってきた。そんな感じで井原要を話ながら歩いているうちにいつの間にか、俺の家の前に到着していた。俺と井原要は、なんの躊躇もなく玄関の扉を開いて、中に入って行った。

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